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第百七十五話 大和の夜景

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 爺さんは、足取りも軽く工場のはしへ歩いて行く。
 そこに、組み立て式の長机が四つ並べられ、そこの上に最初にお盆などの食器が置いてある。
 次の机は大きな鍋が二つ置いてある。
 温めていないので、どんどん冷めていくことだろう。

 爺さんがお盆を取ると、坊主頭の当番の男が声をかけてきた。

「おい! 爺さんあんたはさっき食っただろう。ボケたのかよう」

「な、何だと。ボケとらんわ! 新人にやり方を教育しとるんだ。お前達がやってやるのか」

 爺さんも負けていなかった。

「おい!」

 別の当番が、坊主頭を止めた。
 上役だろうか。

「爺さんいつも済まんなー」

 上役は人間が出来ているのか爺さんの自由にさせた。

「おい新人! その人に身分証だ。飯は一人一回だからな」

「はい」

 ふふふ、自分は二度目のくせによくゆうぜ。
 まあ、二回目の食事を食べる事が狙いと分かれば、かえって信頼できる。

 テーブルの上の紙に、俺の身分証の番号が書いてある。
 そこに坊主頭がチェックをうった。
 なるほど、これで二度は食えない訳だ。

「おい、新人。お盆と、食器を取るんだ。ぐずぐず、するな」

「はい」

 プラスチックのお盆と食器、箸を、爺さんの真似をして順番に取った。
 その食器に、当番の男達が順番によそってくれた。
 しかし、俺みたいな、どこの誰ともわからんものにまで、飯を食わせてくれるとは太っ腹だ。

 お盆の上の器に、白い液体、恐らく薄いかゆと、何やら野菜の入った汁、お湯、お盆に直に鰯の丸干しが置かれた。

「良し、いくか。白湯はお替わり自由だ」

「はい」

 爺さんは二度目の食事にご機嫌になっている。

「部屋のいい場所は、グループが出来ていて、下手に邪魔をすると痛めつけられる。こんな所で怪我をするのも馬鹿らしい。わしらみたいな者は、一番端っこでコソコソするんだ」

「はい」

 まあ、人間を集めて放置すればこんなもんだろう。
 工場の端っこに移動して、壁にもたれ箸を持った。
 爺さんはすでに、汁をすすっている。

 薄いかゆは、ほとんど米が入っていない。
 恐らく鍋の下に沈んでいて、俺達みたいな者には上澄みが入れられるのだろう。
 そして、この汁は味噌汁なのだろうか。味噌が超少ないようだ。当然具も少ない。
 その代わり海水でも入っているのか塩はきいている。
 鰯の丸干しは、頭からしっぽまで食べられるので、栄養はあるだろう。
 大阪湾の鰯なのだろうか。

 粗末な食事は、大人の食事としては足りないだろう。
 ただ、食べられるだけでもましと言えばましだ。

「なあ爺さん、この飯食ってくれねえか」

「なっ、何だと」

「俺は、ここに来る前に腹一杯にしてきた。食べられねえ。食ってくれ」

「おおお」

 すごく喜んでくれた。

「なあ、アンちゃん十二番隊で何かやったのか」

「えっ」

「見ろ、あそこが十二番隊を出入りしている奴らの固まりだ。チラチラ、アンちゃんを見ている」

「ああそう言うことか。俺は何もしていない。ただ俺と一緒にいた奴らが、あそこの端の四人をやっつけたんだ」

「なるほどな、それで入れ替わったのか。十二番隊は街道の見張りが仕事の部隊だ。なかなか死なないから、入れ代わりが少ない。もし募集があってもあいつらが応募するから、わし達には回ってこない。人気の部隊だ」

「へーー。爺さん、他にはどんな人気の部隊があるんだ」

 爺さんは飯をあげたのが、効いたのか口が軽くなった。
 今なら何でも知っていることを、教えてもらえそうだ。

「十一番隊はいいのう。食糧調達隊だ。ほとんど死人が出ない。人気はあるが募集も少ない。十番隊もいい。足軽小屋の警備や食事の準備もこの隊だ。人気が高いが、死人が出ないので募集が少ない。他の一桁の隊は全部前線で戦争だ。募集が多いが、死ぬ確率が高い。その分出世もしやすいがな」

「なるほど」

「さあ、わしはもう寝る。朝が早いからな。アンちゃんも眠っちまいな」

「ありがとう。でも、寝る前に、ちょっと小便」

「そうか、外に出た所にある少し太めの用水が便所になっている。汚れて臭っているから分かるだろう」

「ありがとう。行ってくる」

 俺は立ち上がり、外に出ようとした。
 俺が立ち上がると中にいた十二番隊くずれ達にも動きがあった。

 ――やれやれだぜ!!

 工場の外に出ると案の定呼び止められた。

「昼間は世話になったな」

 十二番隊崩れは十人以上来ている。
 来なかった奴もいるみたいだ。

「いいえ、御礼を言われるほどの事はしていません」

 何を言ってもどうしようもないので、早いところかわいがってもらって許してもらおう。
 少し怒らせるように言ってみた。

「ひゃあーはっはっは、てめーはおもしれえな! またブヒブヒ言いやがれ」

 くずれ達は、襲いかかって来た。

「いたいー、いたいーー、ぶひぃ、ぶひぃ、ぶひーーー!!」

 ご期待にこたえてやった。
 しかし、かなり力を入れているようだが、まるで痛くない。

「ぎゃあーはっはっはっ」

 俺が動かなくなると、満足して帰って行った。
 普通の人なら、大けがか下手をすれば死んでいるぞ。
 日本人は多くは素晴らしいと思っているが、こういう人間もいるんだよなー。
 どうしたもんか。

 俺は、一人になったのを確認すると、ここでは人が来るので、工場の屋根の上に移動した。
 屋根の上からさらに高い建物を探して、そこに移動した。

 工場の中はほぼ真っ暗だが、外はまだ少しだけ明るい。
 かなり遠くまでよく見える。
 だが、その景色はかつての日本を知っている俺には、悲しくなるほど寂しく感じた。
 街灯も光らず、住宅地にも光が何も無い。

 田んぼは、綺麗に刈り取られていて、かなりの米を入手している事が想像出来る。
 それが、足軽小屋に配られているのだろう。
 食糧事情はかなり余裕が出来ているようだ。

 爺さんの話では一桁の部隊が前線で戦う部隊と言っていたが、ここから見た限り、その姿は見えない。
 と、いうことは、伊勢への侵攻までは、手が回らないと考えて良いのだろうか。
 まさか新政府軍が羽柴軍との戦いで、苦戦でもしているのだろうか。
 もしそうなら、こっちとしてはありがたい話しだ。

 俺が、一人になったのは、夜景を楽しむ事が目的だったのだが、それだけでは無い。
 もう一つ試したいことがあったのだ。
 それを一つ試してみたいと思う。

 俺はキョロキョロあたりを、もう一度よく見まわした。
 よしよし、誰もいない。
 では、試して見よう。
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