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第二百三十二話 悲しすぎるぜ

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 俺のなさけない豚の真似で、大殿という疑いが晴れたのか、明智は庭に全く関心を向けずに上杉と話し始めた。
 実は俺は、初対面の人間と上杉のようには話す事が出来ない。
 上杉はやはりさすがだ。
 上杉と明智は同じタイプの男なのだろう、馬が合うのか歓談している。

「兄じゃー!!」

 裏から大きな男が入って来た。
 身長は2メートルほどある。筋肉が隆起していてたくましい。
 髪はボサボサ、体には動物の毛皮を着ている。
 その毛皮の上から荒縄を巻き結んでいる。またぎの様な風体だ。

 その大男は織田家自慢の太い長槍を肩に乗せ、槍の先に下処理をした動物を結びつけている。
 俺には気付いていないのか、視線を部屋に向けたまま俺の横に来た。
 俺は、頭を下げた。

「うおっ!! ビックリした! 豚の隅に庭がいる」

「……」

 はぁー、今なんて言った。

「兄者ー!! 庭が豚にいるぞーー」

「やかましい! 左馬之助!! 来客中だー。そして反対だー! 馬鹿もんが!」

「ふん、何が来客中だ! どうせ、むさいおっさんだろうがよう! そんなことより見てくれ鹿だ! もみじ肉だー! 脂肪が少ねーから美容に良いんだ。どうせなら、おっさんじゃ無くて美女と食いたかったぜ」

「う、うむ」

 明智が視線で、響子さんとカノンちゃんを見ろとやっている。

「しっかしよう、山に野犬が多い。ありゃあ、しばらくすると野生になるな。そのうち、狼になるんじゃねえのか。狼から犬になったのなら、犬は狼になるのだろう……」

 左馬之助はようやく響子さんに気が付いたようだ。

「……うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!! な、な、な、なななななな、なんちゅー美人じゃーーー!!!!!!!」

 左馬之助はサッシを開けると、靴を脱ぐのも面倒なのか四つん這いになり響子さんに、にじり寄って顔をのぞき込んで叫んだ。

「ま、まあ」

 響子さんは頬に手をやると、嬉しそうに言った。

「美人じゃーー!! 日本一の美人じゃーー!! こ、こんな美人に会ったのは初めてじゃーー!!」

「こら、左馬之助! お客様に失礼だぞ」

「兄者ーー!! どこの誰じゃ、この美女はー?」

「上杉様、済みません。がさつで乱暴な奴ですが、根は良い奴なんです」

 明智は上杉に頭を下げた。

「なにーー上杉だとー、こいつが俺の槍隊を殺した奴かー!!」

 左馬之助が上杉に飛びかかろうとした。
 だが、上杉と左馬之助の間に素早くスケさんが立ちふさがった。
 カクさんも立派な体格の人間だが、左馬之助と並ぶと一回り以上小さい。

「このやろー、邪魔をするなーー!!」

「やめないか、ばか者!!」

 スケさんの横に明智が立ち、左馬之助の頬を張り飛ばした。

「な、何をする!! 兄者! 兄者はどっちの味方なんだ!!」

「馬鹿者め! 上杉様はその槍隊と鉄砲隊の戦死者の遺品を、自ら命をかえりみずに、わざわざ届けてくださったのだ。誠意には誠意でこたえるのが、この明智だ! 俺に恥をかかせる気かー!」

「うっ……!? そうか、遺品を……すまねえ」

 左馬之助は、正座をすると両手をつき頭を下げた。
 どうやら血の気は多いが、明智の言った通り悪い奴ではなさそうだ。

「それはそうと、おめーよー。相当腕に自信があるようだなあー! あぁー」

 左馬之助が、鋭い目つきでスケさんをにらみ付けた。
 頭ではわかろうとしているようだが、怒りが収まらないようだ。
 怒りの矛先をスケさんに向けた。
 すげーー恐ろしい顔だ。こえーー。

「……」

 だが、スケさんは無言のまま半笑いで、左馬之助をにらみ返す。
 挑発している。

 ――あっかーん

 一触即発だ。やばい。

「おもしれえ、久々にさっき鹿をぶっ殺したときのように、血がたぎるぜ。このヤロー! 表に出ろーー!!」

 おーい、それって久々じゃ無いよねー。さっきだよね。
 じゃねえ、やべえ。スケさんもやる気みたいだし、こりゃあ止まらねえぞ。

「お待ち下さい!!」

 さすが響子さんだ。
 左馬之助の前に立ち、両手を左馬之助の胸に手をあてた。
 ちゃんと止めて下さいよ。

「あなたでは、スケさんに勝てません。おやめ下さい」

 ――あっかーん

 天然かー? 響子さん、あなたは天然なのですかー。
 火に油を注いで、しまいやあがりました。

「ほう、聞き捨てならねえな。ならば、俺が勝ったら、あんたには俺の女になってもらう……」

 うえっ、こいつ。馬鹿なのかと思ったら頭が良いな。
 だが、そんな挑発に響子さんが乗るわけが無い。

「あの、本気ですか?」

 えっ!? 何を言っているのですか響子さん、本気だったらどうする気ですか。

「当たり前だ。本気だ。あんたには、命をかける価値がある」

「ま、まあ」

 まあ、じゃねえ。赤くなっている場合じゃ無いでしょう。

「八兵衛!!」

「はっ!!」

 いけねえ反射的に応えちまった。
 だれが八兵衛だよ!
 しかもなんで呼ばれた。
 嫌な予感しかしねえ。

「ふふふ、左馬之助様。あの者に勝てば私はあなたの物になります」

「なっ、なにー。あんな弱そうな豚に勝てば良いのか。楽勝じゃねえか。まさか!? あんた、本当は俺にほれて……わかった。いいだろう、あの豚と戦ってやる」

 左馬之助が赤い顔になる。
 なにか、大いに勘違いしている予感。
 ……まさか、響子さんは本当にこの男が好きになったのか。
 なら、負けなきゃならねえのだけど、どうなんだ。

「あの、左馬之助様。私は自分のすべてを差し出しました。左馬之助様が負けたときは、何を差し出していただけるのですか?」

「はあーはっはっはっーー、その必要はない。俺があんな豚に負けるわけが無い」

「――!!」

 響子さんが恐い顔で、左馬之助をにらんだ。
 まあ、恐い顔がまたかわいいんだけどね。

「ふむ、わかった。いいだろう。俺が負けたら、あの豚、八兵衛の使用人になってやる。それで良いだろう?」

「本当ですね」

「ああっ!! 明智の名にかけて誓う。もし俺が負けたら兄者共々、八兵衛の使用人だ」

「はーーっ、何で俺まで」

 明智がとばっちりをくって驚いている。

「それでしたら、明智様にはカノンではどうでしょうか。いいですねカノン」

「は、はいっ」

 カノンちゃんは、俺をうるんだ目で見つめてきた。
 かーー、カノンちゃんまで、なにを考えているんだ。
 ……だがまてよ、もし俺がこの大男に勝てたのなら、明智家が八兵衛の使用人か。悪くねえ。

 この二人はつくづく傾国の美女だなあ。
 男が全てを捨てても欲しくなるほどの美女という事か。

 昔、大喬、小喬という美女がいた。
 魏の王曹操が、この美女二人を手に入れるため百万の軍を動かしたのは有名な話しだ。
 曹操もこの二人の為なら百万の軍を動かしそうだなあ。

「良いだろう。この明智も使用人になってやろう。左馬之助、負けるなよ!!」

 すでに勝ったつもりなのだろうか。
 明智の鼻の下がのびて顔が赤くなっている。

 ――って、俺も勝ったら、賞品は響子さんとカノンちゃんがいいなあ。

 ふふふ、こんな醜男では、嫌なんだろうなあ。悲しすぎるぜ。
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