大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第119章『人間として』

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第119章『人間として』

「……気配は」
「無いな、今のところ」
 大回りをして活骸を引き離してからやって来た営舎、中庭にトラックを入れて周囲の様子を窺うが人の気配も活骸の気配も無い。タカコはナイフを、敦賀は武蔵を抜き顔を見合わせて頷き合うと夫々トラックを降り、車体の後ろに回り込んで一度荷台の中に積み込まれた大量の武器を見上げまた頷き合った。
「ここからは隠密行動が鉄則だ。派手な音を立てるな、活骸を引き寄せる事になる」
「……てめぇの方が騒々しいと思うんだが……まぁ良い」
「仕事と個人は違うっての……ほら」
「……何だそりゃ」
 向かい合ったタカコが右手を挙げ、掌をこちらへと向けて見せる。その意味が分からず敦賀が眉根を寄せて尋ねれば、タカコは意外そうな顔をして挙げた手の指をひらひらと動かした。
「そうか、大和にはこの文化無いのか。ハイファイブっつってな、お互いに掌を打ち合わせたりがっちり握り合ったり、そうやって意思を確かめ合うとか気合を入れるとか、そういう事だ。よし、折角だし初体験いってみようか」
「うぜぇ……馬鹿馬鹿しい、何の意味が有るんだ」
「良いから!ほら、相棒だろうが!」
 彼女にとってはこんな状況での一種の儀式の様なものなのか、やらない事には始まらないといった面持ちのタカコ。応じなければ事が先に進みそうにもないなと敦賀は溜息を吐き、やれやれといった様子で彼女に倣い軽く右手を挙げる。
 敦賀のその掌に向かってタカコが右手を振り上げるが、それは寸前でひらりと躱され、何をやっているのかといった面持ちのタカコが敦賀を見上げる。しかし敦賀はそれを鼻で笑い、
「ほれ、どうした、そのはいふぁいぶとやらをやるんじゃねぇのか」
 と、今度は彼がタカコには到底届かないであろう高さで指をひらひらと動かして見せた。
 揶揄われている、それに気付いたタカコがムッとした様子で再度右手を打ち付けるがそれはまたもやするりと躱される。それで完全に火が点いたタカコとそんな彼女を揶揄う敦賀の応酬は暫くの間続き、最終的に切れたのはタカコの方。
「もう良い!お前なんぞ知らん!!」
 不愉快全開と言った面持ちでさっさと歩き出そうとするタカコを敦賀が押し留め、
「分かったよ、悪かった。さっさとしろ」
 そう言って再度右手を掲げて見せる。
「……本当に?」
「ああ……しねぇんならもう行くぞ」
「……する」
 気を取り直したタカコが敦賀が翳して見せた掌へと自らのそれを打ち付け、小さくではあるが小気味の良い音が響く。そして、がっつりと握り合った手、その向こうから真っ直ぐな眼差しが敦賀を射抜き、
「……一緒に帰るぞ、絶対にだ」
 と、視線と同じ強さの言葉が彼女の唇から零れ出る。
 敦賀はそんな彼女の手を握ったままの腕を自らへと引き寄せ、言葉を紡いだ唇に自らのそれで軽く触れると、
「……当たり前だ、行って来い」
 そう言って視線を前へと向けて歩き出す。そして、もう一度、今度は何の合図も無く掌を打ち付け合うと、お互いには視線を向ける事無く真っ直ぐに前を見て夫々の持ち場へと赴いて行った。

「……さて、先ずは正面玄関の封鎖といくか」
 一人営舎へと入ったタカコ、中はしんと静まり返り今のところは人の気配も活骸の気配も無い、有るのはあちこちに転がる海兵達の遺体だけ。取り漏らした活骸が挟撃作戦実行中に営舎内に入って来ては元も子もない、この後高根達が進入して来る一箇所以外は全て出入り口を封鎖しなければ。
 正面玄関へと向かえば幸いにして硝子戸は破壊されておらず、内側から施錠して多少補強すれば何とかなりそうだと判断し先ずは施錠をしてしまう。後は、と手近な来客用の宿泊室から寝台を数台持ち出して来てそれを積み上げ、ここはそれで完了として次へと動き出した。
 出入り口は正面の他に両端の渡り廊下、その片方を正面と同じ様に封鎖し、今度は、と手にしたナイフを握り直し踵を返して歩き出す。後は内部に残留してるかも知れない活骸の排除、全室を検分し終え、次の行動に移らなければと僅かに歩みが早くなる。
 あちこちに転がる遺体は今は丁寧に扱ってやる余裕は無く、検分を終えて開け放った部屋の中に運び入れ、仰向けにして姿勢を正し双眸が開いている者は閉じさせてやる位しか出来ない。今はまだ、もう少し待っていてくれ、すまんと心の中で詫びながら手を合わせ上へと進む。
 人間のまま死んで逝った仲間と活骸へと成り果てて自分達が殺した、そして今から殺そうとしている仲間、その違いは何なのかと考えれば何とも言えない嫌な感覚が胸を満たす。考えても仕方の無い事だというのは分かっている、それでも何か出来る事は無かったのかと歯を軋らせ階段を昇りきれば、そこには海兵隊の戦闘服を纏いふらふらと歩く活骸の背中が有った。
 やはりまだ中にいたか、そう思いながら一気に、そして密やかに終わらせるとナイフを握り直せば不意に活骸が振り返る。行くか、そう構えたタカコの動きを止めたのは、その活骸の口から漏れた言葉。

「……タカ……コ……、こ、ろ、し……て……たの、む」

 まだ完全に自我を失ってはいないのか、それでももう行動を制御し自ら命を断つ程には自由は残っていないのだろう、時折こちらへと牙を剥き襲い掛かる素振りを見せ、それを必死で抑え込みながら涙を流して懇願する。それにタカコは僅かに口元を歪めれば、目の前の口から紡がれた言葉が彼女の迷いを打ち消した。
「お……れ、にんげ……と、して、し……に、た、い」
「……そうだよな……私もそうだ……分かった、私が殺してやるよ……痛いかも知れないけど、それは勘弁してくれな?」
 これ以上の躊躇が生まれない内に、素早く間合いを詰めたタカコが海兵の首へとナイフを突き刺し、そのまま延髄へと向けて深々と突き立てれば、激しい痙攣を生じさせた身体が床へと仰向けに倒れ込む。
「これで……人間として逝けるよ」
 それを見下ろすタカコの眼差しはひどく優しくそして哀しく、段々と光を失う海兵の双眸がそれを捉え、ふわり、と微かに微笑んだかと思うと
『ありがとう』
 と、声は出なかったが唇が言葉を形作り、そして、それっきり動かなくなった。
「……感謝される事なんて何もしてないさ……私は、殺しただけだ」
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