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第120章『指向性対人地雷』
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第120章『指向性対人地雷』
活骸に変異せずに済んだ海兵も閉じ籠もる事無く迎撃に出たのか、鍵の掛かった部屋は一つも無く多くの部屋の扉が開け放たれたまま、時には部屋の主が中へ横たわり食い散らかされ、人の気配は全くしない。これ迄の誘導が上手く行ったのか活骸の気配も全く無く、敦賀は仲間の死を確認し、その遺体に手を合わせ彼等の状態を多少なりとも整え整え、一つ一つ部屋を改めていた。
恐らくはタカコの向かった一号棟も同じ様なものだろう、この分なら大きな戦闘も無く次の行動へと移れそうだ、そんな事を考えながら作業を進め、最上階の最後の部屋を改終えた後、タカコの方はどうなっているかと室内へと足を踏み入れ、窓際に立って中庭の向こうの一号棟の様子を眺めてみる。
「……いた」
敦賀より少し遅れてタカコが最後の部屋へと入って行く、やはり同じ様な状況だったのか直ぐに廊下へと姿を現したタカコを見詰めていると、向こうも敦賀に気が付いたのか窓際へと歩み寄って来た。
『そっちの様子は?』という意味か、タカコの右手の人差し指がこちらへと向けられる、問題無いと人差し指と親指で丸を作って見せれば、一度自分を指差した後に敦賀と同じ様に丸を作って見せ、彼女の方も問題無いと知らせて来る。そのまま今度は地上を指差し、外に出ようと示して見せ、敦賀はそれに手を挙げて応えると部屋を出て、封鎖していない出入り口へと向かって階段を降り始めた。
「……浮かねぇツラしてやがんな、何か有ったのか」
「ん……活骸に変異する寸前の奴が一人残っててな……もう自分の身体の制御も出来ない位で……人間として死にたい、殺してくれって」
「……楽にしてやったのか」
「……ああ、殺した……殺したのにさ、最期に、有り難うって」
どうも様子がおかしいと思い問い掛けてみれば返って来たのは重い答え、楽にしてやったと自分を正当化する事は出来ないのだろう、『殺した』と繰り返すタカコの身体を抱き寄せて頭を撫でてやれば、胸に顔を埋めて頬を擦り寄せられる。
「それがそいつの望みだったんだ、てめぇはそれを叶えてやった……気に病むなと言っても無理だろうが、あまり自分を責めるな……旦那の事もな」
「……何でいきなり旦那の事言うかな」
「そういうツラしてやがる、思い出しちまったんだろうが……いや、そもそも忘れられる筈も無ぇな、てめぇがよ」
図星だったのか離れようとするタカコの身体を深く抱き締めれば、それに応える様にして背中に腕が回されて一瞬力を込められ、そして
「……もう平気、続けよう」
と、そう言って今度こそ身体が離れて行く。
「本当に平気か?」
「ああ、もう大丈夫」
敦賀の問い掛けにそう答えて顔を上げたタカコ、その表情は今日ずっと目にしている鋭く強いものへと戻っていて、切り替えの早い事だ、強い芯を持っているなと思いながら、タカコに続いて敦賀もトラックへと向かって歩き出す。
「さて……これを両側の外壁にびっちり仕掛けるぞ……扱いがややこしいから私一人でやる、お前は警戒を頼むよ」
「……で、何なんだこりゃ」
手前に有った箱の蓋を開け、中身を一つ手に取った敦賀がタカコへと問い掛ける。カーキ色の弁当箱の様な形をした金属の箱、僅かに湾曲したそれは敦賀にとっては何なのか全く見当が付かず、弄びながらタカコへとその答えを求めた。
「指向性対人地雷……起爆と同時に爆薬が内蔵した金属球を横方向六十度、仰角俯角共に十八度の方向へ射出する、有効加害距離は五十m、この中庭程度の距離にいたんじゃ一堪りも無く挽肉だ。ただ、かなり密集した状態でブチかます事になるから威力は当然落ちる、先ずはこれで先制攻撃、それを生き延びた活骸を上から挟撃するって事だ。両側の壁に百ずつ設置する、大仕事だ、その間は宜しく頼むぞ」
荷台へと積み上げられた木箱を見上げてタカコが答え、それ以上は何も言わずに荷台へと上がり木箱を外へと運び出し始めた。
「……この量を一人で出来んのか」
「任せとけ、こういう罠の設置は昔から得意でな、ついた二つ名がトラップマスターだ」
「……こんな物騒なもん大量に担いで何処に何しに行くつもりだったんだ、てめぇの部隊は」
今迄何度も問い掛けて来て、そして一度たりともその答えを聞く事は無かった言葉、再度それを口にしてみてもやはりタカコは答える事は無く、二つ重ねにした木箱を持って営舎の壁際へと向かってすたすたと歩き出す。
「……対人制圧専門の部隊が対人兵器大量に抱えて出動したんだから、やる事と言ったらそりゃ人殺ししか無いだろうな……それが決定だったわけでもないが」
「どういう意味だ?」
「相手の状況によっては殺さずに済むかも知れないって事だよ、今言えるのはこれだけだ」
これ以上はもう聞くなという意思表示か、そう気取った敦賀もそれ以上問い詰める事はせず、タカコが地雷を設置する様子を眺めながらも周囲の警戒へと意識を移して行く。
人殺し――、その相手が誰なのか、そう疑問に思うと同時にタカコがそれを出来るのだろうかという思いも湧いて来る。今しがた海兵を殺したと言っていたが、あの時の表情を見る限りそうそう好き好んで人を殺す様な気質にも思えない。
無論一つの部隊を預かる指揮官なのだろうから、出来ないという事は無いだろう、命令が有ればそれを遂行するだけの能力も覚悟も有るに違い無い。それでも精神的な負担と重圧は半端なものではないのだろうなと想像がつく、個人としての彼女はきっと、人を殺すには優し過ぎるだろうから。
優しい気質と戦闘能力、一つの人間にそれが同時に与えられるとは何とも皮肉な事だ、敦賀はそんな風に考えながら、地雷の設置を進めるタカコの手元を黙ったまま見詰めていた。
活骸に変異せずに済んだ海兵も閉じ籠もる事無く迎撃に出たのか、鍵の掛かった部屋は一つも無く多くの部屋の扉が開け放たれたまま、時には部屋の主が中へ横たわり食い散らかされ、人の気配は全くしない。これ迄の誘導が上手く行ったのか活骸の気配も全く無く、敦賀は仲間の死を確認し、その遺体に手を合わせ彼等の状態を多少なりとも整え整え、一つ一つ部屋を改めていた。
恐らくはタカコの向かった一号棟も同じ様なものだろう、この分なら大きな戦闘も無く次の行動へと移れそうだ、そんな事を考えながら作業を進め、最上階の最後の部屋を改終えた後、タカコの方はどうなっているかと室内へと足を踏み入れ、窓際に立って中庭の向こうの一号棟の様子を眺めてみる。
「……いた」
敦賀より少し遅れてタカコが最後の部屋へと入って行く、やはり同じ様な状況だったのか直ぐに廊下へと姿を現したタカコを見詰めていると、向こうも敦賀に気が付いたのか窓際へと歩み寄って来た。
『そっちの様子は?』という意味か、タカコの右手の人差し指がこちらへと向けられる、問題無いと人差し指と親指で丸を作って見せれば、一度自分を指差した後に敦賀と同じ様に丸を作って見せ、彼女の方も問題無いと知らせて来る。そのまま今度は地上を指差し、外に出ようと示して見せ、敦賀はそれに手を挙げて応えると部屋を出て、封鎖していない出入り口へと向かって階段を降り始めた。
「……浮かねぇツラしてやがんな、何か有ったのか」
「ん……活骸に変異する寸前の奴が一人残っててな……もう自分の身体の制御も出来ない位で……人間として死にたい、殺してくれって」
「……楽にしてやったのか」
「……ああ、殺した……殺したのにさ、最期に、有り難うって」
どうも様子がおかしいと思い問い掛けてみれば返って来たのは重い答え、楽にしてやったと自分を正当化する事は出来ないのだろう、『殺した』と繰り返すタカコの身体を抱き寄せて頭を撫でてやれば、胸に顔を埋めて頬を擦り寄せられる。
「それがそいつの望みだったんだ、てめぇはそれを叶えてやった……気に病むなと言っても無理だろうが、あまり自分を責めるな……旦那の事もな」
「……何でいきなり旦那の事言うかな」
「そういうツラしてやがる、思い出しちまったんだろうが……いや、そもそも忘れられる筈も無ぇな、てめぇがよ」
図星だったのか離れようとするタカコの身体を深く抱き締めれば、それに応える様にして背中に腕が回されて一瞬力を込められ、そして
「……もう平気、続けよう」
と、そう言って今度こそ身体が離れて行く。
「本当に平気か?」
「ああ、もう大丈夫」
敦賀の問い掛けにそう答えて顔を上げたタカコ、その表情は今日ずっと目にしている鋭く強いものへと戻っていて、切り替えの早い事だ、強い芯を持っているなと思いながら、タカコに続いて敦賀もトラックへと向かって歩き出す。
「さて……これを両側の外壁にびっちり仕掛けるぞ……扱いがややこしいから私一人でやる、お前は警戒を頼むよ」
「……で、何なんだこりゃ」
手前に有った箱の蓋を開け、中身を一つ手に取った敦賀がタカコへと問い掛ける。カーキ色の弁当箱の様な形をした金属の箱、僅かに湾曲したそれは敦賀にとっては何なのか全く見当が付かず、弄びながらタカコへとその答えを求めた。
「指向性対人地雷……起爆と同時に爆薬が内蔵した金属球を横方向六十度、仰角俯角共に十八度の方向へ射出する、有効加害距離は五十m、この中庭程度の距離にいたんじゃ一堪りも無く挽肉だ。ただ、かなり密集した状態でブチかます事になるから威力は当然落ちる、先ずはこれで先制攻撃、それを生き延びた活骸を上から挟撃するって事だ。両側の壁に百ずつ設置する、大仕事だ、その間は宜しく頼むぞ」
荷台へと積み上げられた木箱を見上げてタカコが答え、それ以上は何も言わずに荷台へと上がり木箱を外へと運び出し始めた。
「……この量を一人で出来んのか」
「任せとけ、こういう罠の設置は昔から得意でな、ついた二つ名がトラップマスターだ」
「……こんな物騒なもん大量に担いで何処に何しに行くつもりだったんだ、てめぇの部隊は」
今迄何度も問い掛けて来て、そして一度たりともその答えを聞く事は無かった言葉、再度それを口にしてみてもやはりタカコは答える事は無く、二つ重ねにした木箱を持って営舎の壁際へと向かってすたすたと歩き出す。
「……対人制圧専門の部隊が対人兵器大量に抱えて出動したんだから、やる事と言ったらそりゃ人殺ししか無いだろうな……それが決定だったわけでもないが」
「どういう意味だ?」
「相手の状況によっては殺さずに済むかも知れないって事だよ、今言えるのはこれだけだ」
これ以上はもう聞くなという意思表示か、そう気取った敦賀もそれ以上問い詰める事はせず、タカコが地雷を設置する様子を眺めながらも周囲の警戒へと意識を移して行く。
人殺し――、その相手が誰なのか、そう疑問に思うと同時にタカコがそれを出来るのだろうかという思いも湧いて来る。今しがた海兵を殺したと言っていたが、あの時の表情を見る限りそうそう好き好んで人を殺す様な気質にも思えない。
無論一つの部隊を預かる指揮官なのだろうから、出来ないという事は無いだろう、命令が有ればそれを遂行するだけの能力も覚悟も有るに違い無い。それでも精神的な負担と重圧は半端なものではないのだろうなと想像がつく、個人としての彼女はきっと、人を殺すには優し過ぎるだろうから。
優しい気質と戦闘能力、一つの人間にそれが同時に与えられるとは何とも皮肉な事だ、敦賀はそんな風に考えながら、地雷の設置を進めるタカコの手元を黙ったまま見詰めていた。
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