大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第122章『歓喜』

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第122章『歓喜』

「……どう……なったんだよ……?」
 誰かの口から出た言葉が高根の耳朶を打ち、高根はそれを聞きながらゆっくりと立ち上がり下を覗き込む。粉塵と臓物と血の混じり合った噎せ返る程の悪臭を感じながら地上の様子を見れば、そこには動くものは何一つとして無く、徹底的に破壊し尽くされた建物と引き裂かれ個々の判別等不可能になった夥しい数の肉塊が転がり、一言で言い表すならば、地獄が広がっていた。
 その光景を目にして尚、高根の中に湧き上がって来たものは喩え様も無い高揚感、全身の皮膚が粟立ち背筋を凄まじい快感が駆け抜ける。ぶるり、身体を大きく震わせ、ゆっくりと右手で拳を作り、それを天に向かって突き上げる。
「……挟撃……成功だ……!!」
 一瞬の間を置いて周囲から怒号にも似た歓声が上がり、身を低くしていた海兵達が次々と立ち上がり下を覗き込む。やがてその喜びの波は向かい側の二号棟へも伝わり、暫くの間二棟の営舎の屋上は、喜びに打ち震え涙すら流す海兵達の歓喜の咆哮に包まれていた。
 そんな中、二号棟の屋上にいた敦賀が一人動き出す、階下へと通じる扉を潜り消えて行く彼の姿を見て、高根もまた一人扉を潜り地上へと向かって階段を降り始める。やがて辿り着いた一階、左右は破壊されて通れない、正面玄関の封鎖を解いて外に出て、東側へと向かって歩き出した。建物の角を曲がればそこには大破したトラックの残骸、漏れた燃料に引火したのか濛々と黒煙を上げその根元からは炎が覗き、一体何台全壊させる羽目になったのか、そんな事を考えながらそれを避ける様にして二号棟の方へと回り込んだ。
 二号棟の正面の方へと回れば、そこには地面に座り込んで外壁に上半身を預け天を仰ぐタカコの姿。気の抜けた様なぼんやりとした面持ちの彼女に敦賀が歩み寄り、彼女の隣に腰を下ろしてポケットから煙草を取り出して火を点けるのを眺めながら、自分も同じ様に煙草に火を点け敦賀の反対隣に腰を下ろす。
「……私にもくれ」
 ぽつり、タカコがそれだけ口にすれば、敦賀が自分の咥えていたものを彼女の唇に押し込んで自らはまた新しいものに火を点ける。
「何とか成功したなぁ」
「だなぁ……どうよ、ワシントン流の戦い方は」
「くっそ派手だなぁ……何、お前等いつもこんな事やってんのかよ?」
「いやぁ、流石にこんなド派手なのはいつもじゃないさ。やる時はやるけどなぁ」
「一階部分これだけ壊れたら構造に絶対に響いてるから建て直しだよなぁ……営舎二棟全壊の上にトラックも二十台以上全壊かぁ……統幕の会議行きたくねぇなぁ……超怒られるもんよ、これは」
「さぼれば?」
「あー……良いね、それ」
「こんだけの損害を自分達で生み出したとなれば間違い無くクビじゃん、怒られた上にクビになるって分かってんのに態々行く事無ぇだろ」
「違ぇ無ぇや、よし、華麗に無視する事にするか。クビになったらどうすっかなぁ、真吾君海兵隊しか知らねぇのよ、しかももう四十一だろ?何か仕事するにしても潰し利かねぇしなぁ、どうやって生活するかねぇ……敦賀よ、おめぇはどうすんのよ?」
「あぁ?何で俺が辞めなきゃなんねぇんだよ」
「は?何、お前最先任のくせに俺だけに責任押し付けるわけ?俺とお前の仲だぜ、一蓮托生、辞めるならお前も一緒だろ」
「ざっけんな、俺とてめぇがどんな仲だってんだ。だいたい辞める気なんざこれっぽっちも無ぇだろうが、ツラ見りゃぁ分かる。とっとと後始末の算段でもしやがれ、出した損害は大きかったがそれでも得たものもでけぇだろうよ」
「ちょっとタカコさん、聞きました?最先任とは言え下士官が将来見通した発言してますわよ」
「ねぇ、私も驚いたわぁ」
「下士官のくせに!」
「下士官のくせに!」
 顔を見合わせて声を放って笑うタカコと高根、敦賀はその横で面白くなさそうにムッとした面持ちで煙草を噴かし、二人はその様子を見て更に笑う。それが収まったのは暫く経ってから、興奮も手伝ってかなかなか笑いの引かない二人に敦賀がこめかみをひくつかせ始めたのを見て、高根が眦に浮かんだ涙を拭いながら立ち上がる。
「さーて、と……封鎖解除の前に基地内の総点検だ、それと同時進行で負傷者の手当て、火器に頼ったとは言え流石に無傷じゃ済まなかったからな……後は、戦死者の名簿作り……後は、活骸として死んで行った奴等もな。それから先の事は俺の仕事だ、任せておけ」
 タカコへと手を差し出せば力強く笑った彼女に握り返され、そのまま立ち上がらせて敦賀もそれに続いて立ち上がるのを見て屋上へと向けて声を放った。
「総員降りて来い!封鎖解除に向けての行動を開始する!!」
 その言葉に海兵が顔を覗かせて了解の返事を返して来るのを確かめ、高根は未だ燃え盛るトラックの残骸へと視線を遣った。大き過ぎる犠牲を払う事になった、建物や車両ではない、海兵隊にとっての最大の武器であり財産、多くの海兵隊員達をこの戦いで失った。外へと離脱させた者と残留して戦闘に参加した者、正確ではないが総数は八百人弱、残り千七百人以上を活骸に変異させられ、そしてその彼等に食い殺された。立て直しは正直厳しいだろう、新規配属を受けたとしてもその新兵達の練度が上がる迄には長い時間と教育と鍛錬が必要だ。対馬区への出撃に関しては当面見合わせる他は有るまい、第五防壁から建設途中の第六防壁の向こう側へと押し遣る戦いはまた一から始める事になるだろう。
 それでも、と、口元を真一文字に引き結び噴き出す炎を見詰めて目を細める。八百弱が生き残った、この地獄を戦い抜いた。その彼等がいる以上、自分達は、大和海兵隊は未だ終わりではない。この先の戦いに臨む覚悟を持っている彼等がいる以上、その道を途絶えさせない為の戦いを自分はこれから始める事になる、未来を勝ち取ってやるさと内心で呟き、背後の敦賀とタカコをちらりと見遣る。
 彼の信頼を、彼女の協力を無駄には出来ない、必ず勝ち取らなければ。
 その後始まった総点検、それが完了し全ての門の封鎖が解除されたのは、翌朝の事だった。
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