大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第123章『封鎖解除』

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第123章『封鎖解除』

 午前中に一度基地内から聞こえて来た爆発音、運動場の方から上がった煙に何事かと正門付近で状況を見守っていた黒川達陸軍は色めき立った。方向的に建物は無かった筈だ、トラックでも爆発したのかと事態を見守るも特に情報が齎される事は無く、時折銃声が聞こえて来るだけ。次に大きな動きが有ったのはその数時間後、そろそろ十五時になろうかという頃合だった。
 突然営舎の方角から響いて来た爆発音と振動、何が起こったのかと全員が注視する中、僅かの時間を置いて同じ音と振動、そしてその直後、思わず身体が竦む程の音と振動がその場の全員を襲う。
「何なんだ……あれは……!」
 音と振動から少し遅れて立ち上る黒煙と炎、銃撃よりももっと激しい音と振動が営舎の方から間断無く響いて来る。一体何が、その場の全員が顔を見合わせるが答えを持ち合わせている者は無く、唯々そちらの方を見詰めてその音が止むのを待つ他は無かった。
 数分は続いたそれが突然途切れ、基地内に再び静寂が訪れる。聞こえて来るのは上がる黒煙の下で起きているであろう小規模な爆発の音のみ。不気味に静まり返った基地内の様子に、今の爆音が原因で全滅したのかとも思いもしたが、誰かが口にした言葉に大勢が基地と外を隔てる柵へと走り寄る。
「……声が聞こえる……歓声じゃねぇのか、これ」
 益々意味が分からない、それでも黒川も柵へと駆け寄り聞き耳を立ててみれば、確かに営舎の方向から沢山の怒号の様な声が聞こえて来る。声の調子とは違いその声達が紡ぐ
『やった』
『勝った』
 という言葉に、詳細は分からずとも海兵隊が勝利を収めた事を黒川は知った。
 良かった、勝ったのか、活骸の制圧に成功したのか、逸る心を抑えてやがて搬出されて来るであろう負傷者の受け入れ態勢を整えろと周囲へと命令を出す。タカコの事も心配だが後回しだ、今はまだ個人としての自分を出す時ではない。盟友である高根が掴み取った勝利、浮き足立ってそれを台無しにする事等有ってはならない。
「総監!車両が来ました!」
「活骸が残っていないとも限らん!警戒怠るな!」
 やがて正門の前に停車したトラック、その荷台には二十人程の負傷した海兵が乗せられ、助手席から降りて来た高根と運転席から降りて来た海兵が正門の鍵を外す中、黒川はそちらへと駆け出して高根へと話し掛けた。
「高根総司令!中はどうなってる、活骸はどうなった!」
「おお、黒川総監、一応は封じ込めと掃討に成功した様で……これから内部の総点検です。封鎖の完全解除はその後ですが、今は取り敢えず負傷者を外に出します、受け入れをお願いしても?」
「それは勿論だ、既に態勢は整えてるが……本当に成功したのか?」
「ええ、今日の出撃で使う筈だった新兵器を投入する事になりましたがね……何とか。ああ、後、それよりも何よりも総監が確認したい事がお有りでしょうからお教えしておきます」
 陸軍と海兵隊双方の兵士達の目が有るからか他人行儀に話す二人、そんな中で高根がにやりと笑って黒川の耳元へ顔を近付け、
「タカコも無事だよ、まぁちったぁ怪我もさせちまったが、大活躍だったぜ?この掃討戦の立役者だ。今は点検作業に回ってるがそれが終われば出て来るよ、それ迄待ってな」
 そう言ってトラックの方へと戻って行った。
 良かった、彼女も無事だったか、こんな状況だから怪我はしょうがない、戻って来たら先ずは無事を喜び労わり、その後はあんな無茶をした説教だと安堵の息を吐く。
 今回の活骸の発生、分からない事だらけだと基地内を見ながら頭を掻く。人為的に発生させられたものである事は間違い無いだろう、だとすれば、あの大量の活骸が何処から齎されたのか。見かけた活骸は全て海兵隊の戦闘服を纏っていた、やはり自分が想像していた通りに海兵隊員が活骸へと変異させられたのだろうが、これだけの大量の人間を一気に活骸へと変えるとは何をどうしたのか、それがどうも分からない。
 海兵隊の方は何か掴んでいるかも知れない、この騒動が落ち着いたら高根に聞いてみようと思う、陸軍と海兵隊、その立場の違いを気にしている場合ではないだろう、何せ二度も活骸の本土侵攻を許し、今回は海兵隊に壊滅的な打撃を与える事になってしまっているのだから。
 取り敢えずは基地内の総点検が終わり封鎖の完全解除を待つしか無いだろう。重傷者の搬送や軽傷者達の野営や食事の手配等に奔走し自殺した佐竹の代わりに博多駐屯地の雑務にも忙殺され、気が付けば夜になり、日付が変わった頃には流石に少し休息をと周囲に勧められ車両の中で横になる。しかしそれでも眠気は一向に訪れず、何度も寝返りを繰り返し、夜明けになって漸く少しだけ微睡んだ。
「総監!内部の点検完了した模様です、正門が今封鎖解除になりました!」
 その声に跳ね起きて車両を飛び出せば、開け放たれた正門から続々と出て来る海兵達の姿が視界に飛び込んで来る、その中に待ち侘びていたタカコの無事な姿を発見しそっと歩み寄った。
「……無事か?」
「タ……黒川総監、ご心配痛み入ります」
 腕と肩を負傷したのか戦闘服の下に包帯が覗く、抱き寄せて無事を喜び口付けたい衝動を抑えて彼女の顔を見れば、今迄に見た事が無い程の力強い笑みを向けられ、挙手敬礼をされた。
「…………!」
 肘を前に持って来る閉じ気味の海兵隊式のものではなく、肘を真横に張り出した陸軍式の敬礼。それに目を見張り動きを失えば
「それでは、すべき事もまだ残っていますので、失礼します」
 そう言ってタカコは踵を返し離れて行く。
 人目の有る状態で海兵隊式の敬礼ではなく陸軍式の敬礼を向けられた、そしてあの強い笑みと覇気、それに彼女が本来の立ち位置へと立ち戻りつつあるのではないかと後を追おうとすれば、高根に呼び止められ動きを遮られた。
「おい、真吾よ、タカコは――」
「切り替わっちまってんのさ、中で実行した掃討作戦はあいつの立案と指揮に拠るものだ、それが本来のあいつに立ち戻らせちまったんだろうな。ま、あんまり気にするな、直ぐにお前の知ってるあいつに戻るさ」
 取り繕う事も忘れて高根に話し掛ければ、彼もまた同じ様にいつもの調子で返して来る。
「だと……良いんだけどな」
 と、敦賀の方へと歩いて行く小さな背中を見詰めれば、そう心配するな、お前らしくないぞと高根に肩を叩かれた。
 まだ仕事は残っている、漸く出て来た高根と話さなければならない事も山積していると気を取り直しそちらへと意識を戻していった黒川だったが、タカコの様子がいつ迄も、抜けない刺の様に心の隅に残ったままだった。
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