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第124章『同居』
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第124章『同居』
「よし、こんなもんかな……タカコ、皿とって」
「これ?」
「そうそう、有り難うな」
福岡は春日、黒川の自宅の台所でガス台の前に並んで立つタカコと黒川の姿。黒川が作った料理を受け取り食卓へと運んで行くタカコの背中を黒川が目を細めて見詰め、戻って来た彼女の頭を撫でてそっと抱き寄せる。
「?どうしたの?」
「……いや、こういうの、すげぇ良いなと思ってさ」
この家で誰かと食事を作り食べるのは十年振り、千鶴を亡くしてからは自分一人しかおらず、昇進や異動が重なった事も有り外食が多くなった。大切に想う相手とこんな風に料理をしてそれを食べる生活、それがまたやって来るとはと思いながら顎を掬い上げて口付けようとすれば、唇が触れ合う寸前で勝手口の扉がガチャリと開かれ、庭に生えていたものを摘み取ったのか数枚の大葉と茗荷を手にした敦賀が台所へと姿を現した。
「おい、龍興、これで……てめぇ、何やってやがる」
「……そうだよ……これだよ問題は……てめぇさえいなけりゃ若くて可愛い女の子と一つ屋根の下とか最高の環境なのによ、何でてめぇがいるんだよ!」
「知るか、とっととその手を離しやがれ。だいたいその馬鹿を若くて可愛いとか、目か頭のどっちかか両方おかしいんじゃねぇのか」
突然現れた敦賀の姿にがっくりと肩を落としてタカコの身体を離す黒川、この遣り取りは二週間程前、海兵隊基地の封鎖が解除され、住む場所を失くした営舎住まいの海兵達を近隣の集合住宅等を借り上げ、そこに割り振った事から始まっている。
生存者は総勢七百八十三名、その内営舎で生活していた者は五百九十六名、借り上げた集合住宅だけでは追いつかず、営外に自宅を持っている海兵のところに一時的に同居もさせ、それでも溢れた者は陸軍の施設を借り受けて入居させた。下から順に条件の良いところへと入居させて行ったが、最終的に残ったのが敦賀を含めた古参五人とタカコ、四人は高根の自宅へと住まわせ、最終的に残ったタカコと敦賀を預けようと高根が頭を下げたのが黒川だった。
海兵隊の窮状を知っている黒川としては元々断る気も無かったが、高根が最初に話を持って来た時はタカコの事しか聞いておらず、タカコと一つ屋根の下寝食を共に出来るのかと一も二も無く了承した。それがどうだ、蓋を開けて見ればタカコにくっついて来たのは馬鹿でかいオマケ、本体よりもオマケの方が身体も態度も大きいとはどういう事だ、これから世話になろうという人間が何故こんな偉そうな態度なのだと唖然とした。
分かっていて押し付けたなと高根を恨みはしたものの、今更断ったりタカコだけを受け入れる事も出来ずにこの奇妙な同居生活が始まったのだが、男二人がこれを機に打ち解けるという事も無く、顔を合わせれば緊張感の漲る張り詰めた空気が流れるという事が何度も繰り返されている。
間に挟まれたタカコはと言えば、その場に居合わせれば二人の様子を鬱陶しそうに横目で見つつ然り気無く距離をとり、積極的に仲裁しようという気は更々無いらしい。誰の存在が事を更にややこしく空気を険悪にしているのかと言いたくもなるが、黒川も敦賀も、双方惚れた弱みなのかタカコに当たる事は出来ないでいた。
二人がやって来た当日に勃発したのは誰が何処に寝るのかという領有権争い、タカコには千鶴の部屋をと黒川が最初に言えばタカコがそれを断固拒否し、敦賀がそこに寝ると言えば今度は黒川がそれを拒否、黒川の部屋に敦賀がというタカコの案は黒川と敦賀の双方から猛反対の声が挙がった。結局は客間に敦賀が、黒川の部屋にタカコが、千鶴の部屋に黒川がという事に落ち着き、今に至る。
そんな騒々しい同居生活、食事と風呂を終えて後は寝るだけとなった頃になると高根がやって来て、焼酎を飲みながら黒川と二人、九州地方の海兵隊と陸軍の頂点同士今後の事を話し合う事が多々有る。最初は席を外そうとしていたタカコと敦賀だったが、高根から二人も同席をと言われ、今後の展開について意見を述べ合うようになっていた。
今はまだ事後の混乱も完全には収まっていないという事で、統幕からの呼び出しには引き伸ばしで対応してはいるものの、それもいつ迄も出来る事ではない。海兵隊の立場を悪化させない為にどう事を運べば良いのか話を持っていけば良いのか、それが主な話題だった。
「タカコ、もう寝るか?無理しなくて良いぞ?」
「……ん……だいじょぶ……」
「大丈夫じゃねぇから、ほら、来い、もう寝ちまえ」
疲れが溜まっているのかうつらうつらと舟を漕ぎ出すタカコ、その彼女の様子に逸早く気付いた黒川が立ち上がり、彼女の腕をとって立ち上がらせ自室へと向かい歩き出す。それを面白くなさそうな顔をして見送るのは敦賀、その敦賀を人の悪そうな笑みを浮かべて見ているのは高根。
「いやぁ、面白ぇんじゃねぇかと思ってこの組み合わせにしてみたけど、相当楽しい事になってんのなぁ?」
「……てめぇ……楽しみだけでこんな最悪の組み合わせにしてんじゃねぇよ……」
「しょうがねぇだろ、女性隊員は全員戦死しちまってタカコを預ける先も無かったんだからよ。陸軍の施設は預けたくなかったし集合住宅は下の若いの優先してたし、おめぇもあいつが直ぐ傍にいないんじゃ納得しなかったろうがよ。おめぇと龍興に不満が残ってる以外は丸く収まってんだよ、文句言うな」
高根のその言葉を聞きながら、それでも、と敦賀は舌打ちをする。自分と黒川と、そしてタカコ。考え得る限りでは最悪の組み合わせだ、いつ迄この生活が続くのか、さっさと営舎に戻りたいとは思うものの、高根が言っていた通りに営舎の修繕はどうやら不可能の様子で、このまま取り壊しになる可能性が高いらしい。また新しく建設するとなれば相当な日数が掛かるし、既に取り掛かっている仮設営舎の完成もまだまだ先の事だ。
早く事件の前の生活に戻りたい、内心でそう吐き捨て、敦賀はコップの中に残っていた焼酎を呷り一息に飲み干した。
「よし、こんなもんかな……タカコ、皿とって」
「これ?」
「そうそう、有り難うな」
福岡は春日、黒川の自宅の台所でガス台の前に並んで立つタカコと黒川の姿。黒川が作った料理を受け取り食卓へと運んで行くタカコの背中を黒川が目を細めて見詰め、戻って来た彼女の頭を撫でてそっと抱き寄せる。
「?どうしたの?」
「……いや、こういうの、すげぇ良いなと思ってさ」
この家で誰かと食事を作り食べるのは十年振り、千鶴を亡くしてからは自分一人しかおらず、昇進や異動が重なった事も有り外食が多くなった。大切に想う相手とこんな風に料理をしてそれを食べる生活、それがまたやって来るとはと思いながら顎を掬い上げて口付けようとすれば、唇が触れ合う寸前で勝手口の扉がガチャリと開かれ、庭に生えていたものを摘み取ったのか数枚の大葉と茗荷を手にした敦賀が台所へと姿を現した。
「おい、龍興、これで……てめぇ、何やってやがる」
「……そうだよ……これだよ問題は……てめぇさえいなけりゃ若くて可愛い女の子と一つ屋根の下とか最高の環境なのによ、何でてめぇがいるんだよ!」
「知るか、とっととその手を離しやがれ。だいたいその馬鹿を若くて可愛いとか、目か頭のどっちかか両方おかしいんじゃねぇのか」
突然現れた敦賀の姿にがっくりと肩を落としてタカコの身体を離す黒川、この遣り取りは二週間程前、海兵隊基地の封鎖が解除され、住む場所を失くした営舎住まいの海兵達を近隣の集合住宅等を借り上げ、そこに割り振った事から始まっている。
生存者は総勢七百八十三名、その内営舎で生活していた者は五百九十六名、借り上げた集合住宅だけでは追いつかず、営外に自宅を持っている海兵のところに一時的に同居もさせ、それでも溢れた者は陸軍の施設を借り受けて入居させた。下から順に条件の良いところへと入居させて行ったが、最終的に残ったのが敦賀を含めた古参五人とタカコ、四人は高根の自宅へと住まわせ、最終的に残ったタカコと敦賀を預けようと高根が頭を下げたのが黒川だった。
海兵隊の窮状を知っている黒川としては元々断る気も無かったが、高根が最初に話を持って来た時はタカコの事しか聞いておらず、タカコと一つ屋根の下寝食を共に出来るのかと一も二も無く了承した。それがどうだ、蓋を開けて見ればタカコにくっついて来たのは馬鹿でかいオマケ、本体よりもオマケの方が身体も態度も大きいとはどういう事だ、これから世話になろうという人間が何故こんな偉そうな態度なのだと唖然とした。
分かっていて押し付けたなと高根を恨みはしたものの、今更断ったりタカコだけを受け入れる事も出来ずにこの奇妙な同居生活が始まったのだが、男二人がこれを機に打ち解けるという事も無く、顔を合わせれば緊張感の漲る張り詰めた空気が流れるという事が何度も繰り返されている。
間に挟まれたタカコはと言えば、その場に居合わせれば二人の様子を鬱陶しそうに横目で見つつ然り気無く距離をとり、積極的に仲裁しようという気は更々無いらしい。誰の存在が事を更にややこしく空気を険悪にしているのかと言いたくもなるが、黒川も敦賀も、双方惚れた弱みなのかタカコに当たる事は出来ないでいた。
二人がやって来た当日に勃発したのは誰が何処に寝るのかという領有権争い、タカコには千鶴の部屋をと黒川が最初に言えばタカコがそれを断固拒否し、敦賀がそこに寝ると言えば今度は黒川がそれを拒否、黒川の部屋に敦賀がというタカコの案は黒川と敦賀の双方から猛反対の声が挙がった。結局は客間に敦賀が、黒川の部屋にタカコが、千鶴の部屋に黒川がという事に落ち着き、今に至る。
そんな騒々しい同居生活、食事と風呂を終えて後は寝るだけとなった頃になると高根がやって来て、焼酎を飲みながら黒川と二人、九州地方の海兵隊と陸軍の頂点同士今後の事を話し合う事が多々有る。最初は席を外そうとしていたタカコと敦賀だったが、高根から二人も同席をと言われ、今後の展開について意見を述べ合うようになっていた。
今はまだ事後の混乱も完全には収まっていないという事で、統幕からの呼び出しには引き伸ばしで対応してはいるものの、それもいつ迄も出来る事ではない。海兵隊の立場を悪化させない為にどう事を運べば良いのか話を持っていけば良いのか、それが主な話題だった。
「タカコ、もう寝るか?無理しなくて良いぞ?」
「……ん……だいじょぶ……」
「大丈夫じゃねぇから、ほら、来い、もう寝ちまえ」
疲れが溜まっているのかうつらうつらと舟を漕ぎ出すタカコ、その彼女の様子に逸早く気付いた黒川が立ち上がり、彼女の腕をとって立ち上がらせ自室へと向かい歩き出す。それを面白くなさそうな顔をして見送るのは敦賀、その敦賀を人の悪そうな笑みを浮かべて見ているのは高根。
「いやぁ、面白ぇんじゃねぇかと思ってこの組み合わせにしてみたけど、相当楽しい事になってんのなぁ?」
「……てめぇ……楽しみだけでこんな最悪の組み合わせにしてんじゃねぇよ……」
「しょうがねぇだろ、女性隊員は全員戦死しちまってタカコを預ける先も無かったんだからよ。陸軍の施設は預けたくなかったし集合住宅は下の若いの優先してたし、おめぇもあいつが直ぐ傍にいないんじゃ納得しなかったろうがよ。おめぇと龍興に不満が残ってる以外は丸く収まってんだよ、文句言うな」
高根のその言葉を聞きながら、それでも、と敦賀は舌打ちをする。自分と黒川と、そしてタカコ。考え得る限りでは最悪の組み合わせだ、いつ迄この生活が続くのか、さっさと営舎に戻りたいとは思うものの、高根が言っていた通りに営舎の修繕はどうやら不可能の様子で、このまま取り壊しになる可能性が高いらしい。また新しく建設するとなれば相当な日数が掛かるし、既に取り掛かっている仮設営舎の完成もまだまだ先の事だ。
早く事件の前の生活に戻りたい、内心でそう吐き捨て、敦賀はコップの中に残っていた焼酎を呷り一息に飲み干した。
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