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第125章『変化』
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第125章『変化』
常夜灯の明かりの中で寝息を立てるタカコ、黒川はその寝顔を、彼女の頬を撫でながら黙って見詰めていた。
封鎖が解除された直後に目の当たりにしたタカコの様子、それはその後も暫く続き、事件で戦死した海兵隊員の合同葬の時に最も強く感じる事となった。海兵隊史上最大規模且つ最悪の被害を出した今回の事件、中央――、統合幕僚監部も事態を重く見て沿岸警備隊と陸軍からも多数の人間が参列したが、黒川もその中にいた。
タカコがいたのは海兵隊の末席、高根からも敦賀からも離れた位置で、酷く鋭く冷たい視線を真っ直ぐに前に向けていた事を思い出す。何処から調達して来たのか女性用の海兵隊の夏の軍服に身を包み、弔辞を述べる高根の姿を険しい面持ちで見詰めていた。
たった一人の女性の生き残りという事で人目を引いたのか、統幕の人間が『彼女は何なんだ』と囁くのが背後から聞こえて来て、どうも嫌な雲行きだと小さく舌打ちをする。
葬儀の後、遺族への対応に追われる高根や敦賀の姿を見ながらタカコに声を掛ければ、未だ他人の目が有るからかひどく冷淡に他人行儀に対応され、それに対して何とも言い表し様の無い苛立ちを感じて、彼女の腕を掴み手近な木陰に引き摺り込み、その身体を木の幹へと押し付けた。
「……何か?黒川総監」
「……その言い方止めろよ、他の奴はいねぇだろ」
軍帽の下から叩き付けられるのは今迄に見た事も無い程に強く獰猛な、そして冷たい視線、こんな彼女を自分は知らないと歯を軋らせて睨み返せば、それは軽く受け流され、明後日の方向を見遣りつつタカコは口を開く。
「同じ国の人間が苦渋の決断を経て仲間の命を見捨てて全体の未来を選択したわけじゃない……真吾や敦賀達はそうだけど、私はそうじゃないんだ。他国の人間が戦略の為に他国の戦術に介入し同胞を殺させた……彼等はそうとは言わないだろうけどな……それが事実であり真実なんだよ……あんたなら分かるだろう?黒川准将?」
「止めろ!」
思わず声を荒げてタカコの顔の脇の幹へと拳を叩き付ける、それでも彼女は微塵も怯む事無く、少しだけ困った様に微笑んで言葉を続けた。
「……タツさん、私は大和人じゃない、ワシントン人だ……タツさん達とは違うんだよ、タツさんだってそれは分かってるだろう?」
あの時のタカコの言葉を思い出し、黒川は彼女の頬に滑らせていた指に僅かに力を込める。その感触に微かに眉根を寄せて身動ぐ様子に目を細め、小さく舌を打った。
分かっている、彼女が自分達とは違う国家陣営に属し、違う正義と思想を持った人間なのだという事は分かっている。途中から発覚した事ではない、最初からそれが明らかになっていて、自分はそれを踏まえて彼女と付き合って来た筈だ。
そして、彼女は自分に守られ後方で銃後を守る人間ではない、部下を率いてその上に立ち、自らも最前線に赴く前線指揮官だ、だからこそ自分と彼女は出会う事が出来た。
外国人で恐らくは正規軍の指揮官、これ程に自分の欲求と合わない女性に心惹かれる事になるとはと力無く笑う。大和人でなく外国人だとしても、それでも彼女の中に背負うものも誓った事も無ければまだ良かったのだ、只管に愛して守り、子を成して生涯をこの大和の地で終えさせる事にそう障害は無かっただろう。
しかし現実は厳しく、彼女は身体も心も途轍も無く強い。黒川が守るどころか逆に守られる程の力を持ち、幾ら自分が抱いて愛して刻み込んだところでそれに動じる事も無い。孕めばそれに乗じて畳み掛ける事は可能だろうが、危険過ぎる賭けだと言って良いだろう、下手をすれば帰国の手段が出来たとして、自分を置いて胎に宿した子と共に帰国してしまう可能性も高いのだから。
だから、事件からこちら、正確にはそれより前にこの部屋で制圧されてから、彼女の本来の姿を感じる度に喩え様も無い苛立ちと焦燥感に襲われている。そして、彼女を無理矢理にでも自分の傍らへと繋ぎ止めておきたいという欲望は大きくなるばかりだ。
そしてそれと同時に、軍人としての自分も彼女のあの様に対して警鐘を鳴らし続けている、この存在は危険だと、決して心を許すなと。
上手く渡って来たつもりの人生、四十も半ばに差し掛かり将軍職迄伸し上がったところで思いもよらない躓きだと頭を掻く。それを齎した相手が政敵でも仕事でもなく、外国からやって来たたった一人の女だとは、そして今迄築き上げて来たものと天秤に掛けようと自分がしているとは、人生とはやはり思うままに運べるものではないらしい。
この国も仕事も今迄の人生も、自分が捨てる事は出来ないだろうという事は分かっている、だから、彼女に同じものを捨てさせたいのだと。
「……てめぇは何も捨てずにてめぇの望む様に守ってやりてぇからって、お前が守ろうとしてるものを全部奪って縛り付けて、それで守ってるって言う気なんだよなぁ、俺……ごめんな。でもな……もうお前の事、離してやれねぇよ、自由にもしてやれねぇ」
変わらずに寝息を立てるタカコの顔、あどけなさすら感じさせるそれを見詰めてそう呟き、顔を寄せて口付ける。
鼻から漏れる少し高い声、起こしてしまったかと顔を上げればそこには変わらない寝顔が在り、黒川はもう一度口付けると立ち上がり部屋を出た。
常夜灯の明かりの中で寝息を立てるタカコ、黒川はその寝顔を、彼女の頬を撫でながら黙って見詰めていた。
封鎖が解除された直後に目の当たりにしたタカコの様子、それはその後も暫く続き、事件で戦死した海兵隊員の合同葬の時に最も強く感じる事となった。海兵隊史上最大規模且つ最悪の被害を出した今回の事件、中央――、統合幕僚監部も事態を重く見て沿岸警備隊と陸軍からも多数の人間が参列したが、黒川もその中にいた。
タカコがいたのは海兵隊の末席、高根からも敦賀からも離れた位置で、酷く鋭く冷たい視線を真っ直ぐに前に向けていた事を思い出す。何処から調達して来たのか女性用の海兵隊の夏の軍服に身を包み、弔辞を述べる高根の姿を険しい面持ちで見詰めていた。
たった一人の女性の生き残りという事で人目を引いたのか、統幕の人間が『彼女は何なんだ』と囁くのが背後から聞こえて来て、どうも嫌な雲行きだと小さく舌打ちをする。
葬儀の後、遺族への対応に追われる高根や敦賀の姿を見ながらタカコに声を掛ければ、未だ他人の目が有るからかひどく冷淡に他人行儀に対応され、それに対して何とも言い表し様の無い苛立ちを感じて、彼女の腕を掴み手近な木陰に引き摺り込み、その身体を木の幹へと押し付けた。
「……何か?黒川総監」
「……その言い方止めろよ、他の奴はいねぇだろ」
軍帽の下から叩き付けられるのは今迄に見た事も無い程に強く獰猛な、そして冷たい視線、こんな彼女を自分は知らないと歯を軋らせて睨み返せば、それは軽く受け流され、明後日の方向を見遣りつつタカコは口を開く。
「同じ国の人間が苦渋の決断を経て仲間の命を見捨てて全体の未来を選択したわけじゃない……真吾や敦賀達はそうだけど、私はそうじゃないんだ。他国の人間が戦略の為に他国の戦術に介入し同胞を殺させた……彼等はそうとは言わないだろうけどな……それが事実であり真実なんだよ……あんたなら分かるだろう?黒川准将?」
「止めろ!」
思わず声を荒げてタカコの顔の脇の幹へと拳を叩き付ける、それでも彼女は微塵も怯む事無く、少しだけ困った様に微笑んで言葉を続けた。
「……タツさん、私は大和人じゃない、ワシントン人だ……タツさん達とは違うんだよ、タツさんだってそれは分かってるだろう?」
あの時のタカコの言葉を思い出し、黒川は彼女の頬に滑らせていた指に僅かに力を込める。その感触に微かに眉根を寄せて身動ぐ様子に目を細め、小さく舌を打った。
分かっている、彼女が自分達とは違う国家陣営に属し、違う正義と思想を持った人間なのだという事は分かっている。途中から発覚した事ではない、最初からそれが明らかになっていて、自分はそれを踏まえて彼女と付き合って来た筈だ。
そして、彼女は自分に守られ後方で銃後を守る人間ではない、部下を率いてその上に立ち、自らも最前線に赴く前線指揮官だ、だからこそ自分と彼女は出会う事が出来た。
外国人で恐らくは正規軍の指揮官、これ程に自分の欲求と合わない女性に心惹かれる事になるとはと力無く笑う。大和人でなく外国人だとしても、それでも彼女の中に背負うものも誓った事も無ければまだ良かったのだ、只管に愛して守り、子を成して生涯をこの大和の地で終えさせる事にそう障害は無かっただろう。
しかし現実は厳しく、彼女は身体も心も途轍も無く強い。黒川が守るどころか逆に守られる程の力を持ち、幾ら自分が抱いて愛して刻み込んだところでそれに動じる事も無い。孕めばそれに乗じて畳み掛ける事は可能だろうが、危険過ぎる賭けだと言って良いだろう、下手をすれば帰国の手段が出来たとして、自分を置いて胎に宿した子と共に帰国してしまう可能性も高いのだから。
だから、事件からこちら、正確にはそれより前にこの部屋で制圧されてから、彼女の本来の姿を感じる度に喩え様も無い苛立ちと焦燥感に襲われている。そして、彼女を無理矢理にでも自分の傍らへと繋ぎ止めておきたいという欲望は大きくなるばかりだ。
そしてそれと同時に、軍人としての自分も彼女のあの様に対して警鐘を鳴らし続けている、この存在は危険だと、決して心を許すなと。
上手く渡って来たつもりの人生、四十も半ばに差し掛かり将軍職迄伸し上がったところで思いもよらない躓きだと頭を掻く。それを齎した相手が政敵でも仕事でもなく、外国からやって来たたった一人の女だとは、そして今迄築き上げて来たものと天秤に掛けようと自分がしているとは、人生とはやはり思うままに運べるものではないらしい。
この国も仕事も今迄の人生も、自分が捨てる事は出来ないだろうという事は分かっている、だから、彼女に同じものを捨てさせたいのだと。
「……てめぇは何も捨てずにてめぇの望む様に守ってやりてぇからって、お前が守ろうとしてるものを全部奪って縛り付けて、それで守ってるって言う気なんだよなぁ、俺……ごめんな。でもな……もうお前の事、離してやれねぇよ、自由にもしてやれねぇ」
変わらずに寝息を立てるタカコの顔、あどけなさすら感じさせるそれを見詰めてそう呟き、顔を寄せて口付ける。
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