大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第128章『悪戯』

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第128章『悪戯』

 深夜の高根宅、その居間に居並ぶ面々は一様に押し黙り、しかし表情は何処と無く興奮の色を浮かべていた。思わぬところから事態を打破する糸口が見えて来た、もしタカコの言った通りなら、大和は、海兵隊は既に大きく強力な武器をその内に抱えている事になる。抗体を特定し分離し、量産出来る技術を見つければ、それが平坦な道程ではない事は分かっているが、それでもそう心を逸らせずにはいられない。
「性交でも感染……って言ったな?それなら……嫁さんや恋人のいる海兵の相手が発病しないのは何でなんだ?」
 そんな中口を開いたのは黒川、思い至って当然の事を口にすれば、タカコは一升瓶を手にその中身をコップへと注ぎながらそれに言葉を返す。
「私も医学の事はそう詳しくはないから何とも言えないけど……抗体が出来る程度の低濃度汚染だったから感染から発症に至らなかったとか、抗体の方が強く作用したからとか、何にしろ相手も海兵から受け取る形で抗体を獲得しているのは間違い無いと思うな」
「成る程……そういう事か」
「いや、推論よ?これも。でもほぼ間違いないんじゃないかなぁ、感染力が弱まってなかったり相手が抗体を獲得出来てなけりゃ、今頃中洲の花街は活骸だらけになってると思うの!」
「……ああ」
「確かにな……」
 タカコのその言葉に黒川と敦賀の視線が向けられたのは高根、それに気付いた他の四人も『確かに……』といった面持ちで彼を見詰め、突然言外に論われた事に高根が慌てて言い訳じみた言葉を口にする。
「待て!俺は絶対に生ではやってねぇ!毎回きちんと避妊具つけてるからな!結婚する気も無ぇのにガキが出来るなんて冗談じゃねぇぞ!」
「うわー……中洲の花街で相手には特に拘らずにやりまくってるって認めちゃったよ……海兵隊総司令が……」
「うるせぇ!俺にばっかり矛先向けんじゃねぇお前等!敦賀!てめぇも花街のお得意だろうが!」
「ふざけんな!俺はもう一年以上行ってねぇ!」
「えっ、一年以上行ってないって、どうやって処理してんの?溜まって溜まってしょうがなくね?」
「馬鹿女!てめぇは黙ってろ!」
「そりゃ相手がいねぇならマス掻いて発散するしか無ぇだろ。つーか、お前が先任の相手してるんだとばかり思ってたけど」
「ヒデ!何でそこでこの馬鹿が出て来るんだ!」
「いやぁ、最近じゃ有名な話だぜ?お前等二人が結婚するのいつになるか賭けしてる奴もいるし、俺も一口乗った」
「はぁぁぁ!?私がこいつと結婚!?ふざけんな!何でそんな話になってんだよ!」
「えー、しねぇの?だっていつも一緒にいるし人目を忍んでイチャイチャ――」
「してねぇよ!」
「ふざけんな!」
 突如始まった海兵隊内の仲間割れ、黒川はそれを呆れた面持ちで眺め、コップの中身を飲み干し一升瓶から新しいものを注ぐ。タカコの言った通りなら自分も彼女を通して抗体を獲得出来ているだろう、二次的な抗体の移行も有るのなら、花街の商売女を通して海兵から陸軍兵へと受け継がれているものも有るかも知れない。何にせよ抗体の特定と分離、これに関しては陸軍も総力を挙げて海兵隊に協力すべきだろう、どちらの手柄になるかという事ではなく、三軍全体、否、大和全体の利益として考えるべきだ。
 抗体の特定が出来たところで全兵から採血をして検査し、抗体獲得者とそうでない者を分ける事が必要になるな、これから先のそんな算段をすれば、突然藤田から話を振られた。
「あ……黒川総監は陸軍ですし抗体は獲得……してらっしゃらないですよね。少し前には総監を狙った爆破事件や狙撃事件も有った事ですし、用心なさった方が」
 事情を知らない藤田にしてみれば当然そう思うだろうと思いつつ、それでも恐らくは抗体を獲得出来ている、それを口に出す事を一瞬躊躇すれば、そこにタカコが嘴を突っ込んで来る。
「ああ、タツさんは多分抗体獲得出来てるよ」
「そうなのか?って、お前、陸軍准将をタツさん呼ばわりとか馴れ馴れしいぞ」
 まさか自分との関係をここで言うつもりなのかと黒川が内心僅かに焦れば、タカコの口から出たのはそれ以上に破壊力の有るもので。
「だって、タツさんって海兵隊の人間と超ねっとりとやってるもん。なぁ……真吾?」
 思わせぶりなタカコの言葉、一瞬の沈黙の後、藤田と他の三名からは悲鳴にも似た叫びが上がり、高根と黒川の二人はタカコに向かって食って掛かった。
「同郷の幼馴染とは聞いてましたけどそんな関係とは!」
「両刀だったんですか司令!」
「どっちが受けでどっちが攻めですか!」
「タカコ!てめぇ何血迷った事ほざいてやがる!どうすんだよこれ!えれぇ誤解受けちまってるじゃねぇか!」
「タカコ!海兵隊の人間ととか思わせぶりな物言いするな!そこ迄言うなら自分の事だってはっきり言え!」
「総監!司令だけでなくタカコともですか!?」
「真吾は関係無ぇ!先ずはそこから離れろ!!俺は男を抱く趣味は無ぇ!!」
「総監が受けなんですか!!」
「だから!そこから離れろ!!叩っ斬るぞ海兵!!」
 収集のつかなくなった高根と黒川と他四名、近所迷惑も考えずにぎゃあぎゃあと騒ぐ彼等の輪からタカコが抜け出して来て、一人冷静さを取り戻し焼酎を飲んでいた敦賀の隣へと腰を下ろして煙草に火を点ける。
「うはは、面白ぇ、もう全員何の話してたか頭からすっ飛んでるな」
「……てめぇはアレか、無駄に事態をややこしくして楽しむクチか」
「ご名答、うふふ」
「……腐ってやがる」
 実に楽しそうな、悪戯っぽい笑みを浮かべるタカコを見て敦賀は溜息を吐く。
「来い」
「は?何処行くのさ?」
「いいから来い、そう龍興の匂いプンプンさせられてちゃ堪んねぇんだよ」
 自分が帰宅する前に行為に及んでいたのだろう、全身に黒川の白檀香と性交の後の独特の臭気を纏っているのがどうも気に入らない。どうせこの騒ぎは暫く続くだろうからこれに乗じて上書きをしてやると立ち上がり、タカコの腕を掴んで廊下へと向かって歩き出す。
 二階へと消えて行ったタカコと敦賀、その二人の不在に高根達が気付いたのは、それから一時間程してからの事。
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