大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第147章『徒手格闘』

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第147章『徒手格闘』

 夜が明け、場所は春日の黒川の自宅から移り、博多の海兵隊基地の道場。その壁に並んで身体を預け、タカコとカタギリの二人は道場の中央に立つ敦賀を眺めていた。
「しっかし……折角我々が銃を供与してやったってのに、何でそれを扱う訓練をせずにチャンチャンバラバラやってるんですかねぇ」
「先の事件の所為で出撃は当分出来んからな、その見通しが立つ迄は訓練したところで弾薬も無駄になる。身体を鈍らせない為にはこれが一番だろうよ」
「それはそうですけど」
「ケインよ、お前はどうも大和人に対して厳しいな。彼等には彼等の事情が有る、元々この列島は金属資源が乏しい様だ、そこで弾薬の大盤振る舞いは出来ないのは分かるだろうが。電気も制限を受けてるし電車の運賃だってクソ高いんだぞ、燃油は生物由来のものを精製する技術を持ってはいるがよ。そんな中でこの戦法は最善だったろうさ、我が国の物差しだけで事を語るな」
「……了解です」
 どうにも面白くないといった面持ちと声音のカタギリを見て困った奴だとでも言う様に笑い、タカコは前方の敦賀へと視線を戻す。
 敦賀は敦賀で機嫌が悪い、元々積極的に他人と関わる気質ではない上にカタギリとの相性は最悪と言って良いだろう、それで機嫌が悪化しない筈も無い。何とか上手く遣り過ごしたいものだがと思いつつタカコが頬を軽く掻けば、綺麗な一本を決めた敦賀が突然にこちらへと声を掛けて来た。
「おい馬鹿女、一本付き合え」
「えー、めんどい。お前手加減しねぇんだもん」
「阿呆抜かせ、手加減の必要なタマかよてめぇが。オラ、とっとと来い」
 敦賀の相手が務まらないとは自分でも思っていないが、如何せんこの男は手加減というものをしない。三十cmの身長差と一・五倍は軽く有る体重差、そしてそこに加わる彼の腕力と技術、正直捌くのが精一杯で、出来るだけ相手にはなりたくないというのが正直なところだ。
 しかし敦賀はタカコのそんな気持ちを推し量る事は全く無く、立ち上がろうとしないのを力づくで引っ張り出そうとでもいう魂胆なのか、遂には彼女の方へと向かって手を伸ばしながらゆっくりと歩き出す。
「先任、たまには俺にも稽古つけて下さいよ」
 それを制したのはカタギリの言葉と身体、敦賀の視界からタカコを消し去る様にして立ち塞がる。
「……誰か他の奴と――」
「普通にやるんじゃ面白くないから、木刀じゃなくて拳でやってみませんか?俺、こっちの方が得意なんですよ」
 険を深くして断ろうとした敦賀の言葉にカタギリが自らのそれを被せて来る、それに敦賀が言葉を途切れさせれば、カタギリが半歩前に出て、更に言葉を重ねた。
「木刀の方が得意で徒手格闘はちょっとっていうんなら別に木刀でも良いですけど」
 その言葉に静かに切れたのは敦賀、二人のその様子に慌てて腰を浮かせたのは、タカコ。
「……良いだろう、来い」
「……ええ、喜んで」
 海兵隊史上最強の鬼の最先任に何を言うのかと周囲が凍りつく中、敦賀はその中の一人に木刀を投げて渡し踵を返して再度と道場の中央へと向かって歩き出す。タカコは慌てた様子でその彼に追い縋り、小声で
「止めておけ、怪我するぞ」
 と、そう思い留まる様に制止した。
「あぁ!?」
「だから!怪我するって!」
「馬鹿にしてんのかてめぇ、おめぇと大して変わらねぇ体格だろうが。何が怪我だ、下がってろ」
 カタギリの身長はタカコよりも十cmに満たない程度高いだけ、体格も筋骨隆々といった風情ではない。その彼と遣り合ったところでそう大きな怪我をする筈も無いと袖を掴んだタカコの手を振り払い敦賀は再び歩き出す。
「そう大怪我はさせませんから御安心を。人の指揮官を捕まえて何かと言えば馬鹿女馬鹿女って、一度締めておきたかったんでね」
 カタギリも引く気は無いのかにっこりと笑って小声でそう言って敦賀の後に続き、タカコはそれを見て溜息を吐きながら、
「私は止めたからなー?そいつ、対人徒手格闘とナイフ使いのエキスパートだからなー?」
 と、諦めた様な声音で敦賀の背中へと向けて小さく声を放った。
「……で?大した自信の様だが腕はどんなもんなんだ?分かってると思うが俺等だって徒手格闘の訓練は――」
 中央で向かい合ったカタギリへと投げ付けた敦賀の言葉、それは床を蹴り一息で間合いを詰めて来たカタギリ、その彼の放った掌底に因って打ち消された。反応しきれずに鳩尾に入った掌底、以前タカコに食らった肘よりも遥かに重いそれに床を蹴って後方へと下がるが、カタギリはそれを許さず敦賀が下がる以上の速度で更に踏み込み、今度は左足を素早く振り上げて膝を右の太腿と脇腹へと連続で叩き込む。激しい足の痛みと鈍い脇腹の痛み、堪らずに口元を歪めつつも体勢を立て直そうとするがそれは叶わず、右に傾いた身体へと伸びて来たカタギリの腕と足払いにより道場の床へと引き倒され、左腕を背中へと捻り上げつつ押し付けられ、下半身は圧し掛かられる形で押さえ込まれ、全く身動きは取れなくなっていた。
 十秒にも満たない僅かな時間、その短時間で一気に攻め込まれ押さえ込まれ、最先任の矜持が甚く傷付けられたと敦賀は歯を軋らせるが、振り解こうと身体に力を入れてみても圧し掛かったカタギリの身体はびくともせず、やがて諦めて力を抜いた敦賀の耳元にカタギリは顔を寄せ、低く、冷たい声で話しかける。
「お前がどう思っていようと、あの方は我々にとっては唯一無二の指揮官だ……それを馬鹿女呼ばわりとは、下士官風情が良い度胸だな?」
 殺気に満ちた声音、やがて退いたカタギリの身体、足と脇腹と捻り上げられた左腕の関節の痛みを感じつつ身体を起こせば、既に立ち上がっていたカタギリから向けられたのは冷たく鋭い視線。
「すみません先任、大丈夫ですか?先任が相手してくれるって言うんで、張り切り過ぎました」
 顔は敦賀の方へと向けられている所為で他からは窺えない、本人もそれは分かっているのだろう、視線と表情はそのままに、声音だけが穏やかだった。
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