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第150章『文献』
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第150章『文献』
「……何よこれ?」
タカコ曰く『濡れた手にくっつくちり紙みてぇにぴったり張り付いて来て鬱陶しい事この上無ぇ』敦賀、その彼が一人で高根の執務室を訪れたのは昼下がりの事。その彼が無言のまま差し出して来たのは一枚の紙、何だと思いつつ受け取って見てみれば、そこに記されていたのは何度か見た記憶が或る程度の、高根にとっては意味不明な記号の羅列だった。
「で?これを俺にどうしろってのよ」
「……書いてある内容、解読出来ねぇか?」
「これをか?いやー、無理、俺、実務関係以外はからっきしだもんよ。これあれだろ?タカコが持ってる認識票の文字。文献で見た覚えが有るし、あいつが持ち込んだ装備とかにも似た様なのが打刻されてるよな。で、今更これをどうしたいのよお前」
「書いてある内容が知りてぇ」
「は?認識票だろ?あいつの所属と名前と認識番号と、それだけじゃねぇの?」
今更何を言い出すのか、訝しんだ高根がそれをそのまま口にしつつ、再度紙へと視線を落とす。何故この時機で、そう思いながら文字列を目で追えば、大きく二つに分けられたそれの微妙な差異に気が付き、ああ、そういう事かと得心する。
認識票なのであれば一人に一つずつ、それを確か彼女は二つ首から提げている。その両方に記されているものを書き写して来たのだろう、一つがタカコだとしてもう一つは誰なのか、それを知りたいと思いこんな事を言い出したのに違い無い。
もう一つは恐らくは彼女が親密な関係に在ったであろう男性のものの筈だ、恋人なのか夫なのかは結局それに勘付いた黒川からも聞かないままだが、墓に対して特別な振る舞いをする程の相手なのであれば、認識票を身に付けていても何もおかしくはない。
敦賀はタカコにそんな相手がいたのだという事は知らない筈だ、自分からは何も言っていないし黒川も言いはしないだろう、その事に関して未だに何も言わないタカコ本人から聞いたとも考え難い。
「俺は分かんねぇけどよ、京都の国立図書館になら前時代の文献が収蔵されてる、その中に辞書なり教本なりが残されてるんじゃねぇか?前時代では外国とも国交が有ったんだし、外国語やその文字を教育する為の教本は絶対に有った筈だから」
タカコが言い出さない以上自分達第三者が軽々しく口にするべきではないだろう、それでも、タカコに対しての敦賀の想いを考慮し彼が自力で答えに辿り着くのであれば、そう判断した高根がそう言えば、『京都』という単語に途端に敦賀の面持ちが険しいものに変わる。
「こんな状態で休み取るとか無理だな……」
兵員の七割を失ったばかりの海兵隊、建て直し以前にまだ後始末の状態だ。しかも今はそれと同時進行で抗体の人工量産の研究を進めている状態であり、そんな中で最先任の立場に在る敦賀が慶弔事でもないのに私的に数日の纏まった休みを取る等、不可能である事は誰の目にも明らかだった。
「それ、直ぐにじゃないと駄目なのか?タカコに聞くのが一番だとは思うがどうもそれはしたくねぇみてぇだし、それなら龍興に聞いてみたらどうだ?奴なら俺と違ってそういう知識有りそうだし、丁度今日打ち合わせで来る事になってるだろ?夜に奴の家に戻った時にでも良いけどよ、急ぐなら打ち合わせが終わった時にでも聞いてみろ」
黒川に聞けと言えばそれもまた渋い顔をする敦賀、それでも調べずにはいられない心持ちなのだろう、否定はせずに曖昧に言葉を濁し、打ち合わせの準備をすると言って部屋を出て行った。
「さて……また随分と面白ぇ流れになって来たな。あいつが何でまた今になって気にし出したのかは分かんねぇが……良いじゃないの、興味持って執着して、さっさと子供作ってもらわねぇとな」
外道丸出しのそんな事を言いながら高根は湯飲みに手を伸ばし茶を啜る。流れは黒川に有利だとずっと思っていたがここ数日は様相が変わって来た、立て続けの外泊、変に晩熟で色々とずれている敦賀が積極的にタカコとの距離を縮めようとしているのなら、それを喜ばない理由は無い。黒川に宣言した様に海兵隊総司令の立場としては楔と鎖を誰が務めようと構わないし、個人としては長年の良き部下であり友人である敦賀の幸せを願っている。
何が切っ掛けになったのかは分からないが、惚れた相手の事を深く知りたいという欲求は自然な事であり喜ばしい事だろう。当然その過程でタカコと親密だった男の存在を知る事になるが、添い遂げようと思うのであれば避けては通れない事柄、それを知り受け入れるには丁度良い機会なのかも知れない。惚れ込み様を見ていれば、そして、敦賀自身の人間性を考えても、受け入れて昇華させる事は出来る筈だ。
自分の狙いが外道である事は百も承知だ、しかし、タカコの存在は大和にとって未来をより確実に掴み取る為の重要な鍵、失うわけには、帰国させるわけにはいかない。後一年もしない内に彼女の言っていた千日目がやって来る、その時により有利に事を運ぶ為ならば、自分は喜んで外道に身を堕とそう。
その思惑を知りつつもタカコを求める黒川、そして、何も知らされないままに直向きにタカコを求める敦賀。その二人のどちらが望むものを手に入れるのかは分からない、それでも、出来るだけ傷付く人間が少ない様に収まれば良い、そんな事をぼんやりと考えた。
「……何よこれ?」
タカコ曰く『濡れた手にくっつくちり紙みてぇにぴったり張り付いて来て鬱陶しい事この上無ぇ』敦賀、その彼が一人で高根の執務室を訪れたのは昼下がりの事。その彼が無言のまま差し出して来たのは一枚の紙、何だと思いつつ受け取って見てみれば、そこに記されていたのは何度か見た記憶が或る程度の、高根にとっては意味不明な記号の羅列だった。
「で?これを俺にどうしろってのよ」
「……書いてある内容、解読出来ねぇか?」
「これをか?いやー、無理、俺、実務関係以外はからっきしだもんよ。これあれだろ?タカコが持ってる認識票の文字。文献で見た覚えが有るし、あいつが持ち込んだ装備とかにも似た様なのが打刻されてるよな。で、今更これをどうしたいのよお前」
「書いてある内容が知りてぇ」
「は?認識票だろ?あいつの所属と名前と認識番号と、それだけじゃねぇの?」
今更何を言い出すのか、訝しんだ高根がそれをそのまま口にしつつ、再度紙へと視線を落とす。何故この時機で、そう思いながら文字列を目で追えば、大きく二つに分けられたそれの微妙な差異に気が付き、ああ、そういう事かと得心する。
認識票なのであれば一人に一つずつ、それを確か彼女は二つ首から提げている。その両方に記されているものを書き写して来たのだろう、一つがタカコだとしてもう一つは誰なのか、それを知りたいと思いこんな事を言い出したのに違い無い。
もう一つは恐らくは彼女が親密な関係に在ったであろう男性のものの筈だ、恋人なのか夫なのかは結局それに勘付いた黒川からも聞かないままだが、墓に対して特別な振る舞いをする程の相手なのであれば、認識票を身に付けていても何もおかしくはない。
敦賀はタカコにそんな相手がいたのだという事は知らない筈だ、自分からは何も言っていないし黒川も言いはしないだろう、その事に関して未だに何も言わないタカコ本人から聞いたとも考え難い。
「俺は分かんねぇけどよ、京都の国立図書館になら前時代の文献が収蔵されてる、その中に辞書なり教本なりが残されてるんじゃねぇか?前時代では外国とも国交が有ったんだし、外国語やその文字を教育する為の教本は絶対に有った筈だから」
タカコが言い出さない以上自分達第三者が軽々しく口にするべきではないだろう、それでも、タカコに対しての敦賀の想いを考慮し彼が自力で答えに辿り着くのであれば、そう判断した高根がそう言えば、『京都』という単語に途端に敦賀の面持ちが険しいものに変わる。
「こんな状態で休み取るとか無理だな……」
兵員の七割を失ったばかりの海兵隊、建て直し以前にまだ後始末の状態だ。しかも今はそれと同時進行で抗体の人工量産の研究を進めている状態であり、そんな中で最先任の立場に在る敦賀が慶弔事でもないのに私的に数日の纏まった休みを取る等、不可能である事は誰の目にも明らかだった。
「それ、直ぐにじゃないと駄目なのか?タカコに聞くのが一番だとは思うがどうもそれはしたくねぇみてぇだし、それなら龍興に聞いてみたらどうだ?奴なら俺と違ってそういう知識有りそうだし、丁度今日打ち合わせで来る事になってるだろ?夜に奴の家に戻った時にでも良いけどよ、急ぐなら打ち合わせが終わった時にでも聞いてみろ」
黒川に聞けと言えばそれもまた渋い顔をする敦賀、それでも調べずにはいられない心持ちなのだろう、否定はせずに曖昧に言葉を濁し、打ち合わせの準備をすると言って部屋を出て行った。
「さて……また随分と面白ぇ流れになって来たな。あいつが何でまた今になって気にし出したのかは分かんねぇが……良いじゃないの、興味持って執着して、さっさと子供作ってもらわねぇとな」
外道丸出しのそんな事を言いながら高根は湯飲みに手を伸ばし茶を啜る。流れは黒川に有利だとずっと思っていたがここ数日は様相が変わって来た、立て続けの外泊、変に晩熟で色々とずれている敦賀が積極的にタカコとの距離を縮めようとしているのなら、それを喜ばない理由は無い。黒川に宣言した様に海兵隊総司令の立場としては楔と鎖を誰が務めようと構わないし、個人としては長年の良き部下であり友人である敦賀の幸せを願っている。
何が切っ掛けになったのかは分からないが、惚れた相手の事を深く知りたいという欲求は自然な事であり喜ばしい事だろう。当然その過程でタカコと親密だった男の存在を知る事になるが、添い遂げようと思うのであれば避けては通れない事柄、それを知り受け入れるには丁度良い機会なのかも知れない。惚れ込み様を見ていれば、そして、敦賀自身の人間性を考えても、受け入れて昇華させる事は出来る筈だ。
自分の狙いが外道である事は百も承知だ、しかし、タカコの存在は大和にとって未来をより確実に掴み取る為の重要な鍵、失うわけには、帰国させるわけにはいかない。後一年もしない内に彼女の言っていた千日目がやって来る、その時により有利に事を運ぶ為ならば、自分は喜んで外道に身を堕とそう。
その思惑を知りつつもタカコを求める黒川、そして、何も知らされないままに直向きにタカコを求める敦賀。その二人のどちらが望むものを手に入れるのかは分からない、それでも、出来るだけ傷付く人間が少ない様に収まれば良い、そんな事をぼんやりと考えた。
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