大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第162章『帰省』

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第162章『帰省』

「……何だ」
「実家、行った方が良いと思うぞ?お母さんに顔見せてやれよ」
 たった今その話題には触れるなと言っただろう、何を聞いていたのかと固まる海兵隊の面々、高根と黒川も渋い顔をしてタカコの方を見るが、敦賀を真っ直ぐに見据える眼差しに何か感じるところが有ったのか顔を見合わせて頷き合い、
「話が有るならさっさと片付けろ、俺等は外で待ってるから」
 敦賀にそう声を掛けて外へと出て行き、室内にはタカコと敦賀の二人が残された。
「……どういうつもりだてめぇ」
 自分を真っ直ぐに見詰めるタカコの眼差しを見返しつつの敦賀の言葉、それにはやはり多分に苛立ちが含まれていて、触れれば切れそうな程の鋭さを持ったそれにタカコは僅かも怯む事無く、敦賀を見詰めたまま口を開く。
「親子の確執なんてもんは私には分からん。でも、お前のお父さんの見て感じた事だが、お父さんはお前の敵なんかじゃないだろう?そう攻撃的になる必要は――」
「てめぇに何が分かる、親のいないてめぇに――」
 淡々としたタカコの言葉に思わず気色ばんで言い返し、直後、敦賀は自分のとんでもない失言に気が付いて思わず口を噤む。タカコはそれに何か反応を返すでもなく、静かに、静かに敦賀を見据えていた。
「……悪ぃ、何が有っても言って良い事じゃなかった……すまない」
 怒っている様子も悲しんでいる様子も全く感じられない、唯々真っ直ぐなタカコの眼差し、無垢さすら感じられるそれを受け止めきれずに思わず俯けば、制服の裾を握っていたタカコの手が離れ、代わりに敦賀のそれに彼女の指が絡められる。
「うん、私はそんな当たり前の『親子』とか『家族』ってやつを知らない。だから、お前とお父さんの間の確執も実際のところは分からない。だけど、さっきお父さんを見て思ったんだよ、この人は敦賀の敵なわけじゃない、お互いに上手く折り合いが付けられてないだけで、そんなにいがみ合う事は無いんじゃないかって。別に必要以上に仲良くしろとかそんな事を言うつもりは無いよ?でも、最低でも二年は顔も合わせてないだろう?だったら折角京都に来てるんだし、お母さんに顔を見せる位はしても良いんじゃないか?今から直ぐに行って顔だけ出して来れば、お父さんが帰宅する前にお母さんにだけ会う事も出来るだろ?」
 静かな、諭す様なタカコの言葉、敦賀はそれに何か答えを返す事も出来ず、黙ったまま聞いていた。
 昔から父親との折り合いは壊滅的に悪く、当然の様に陸軍士官の道を望まれている事も不愉快でしょうがなかった。何か明確な理由が有ったわけでもなく只管に反抗し、父親の望む道等歩んでたまるかと出奔したのは中学卒業と同時。当ても無く京都の街を彷徨い歩き、そんな時に大和軍の地方協力本部の勧誘に声を掛けられ、
『海兵隊に入りたい、陸軍だけは絶対に嫌だ。沿岸警備隊でも良いけど、どうせなら海兵隊に入りたい』
 と、気が付いたらそう答えていた。
 そうして海兵隊に入隊し職務に没頭し続けて任官から十九年、その頃からの父親に対しての敵愾心と反抗心を緩和させる切っ掛けも無くこの歳迄生きて来てしまったが、今はもう敵対する理由も無くなっている事に、自分自身でも気付いてはいるのだ。
 それでも今更歩み寄る事も和解する事も出来ずその切っ掛けも無く、そんな中でタカコから投げ掛けられた提案はひどく敦賀を動揺させた。
「いきなりお父さんと差し向かいで話しろって言ってるんじゃないぞ?つーか、和解しろとか、流石にそこ迄出過ぎた事は言わねぇよ。今から実家に行ってお母さんに顔見せて安心させてやって、お父さんの事は考えずに、それで良いんじゃないのか?」
 いつもの強さは感じられない柔らかなタカコの言葉、それに対して返した言葉は、敦賀としては精一杯の反抗と我儘で。
「……てめぇも一緒に来い、帰りに好きなもん食わせてやるから」
「……へ?私も?」
「当たり前だ、俺に気の進まない事やらせようってんだから付き合えよ」
「何だよそれ、ガキみてぇ……ま、言い出しっぺだし、良いよ、付き合う」
 言葉と同じ様に柔らかく笑って答えるタカコ、敦賀はそれに拍子抜けした思いをしつつも、ここ迄言うのなら母親に顔を見せる位は、そんな事を思いつつタカコの頭に手を伸ばし頭を撫でながらそう自分を納得させた。
「……おいおい……実家にタカコ連れて行くとか言ってますよ、先任」
「もしかしたら先任って馬鹿なんじゃねぇのか?実家に女連れて行くとか、親にしてみれば答えは一つじゃんなぁ?」
「えー、分かっててやってんじゃねぇのか?」
「あ、外堀埋めるって事ですか?」
「そうそう、んで、逃げられない様にタカコを囲い込む作戦」
「そういう方面に頭回る様な人でしたっけ、先任って」
「お前……最先任に向かって酷い事言うよね」
 廊下では扉に張り付き中の様子を窺う海兵隊の面々と高根の姿、それをカタギリとキムの二人は呆れた面持ちで、黒川は不機嫌そうに眺めていたが、突然高根が扉から離れる。そして制服の胸ポケットから財布を取り出し、中から札を数枚取り出すとそれを海兵の一人に手渡すと
「俺と黒川総監はそろそろ行くからよ、お前等は宇治駐屯地に挨拶して、それから自由行動な、これ夕飯代の足しにしろ。じゃ、総監、行きましょうか」
 そう言って依然不機嫌なままの黒川の肩を叩いて促し揃って何処かへと向けて歩き出す。
「何だよ、何そんな不機嫌になってんの、お前らしくもねぇ」
「うるせぇ……惚れた女が他の男とそいつの実家に行くとか、これが不機嫌にならずにいられるか。キレて騒ぎ立てなかっただけ俺は大人だ」
「いや……ガキだろ充分。そんなに嫌なら止めてくれば?」
「それが出来りゃ苦労はしねぇよ……あの親子の関係はどうにかした方が良いってのには同意見だしな、俺も」
「まぁなぁ……ま、今晩は俺が愚痴に付き合ってやるからよ」
「おっさんの慰めとか要らねぇよ」
 ワシントン勢二人と海兵達の見送りを受けつつ、小声でそんな言葉を交わしながら二人は仕事へと戻って行った。
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