63 / 100
第163章『嵯峨野』
しおりを挟む
第163章『嵯峨野』
京都の西側山手、嵯峨野。統幕を出てバスを乗り継ぎそちらへと向かい、終点の停留所で降りて夕暮れの道を歩き出す敦賀の背中を、タカコは何も言わずに見詰め、後をついて歩いていた。やはり気乗りはしないのだろう、普段から口数の多い方ではないが更に黙り込み、時折苛立った様に貧乏揺すりをしたり落ち着きが無い。こんな様子を見ているとやはり親子というものの概念をまともに知らない自分が、確執を抱えた親子の事に口を出すべきではなかったかも知れないと思いはするものの、それでも双方に決定的な問題も感じられず、僅かでも歩み寄れれば良いと思ったのも確かだ。
「どれ位歩くんだ?」
「……大した距離じゃねぇ、十五分も歩けば着く」
「そうか……お前がお母さんと話してる間、私はどうしてれば良いかね」
「直ぐ下の妹が婿取りして同居してる、その子供が三人いるから、そいつ等の相手でもしてろ」
「へー、妹いるのか」
「ああ……四人」
「四人も!全員妹さん?」
「ああ、下三人は結婚して家を出てる」
「へぇ……妹いるのか……しかも甥っ子か姪っ子もいるのか」
「甥一人に姪二人だ」
今迄に聞いた事の無かった敦賀の家族構成、長子の上に妹が四人とは予想外だった、女が四人もいればさぞかし姦しかった事だろう。そんな中でこの口下手な男はどうやって過ごしていたのだろうかと想像して思わず笑えば、それが面白くなかったのか立ち止まった敦賀が振り返り、いきなり手を取って再び歩き出す。
「……本当に気乗りしないんだな、掌じっとりしてるぞお前」
「……うるせぇよ」
絡められた指に込められる力、そんなに嫌かと小さく笑って握り返せば腕ごと引き寄せられ、ぴったりとくっつく様にして夕暮れの道を並んで歩く。やがて道は竹林の中へと入り、一段と暗くなった道を手を繋いだまま無言で五分程歩けば、突然途切れた竹林を出たところで敦賀は立ち止まり、一度タカコを見下ろしてから前方を指し示した。
「あれだ、俺の実家」
「……うわ……でけぇ……」
敦賀が指し示す先には立派で重厚な造りの長屋門、大門は閉じられ中の様子は窺えないが、漆喰の壁に大門の両脇の潜戸、目に付く全てが格式の高さを静かに主張している。
「……良いところのお坊ちゃんだったのか……お前……」
「建物が無駄にでけぇだけだ……代々陸軍士官を出してる家だが、この家以外に大した土地やら財産が有るわけでなし、そんな大層なもんじゃねぇよ」
「……そんなお家柄なのに態々海兵隊下士官として任官したのかよ……そりゃ確執も生まれるわな……」
「うるせぇよ、オラ、行くぞ」
敦賀に手を引かれ潜戸を開けて中へと入れば、そこに広がるのは母屋の玄関へと続く石畳と手入れの行き届いた庭。桔梗、萩、女郎花、撫子、秋の花がそこかしこに咲き、夕暮れの中に佇むその美しさに思わず息を呑んだ。
見た目だけではない、これは、この家は紛れも無い『名家』だ、そんな事を感じつつ言葉も無く庭を眺めるタカコに敦賀は僅かに目を細め、
「……入るぞ」
そう言って繋いでいた手を解き代わりに彼女の肩に手を添えて歩けと促す。
「……あれ?お兄ちゃん?」
その動きを止めたのは玄関から出て来た女性の声、それに我に返ったタカコがそちらへと視線をやれば、そこにいたのは自分と同じ年頃の女性が一人。『お兄ちゃん』と言っていた、これが婿取りをした妹かとタカコがそちらへと向き直れば、相手は敦賀とタカコの姿を上から下迄二往復程眺めた後、急に踵を返して玄関へ駆け込み中へと向かって声を張り上げた。
「おかーさーん!亮二さーん!お兄ちゃんがお嫁さん連れて来たー!!」
「……はい?」
タカコのそんな声等聞こえる筈も無く妹は中へと駆け込んで行き、残されたのは呆然とするタカコと、眉間に皺を寄せて深く溜息を吐く敦賀の二人だけ。
「……言い忘れてたが……妹は、百合は人の話を聞かねぇ、これはお袋譲りだ」
「……何か……思いっ切り勘違いされたみたいなんですけど……」
「……頑張れよ」
ぽん、と肩を叩かれ、そのまま肩に手を添えられてタカコはゆっくりと玄関へと向かって歩き出す。そうして中へと入れば、長い廊下の向こうから和服姿の初老の女性が頬を染めて興奮気味に小走りでやって来て、その向こうに敦賀の妹、百合とその夫であろう男性が並んで歩いて来るのが見えた。
「初めまして、清水多佳子と申し――」
「多佳子さんね!初めまして!貴之の母の幸恵です!」
「あの、私は今日は御子息が実家に顔を出すと言うのでついて来ただけで決して――」
「こんな可愛らしいお嬢さんがお嫁さんだなんて、嬉しいです!」
「いえ、あの、私と御子息はそんな関係――」
「妹の百合です、良かったです、いい歳して何の気配も無いから家族揃って心配してたんですよ、兄を宜しくお願いしますね!」
「いえ、ですから私は――」
「多佳子さんも海兵さんなのね、貴之とは職場で知り合ったの?」
「へ?あ、ええ、はい、そうです」
「職場恋愛なのね!」
「いえ、だから私――」
「貴之!今日は泊まって行きなさい!お父さんは最近忙しくて泊まりが続いてるから気にしなくて良いから!さ、多佳子さん、上がって下さいな」
「私離れにお布団運んで来る!亮二さんも手伝って!」
目に涙を浮かべながらタカコの手を取って握り締める母、そして夫と共に布団を運ぶと言って走り去って行く妹、欠片も人の話を聞いていない二人の勢いに圧倒されタカコは言葉を失い、敦賀は最初から勢いに叩き伏せられ一言も発する事は出来なかった。
「……本当に人の話全然聞いてないのな、お前のお母さんと妹……」
「……悪い……俺もあれには勝てん……」
廊下を歩きながら小声で敦賀へと話しかければげんなりとした面持ちと声音でそう返され、一事が万事こんな調子では寡黙な敦賀は身の置き場が有ったのだろうか、タカコはふとそんな事を考えた。
京都の西側山手、嵯峨野。統幕を出てバスを乗り継ぎそちらへと向かい、終点の停留所で降りて夕暮れの道を歩き出す敦賀の背中を、タカコは何も言わずに見詰め、後をついて歩いていた。やはり気乗りはしないのだろう、普段から口数の多い方ではないが更に黙り込み、時折苛立った様に貧乏揺すりをしたり落ち着きが無い。こんな様子を見ているとやはり親子というものの概念をまともに知らない自分が、確執を抱えた親子の事に口を出すべきではなかったかも知れないと思いはするものの、それでも双方に決定的な問題も感じられず、僅かでも歩み寄れれば良いと思ったのも確かだ。
「どれ位歩くんだ?」
「……大した距離じゃねぇ、十五分も歩けば着く」
「そうか……お前がお母さんと話してる間、私はどうしてれば良いかね」
「直ぐ下の妹が婿取りして同居してる、その子供が三人いるから、そいつ等の相手でもしてろ」
「へー、妹いるのか」
「ああ……四人」
「四人も!全員妹さん?」
「ああ、下三人は結婚して家を出てる」
「へぇ……妹いるのか……しかも甥っ子か姪っ子もいるのか」
「甥一人に姪二人だ」
今迄に聞いた事の無かった敦賀の家族構成、長子の上に妹が四人とは予想外だった、女が四人もいればさぞかし姦しかった事だろう。そんな中でこの口下手な男はどうやって過ごしていたのだろうかと想像して思わず笑えば、それが面白くなかったのか立ち止まった敦賀が振り返り、いきなり手を取って再び歩き出す。
「……本当に気乗りしないんだな、掌じっとりしてるぞお前」
「……うるせぇよ」
絡められた指に込められる力、そんなに嫌かと小さく笑って握り返せば腕ごと引き寄せられ、ぴったりとくっつく様にして夕暮れの道を並んで歩く。やがて道は竹林の中へと入り、一段と暗くなった道を手を繋いだまま無言で五分程歩けば、突然途切れた竹林を出たところで敦賀は立ち止まり、一度タカコを見下ろしてから前方を指し示した。
「あれだ、俺の実家」
「……うわ……でけぇ……」
敦賀が指し示す先には立派で重厚な造りの長屋門、大門は閉じられ中の様子は窺えないが、漆喰の壁に大門の両脇の潜戸、目に付く全てが格式の高さを静かに主張している。
「……良いところのお坊ちゃんだったのか……お前……」
「建物が無駄にでけぇだけだ……代々陸軍士官を出してる家だが、この家以外に大した土地やら財産が有るわけでなし、そんな大層なもんじゃねぇよ」
「……そんなお家柄なのに態々海兵隊下士官として任官したのかよ……そりゃ確執も生まれるわな……」
「うるせぇよ、オラ、行くぞ」
敦賀に手を引かれ潜戸を開けて中へと入れば、そこに広がるのは母屋の玄関へと続く石畳と手入れの行き届いた庭。桔梗、萩、女郎花、撫子、秋の花がそこかしこに咲き、夕暮れの中に佇むその美しさに思わず息を呑んだ。
見た目だけではない、これは、この家は紛れも無い『名家』だ、そんな事を感じつつ言葉も無く庭を眺めるタカコに敦賀は僅かに目を細め、
「……入るぞ」
そう言って繋いでいた手を解き代わりに彼女の肩に手を添えて歩けと促す。
「……あれ?お兄ちゃん?」
その動きを止めたのは玄関から出て来た女性の声、それに我に返ったタカコがそちらへと視線をやれば、そこにいたのは自分と同じ年頃の女性が一人。『お兄ちゃん』と言っていた、これが婿取りをした妹かとタカコがそちらへと向き直れば、相手は敦賀とタカコの姿を上から下迄二往復程眺めた後、急に踵を返して玄関へ駆け込み中へと向かって声を張り上げた。
「おかーさーん!亮二さーん!お兄ちゃんがお嫁さん連れて来たー!!」
「……はい?」
タカコのそんな声等聞こえる筈も無く妹は中へと駆け込んで行き、残されたのは呆然とするタカコと、眉間に皺を寄せて深く溜息を吐く敦賀の二人だけ。
「……言い忘れてたが……妹は、百合は人の話を聞かねぇ、これはお袋譲りだ」
「……何か……思いっ切り勘違いされたみたいなんですけど……」
「……頑張れよ」
ぽん、と肩を叩かれ、そのまま肩に手を添えられてタカコはゆっくりと玄関へと向かって歩き出す。そうして中へと入れば、長い廊下の向こうから和服姿の初老の女性が頬を染めて興奮気味に小走りでやって来て、その向こうに敦賀の妹、百合とその夫であろう男性が並んで歩いて来るのが見えた。
「初めまして、清水多佳子と申し――」
「多佳子さんね!初めまして!貴之の母の幸恵です!」
「あの、私は今日は御子息が実家に顔を出すと言うのでついて来ただけで決して――」
「こんな可愛らしいお嬢さんがお嫁さんだなんて、嬉しいです!」
「いえ、あの、私と御子息はそんな関係――」
「妹の百合です、良かったです、いい歳して何の気配も無いから家族揃って心配してたんですよ、兄を宜しくお願いしますね!」
「いえ、ですから私は――」
「多佳子さんも海兵さんなのね、貴之とは職場で知り合ったの?」
「へ?あ、ええ、はい、そうです」
「職場恋愛なのね!」
「いえ、だから私――」
「貴之!今日は泊まって行きなさい!お父さんは最近忙しくて泊まりが続いてるから気にしなくて良いから!さ、多佳子さん、上がって下さいな」
「私離れにお布団運んで来る!亮二さんも手伝って!」
目に涙を浮かべながらタカコの手を取って握り締める母、そして夫と共に布団を運ぶと言って走り去って行く妹、欠片も人の話を聞いていない二人の勢いに圧倒されタカコは言葉を失い、敦賀は最初から勢いに叩き伏せられ一言も発する事は出来なかった。
「……本当に人の話全然聞いてないのな、お前のお母さんと妹……」
「……悪い……俺もあれには勝てん……」
廊下を歩きながら小声で敦賀へと話しかければげんなりとした面持ちと声音でそう返され、一事が万事こんな調子では寡黙な敦賀は身の置き場が有ったのだろうか、タカコはふとそんな事を考えた。
0
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【短編】記憶を失っていても
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。
そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。
これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。
※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
霊力ゼロの陰陽師見習い
三科異邦
ファンタジー
「霊力も使えない。術式も出せない。
……西園寺玄弥、お前は本当に陰陽師か?」
その言葉は、もう何度聞いたか分からない。
霊術学院の訓練場で、俺はただ立ち尽くしていた。
周囲では炎が舞い、水がうねり、風が刃のように走る。
同年代の陰陽師たちが、当たり前のように霊を操っている。
――俺だけが、何もできない。
反論したい気持ちはある。
でも、できない事実は変わらない。
そんな俺が、
世界最強クラスの妖怪と契約することになるなんて――
この時は、まだ知る由もなかった。
これは――
妖怪の王を倒すべく、九尾の葛葉や他の仲間達と力を合わせて成長していく陰陽師見習いの物語。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる