大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第176章『配備』

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第176章『配備』

 タカコの放ったその言葉に、直ぐに動けた者は誰もいなかった。勃興の黎明期を除けば有史以来他者との関わりを持たず隔絶された世界で生きて来た大和とその国民、彼等に突然に告げられたものは
『国籍不明の兵員が武器と共に上陸した』
 という事実。
 自分達の人生どころか国の歴史にもそんな出来事は存在しなかった、軍隊は活骸の脅威から国民を護る、その為の存在だと、疑いもせずに生きて来たのだ。それが突然に壊され誰もが立ち尽くす中、最初に動きを取り戻したのは本土の守護者たる陸軍の黒川、そして活骸との戦いの最前線に立つ、防人たる海兵隊の高根の二人だった。
「上陸した兵員数は分かるか?」
「不明です、しかしトラックが二台なら最低でも二名。海兵隊のトラックよりも若干大型の車両の模様ですので、それに一人で装備を積み込んで揚陸させ船を廃棄、その後トラックを移動させ何処かに隠すというのは恐らく不可能かと」
「持ち出された装備の量と内容は?」
「それも不明です、車両の大きさから推測すると総量は十トン程かと思いますが、内容迄は分かりません」
 現状ではこれ以上の事は分からないだろう、この揚陸艦を接岸させ中に在るものと艦自体を徹底的に調べない限りはタカコの推測の補強も出来ない。それは海上の守護者たる沿岸警備隊の領分、陸地が戦場の自分達は、と、高根と黒川は顔を見合わせて頷き合い、
「清水!内部の点検が終わったのなら来い!陸に戻るぞ、トラックを探すのに緊急配備を掛ける!」
 そう声を放ってここ迄乗って来た小型艦へと戻ろうと踵を返し横山と共に歩き出す。
「了解です!それじゃ、私はこれで失礼します」
 タカコもその言葉を受け、沿岸警備隊の兵士達に頭を下げて小走りで動き出す。
「……それで?何処迄移動してると思う?」
 小型艦に戻り長椅子へと腰を下ろして高根が口を開けば、その横に座ったタカコが渋い顔をして頭を掻きながらそれに答えた。
「……良くないな、死体の状態からして事が起こってからは恐らく一週間から十日程経ってる筈だ、その間に移動出来る距離となるとな……外見が大和人と大きく異なるのなら人目を避けての夜間の移動になるだろうからまだ良いが、東洋系だったら車両さえ目立たなくすればどうとでもなる」
「……京都どころか関東や東北迄行く事も充分可能だな」
「ああ」
 タカコはそう返事を返しながら先程見ていたものを思い出す。擬装を施していた所為で外観からは揚陸艦とは全く分からなかった、艦艇の造り自体も明らかに軍用艦艇、持ち出された装備も恐らくは制式採用と同等のもの。あれ程に整えるだけの運用力を持っている存在が目的地に送り込んだ艦艇が一隻だけという事が有るのだろうか、答えは恐らく否だろう。同等の態勢を整えた艦艇が複数大和近海にいるか、若しくは既に人知れず接岸し兵員と装備が上陸している、そう考える方が自然だ。
「総監、あれだけの準備が出来る勢力が一隻だけしか艦を出さないという事が有るんでしょうか……自分にはとてもそうは思えません。もしかしたら、既に隠密裏に上陸した部隊も有るのでは?」
 固い声音で黒川へと話しかけたのは横山、対人の戦いを知らない人間でも立場が立場となればそういった発想は当然持つのだろう、黒川もまた渋い面持ちでその言葉に頷き、
「……恐らくはな」
 と、言葉少なにそう言ってみせる。
「緊急配備を掛けるのであれば全国区になるだろう、東方師団や北方旅団との連携も密にしないといけなくなって来る筈だ。私には何の権限も無いし真吾も畑違いだ、タツさんの手腕に掛かって来るよ」
「……ああ、そうだな。接岸するのが対馬区の西側だけとは限らん、大陸から来ているのだとすれば日本海側全域が警戒区域になるし、上陸されれば大和全体が捜索対象だ、何とか早めに手を打てると良いんだが」
 そうなれば陸軍内の師団旅団間での主導権争いに発展するのは目に見えている。一丸となって対処すべきだというのは明白なのに、自らの職務に対して矜持を持っているからこそ譲れないという事も多々有るのだという事は、大和勢三人だけでなく、タカコにも痛い程に理解出来ていた。
「タカコよ、菌は、活骸化の原因菌は持ち込まれたと思うか?」
 高根のその言葉に、室内の空気が一段と張り詰める。兵器だけが持ち込まれたという保障は何処にも無いのだ、寧ろ、活骸化の原因菌を博多へとばら撒いた勢力が上陸したのであれば菌も同時に持ち込まれたと見るべきだろう。
「……恐らく。いつ何処でどの程度の規模の活骸化が起こるかは私にも予測不能だ、抗体の投与を前倒しで今日にも始めた方が良い、民間への投与も前倒しで実施するべきだ。副作用の危険が有るのは承知しているが、それでも活骸化よりはマシだろうよ」
「……万が一に備えて銃の配備もしねぇとな……扱い方の指導はお前に出てもらう事になるぞ、忙しくなる」
「ああ、分かってる。海兵隊の方は――」
「ああ、銃が行き渡らない分は今迄通り太刀を持たせて、本土内に兵員を展開、だな。どうせ対馬区への出撃は当分出来ねぇ、その分を本土内への警戒に当てる。活骸との戦闘は海兵隊の責務でありお家芸だからな、陸軍は車両の発見と捕獲を頼むぜ」
 一週間から十日、事の露見迄時間が掛かり過ぎている、初動の時機を完全に外した事は明らかだ。それでも、だからと言って諦める事は出来ない、上陸を許してしまっているのであればその被害が出ない内の捕獲を、被害が出てしまうのであれば、その被害が出来るだけ軽微に止まる様に動かなければ。
 目の前に徐々に姿を現し始めた『敵』、その戦いは既に始まっているのだと、そう思いつつタカコは天井を見上げ小さく息を吐いた。
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