大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第184章『大部屋』

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第184章『大部屋』

「……おい……清水見なかったか……?」
 午前中の曹長の大部屋、そこで今日の予定の確認や調整に勤しむ古参海兵達の前に突如現れた海兵隊総司令である高根、普段の鷹揚さはなりを潜め、手にした大和を今にも抜刀しそうな程の不機嫌さを顕わにした彼に、曹長達は弾かれる様にして立ち上がり、音がしそうな勢いでぶんぶんと頭を振る。
「……そうか、見つけたら直ぐに教えてくれ……あの馬鹿女、本気でしばく……!」
 タカコの不在に舌打ちをしてそう言い捨てて部屋を後にする高根、抜刀した大和ではしばくどころの話ではないと顔を見合わせて椅子へと身体を戻せば、高根の気配が消えた事を確認したタカコが机の下からひょっこりと顔を出した。
「行った?もう行った?」
「……お前、司令があんな怒るなんてよっぽどだぞ、何やらかしやがったんだ」
「いや?真吾に漸く春が来たんだよって、真吾の一番の親友に教えてあげただけだよ?」
「春って……女?」
「え?マジか?あの司令に?」
「……それを黒川総監に態々チクッたのかよ……そりゃ怒るだろ……で、どんな女なんだ、花街の女と歩いてるの見ただけとか言うなよ?」
「それがさぁ!小さくて若くて超可愛いの!身長は百五十位で、歳は多分二十代前半から半ば位?んでさぁ、子猫みたいにふわふわほんわりしてる感じで、んもぅ守ってあげたいぃぃぃ!って雰囲気で!そんな可愛い女の子と手を繋いで歩いてたのよ、しかもこうじゃないよ、こういう普通に繋いでるんじゃなくて、こう!こうなの!」
「指絡まってる!」
「いやらしぃぃぃ!」
「女に関してド屑な司令にそんな若くて可愛い彼女が出来て何で俺には出来ねぇんだ!許せねぇ!」
 本人不在を良い事に海兵隊最高司令官を好き放題に腐しまくる面々、その全員が十年以上の在籍経験を持ち、高根との関わりは任官以来という事も有り彼の人柄はよく分かっている。頂く司令官としては最高の人間であり頼れる上官だという事には誰も異論は無いのだが、殊女性関係だけは最高の男であるとは言い難いというのも、この場の一致した見解であった。
 そんな彼に特定の女が出来たらしいともなれば、色恋の話の好きな婦女子でなくともやはり食いつきたくなるものなのか、今迄手にしていた仕事を放り出してタカコを取り囲みあれやこれやと好き勝手な事を言い始める。
「時々弁当持って来てる事有ったから、もしやとは思ってたんだよ、しかし当たってたとはなぁ……」
「そういや最近基地に泊まらなくなったよな。毎日帰ってるの、あれもしかして一緒に住んでるとか?」
「弁当も持って来てるってんならそうなんじゃねぇの?」
「でも籍はまだ入れてねぇだろ、扶養とかに動きが有れば会計課から速攻で話が広まる筈だし」
「同棲!同棲なのか!」
「小さくて若くて可愛い彼女と同棲して手作り弁当とか……羨ましいぃぃぃ!」
「同棲なんてそんなふしだらな事はお父さんは許しません!何て羨ましいんだ屑中年の癖に!」
「俺達が日々仕事で神経削ってるのに司令ときたら!ずるい!」
 女性に関しては少々残念な面子が揃っているという事も有り、色恋できゃあきゃあというよりは嫉妬に塗れた呪詛の言葉を吐くという風情、タカコはそんな彼等の様子をさもおかしいといった風に一頻り笑い、そろそろ出るかと机の上を片付けて立ち上がった。
「お、もう行くのか」
「おうよ、バタバタしてたけどな、これはさっさと進めておかないと後々やばい事になるからな。恵介も耕太も正人もだろ、さっさと準備しろよ?」
 タカコのその言葉に場の空気が瞬時に変わる。今迄目尻を下げて笑っていた面持ちには既に笑みは無く、眼差しも鋭さを増し夫々の机へと、仕事へと戻って行く。今日はゴタゴタ続きで延び延びになっていた対馬区へ出ての実弾訓練、第五防壁越しに活骸を或る程度片付けた後は、走行するトラックの荷台からの射撃の手引書を作る為に敦賀の運転でタカコと彼女が選抜した人間が、散弾銃を手に第五防壁の向こう側へと出る事になっている。誰が選ばれるのかはまだ分からない、実際の射撃の様子を見て決めるとタカコは言っていたが、もし自分がその役目に抜擢されたら、興奮とも恐怖ともつかない昂ぶりは、その話を事前に聞かされている曹長達に共通したものだった。
「出るぞ」
「おお」
「行くか」
 段々と高まる緊張、タカコに短く言葉を返し身形を整えて彼女を先頭にして数名が部屋を出る。目の前の小さな背中、タカコが言っていた高根の彼女どころか普通の女性よりは余程逞しい身体付きをしているが、それでも男性である自分達と比べれば頸も腕も細く頼り無く、ぱっと見ただけでは何とも心許無く思えてしまう時も有る。それでも目の前の小さな身体は理屈ではない説得力と、そして外見からは想像も出来ない程の高い実力を内包している事は、彼女と出会ってからの二年と少しの間に嫌と言う程に思い知った。
 今日もまたきっと、これから彼女のそんな一面を見る事になる。外国からやって来た外国軍の協力企業の社長という事しか自分達は知らない、本来の、有りの儘の彼女等自分達は何一つ知らないが、それでもあの日からの二年間だけでも、彼女が与えた深く大きな衝撃と説得力は充分過ぎると言って良いだろう。
 総司令たる高根が重用し、最先任上級曹長たる敦賀と肩を並べて先陣を切って戦って来たタカコ、小さくとも頼もしいその背中に、曹長達の気持ちと口元は更に引き締まっていた。
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