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第185章『親友』
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第185章『親友』
海兵隊作戦室、隊員達から少し遅れて室内へと入った高根と黒川、正面の黒板に向けて数列に並べられた椅子には座らず後方に立ち壁に背を預け、黒板の前に立ち説明を始めようとしているタカコへと視線を向ける。
開始を待つ間に小声で黒川が高根へと話しかけ、内容は一週間程前にタカコから受けた電話の内容。前日に中洲で女性と二人を繋ぎ仲睦まじく歩いている高根を見た、あれは絶対に恋人だと、電話の向こうのタカコの鼻息と共にそんな事を聞かされ、今朝総司令執務室へと挨拶に出向いた時には早々に人払いをし思う存分に揶揄ったのだが、それを聞いた高根は愛刀大和を手にして部屋を飛び出して行き、それを見た黒川は部屋の主が戻る迄ソファに転がって腹を抱えて大笑いをしていた。
「いやがった……マジでしばく、寧ろ叩っ斬る、あんの馬鹿……」
「まぁまぁ、抑えろって、部下の目も有るんだからよ……しかし、お前が恋愛ねぇ……いやいや、親友として俺は嬉しいよ、うん」
「うるせぇ……そんなんじゃねぇって言ったろうがよ」
「だってよ、こう、こう手ぇ繋いでたんだろ?熱々じゃねぇの」
「うるせぇ!」
「……あの、総司令、黒川総監、説明を始めたいんですが……良いですか?」
二十m程離れ黒板の前に立っているタカコ、距離が有る上にお互いの間には百人程の兵員がおり、話している内容迄は聞こえなくとも二人の様子から碌な事ではないと見当が付いているのだろう、何をやっているのかといった面持ちと口調で言外に咎められる。誰の所為だと思っているのかと口を噤みつつも高根が彼女を睨み付ければ、そんな事はどうでもいいといった風情で受け流し、本日行われる訓練内容の説明を始める。
「んで?何処でそんな可愛いお嬢ちゃんと知り合ったんだよ?タカコだけじゃなくて俺にも紹介しろって」
「……だからよ、付き合ってるとかそんなんじゃねぇって言ってんだろうが。そもそも紹介も糞もタカコにだって紹介したわけじゃねぇよ、たまたま中洲にいたのをあの馬鹿が見掛けただけだっつってんだろうが」
「だってよ、夜もかなり遅い時間だったって言ってたぜ?最近基地に泊まらないで家に帰ってるって聞いてるし、昼飯に弁当持って来てる事も多いって聞いてるぞ?一緒に住んでるんだろ?付き合ってるんじゃなきゃ何なんだよ?」
「……色々事情が有るんだよ……つーかよ、何でてめぇが俺の行動をそんなに把握してんだよ、気持ち悪ぃよ」
「耳が良いのが自慢でな」
「……殴りてぇ……」
「……あの、お二人共、何かお話が有るのでしたら先に」
『いい加減にしろ』と書いてありそうな面持ちと声音のタカコ、流石にこれ以上は自重するかと謝罪する黒川をじっとりした目で見て再び説明を始めた彼女を見て、黒川は言葉にこそ出さない迄も再度小さく肩を揺らせて笑った。
若い頃から女性関係に関しては情が無いの一語に尽きる高根、今は亡き妻千鶴と知り合う迄は自分の方がお盛んだったという自覚は有るが、高根の方はそれ以降も行いを改める切っ掛けも出会いも無く、特定の相手は作らずに花街で適当に遊ぶだけ。海兵隊総司令となってからは、立場も有るのだからその辺りの事はきっちりとやっておけと何度か言った事も有るがそれで改まる事も無く、仕事で結果を出す事でその辺りの事は全て捻じ伏せて来た。歳も歳だしこのまま結婚は無いだろうなと思っていたが、その矢先に春が来るとはこれが人生の妙というものかと感慨深さすら感じてしまう。
タカコから聞いた話では花街にいる様な女とは全く違う雰囲気だったと言っていた。小さくて頼り無くて子猫の様で、女の自分ですら甚く庇護心を擽られると熱弁を振るっていたタカコ、そちらに関しては他人の事よりも自分の事をきっちりと考えろと思わないでもないが、彼女の言う通りの女なら花街の女ではない事は確かだろう。つい今し方一緒に暮らしているという事は認めたし、何等かの事情が有っての事で今はまだそういった関係ではないのだとしても、高根の性癖を鑑みれば遠からずそんな間柄になるに違い無い。
千鶴を亡くした事で臆病になった自分とは違い、彼は生来女を外に出したがる気質ではない、一人の女を大切に愛し守ってやり、どんな小さな傷すらも負わせたくはない、そんな執着を抱くのが本来の彼なのだと思っている。今迄はそこ迄思える相手には出会えなかっただけ、生来の気質の反動で女を処理と遊びの相手としか見ていなかった、扱っていなかったのだと。
活骸の殲滅を信条としその職務に身命を賭し続け、時には刹那的な生き方にすら思える事も有る親友、その彼が暖かな幸せを見つけそれを手に入れようとしているのなら、こんなに喜ばしい事は無い。
その幸せな未来の為にも今は目の前の大きな役目に専心するか、黒川はそこで漸く意識を切り替え、説明を続けるタカコへと視線と意識を集中させて行く。
今日から始まるこの訓練は海兵隊だけのものではなく陸軍からも大勢が参加する、前線を大陸側へと押し遣るのが海兵隊の役目なら本土の守護は自分達陸軍の役目。国内での活骸の発生が頻発するであろう事が濃厚となっている状況の今、タカコの齎す技術と戦術の習得は海兵隊以上に急務と言って良い。
東方師団や北方旅団は二度の本土襲撃を実際に見てはいない分、自分達西方旅団とは抱く危機感に温度差が有る、二正面で事を構えざるを得ないのは本意ではないが、活骸の殲滅は高根だけではなく自分の悲願でもある。例え自分達の代で終えられずとも後進に渡す為の襷をより確実なものに、そう願っているのは高根だけでも自分だけもなく、大和軍に身を置く大多数と言って良いだろう。
今日はその未来に向けての歩みの一つ、欠片も無駄にする事は出来ない、黒川はそんな事を思いつつ腕を組んだまま拳をゆっくりと握り締めた。
海兵隊作戦室、隊員達から少し遅れて室内へと入った高根と黒川、正面の黒板に向けて数列に並べられた椅子には座らず後方に立ち壁に背を預け、黒板の前に立ち説明を始めようとしているタカコへと視線を向ける。
開始を待つ間に小声で黒川が高根へと話しかけ、内容は一週間程前にタカコから受けた電話の内容。前日に中洲で女性と二人を繋ぎ仲睦まじく歩いている高根を見た、あれは絶対に恋人だと、電話の向こうのタカコの鼻息と共にそんな事を聞かされ、今朝総司令執務室へと挨拶に出向いた時には早々に人払いをし思う存分に揶揄ったのだが、それを聞いた高根は愛刀大和を手にして部屋を飛び出して行き、それを見た黒川は部屋の主が戻る迄ソファに転がって腹を抱えて大笑いをしていた。
「いやがった……マジでしばく、寧ろ叩っ斬る、あんの馬鹿……」
「まぁまぁ、抑えろって、部下の目も有るんだからよ……しかし、お前が恋愛ねぇ……いやいや、親友として俺は嬉しいよ、うん」
「うるせぇ……そんなんじゃねぇって言ったろうがよ」
「だってよ、こう、こう手ぇ繋いでたんだろ?熱々じゃねぇの」
「うるせぇ!」
「……あの、総司令、黒川総監、説明を始めたいんですが……良いですか?」
二十m程離れ黒板の前に立っているタカコ、距離が有る上にお互いの間には百人程の兵員がおり、話している内容迄は聞こえなくとも二人の様子から碌な事ではないと見当が付いているのだろう、何をやっているのかといった面持ちと口調で言外に咎められる。誰の所為だと思っているのかと口を噤みつつも高根が彼女を睨み付ければ、そんな事はどうでもいいといった風情で受け流し、本日行われる訓練内容の説明を始める。
「んで?何処でそんな可愛いお嬢ちゃんと知り合ったんだよ?タカコだけじゃなくて俺にも紹介しろって」
「……だからよ、付き合ってるとかそんなんじゃねぇって言ってんだろうが。そもそも紹介も糞もタカコにだって紹介したわけじゃねぇよ、たまたま中洲にいたのをあの馬鹿が見掛けただけだっつってんだろうが」
「だってよ、夜もかなり遅い時間だったって言ってたぜ?最近基地に泊まらないで家に帰ってるって聞いてるし、昼飯に弁当持って来てる事も多いって聞いてるぞ?一緒に住んでるんだろ?付き合ってるんじゃなきゃ何なんだよ?」
「……色々事情が有るんだよ……つーかよ、何でてめぇが俺の行動をそんなに把握してんだよ、気持ち悪ぃよ」
「耳が良いのが自慢でな」
「……殴りてぇ……」
「……あの、お二人共、何かお話が有るのでしたら先に」
『いい加減にしろ』と書いてありそうな面持ちと声音のタカコ、流石にこれ以上は自重するかと謝罪する黒川をじっとりした目で見て再び説明を始めた彼女を見て、黒川は言葉にこそ出さない迄も再度小さく肩を揺らせて笑った。
若い頃から女性関係に関しては情が無いの一語に尽きる高根、今は亡き妻千鶴と知り合う迄は自分の方がお盛んだったという自覚は有るが、高根の方はそれ以降も行いを改める切っ掛けも出会いも無く、特定の相手は作らずに花街で適当に遊ぶだけ。海兵隊総司令となってからは、立場も有るのだからその辺りの事はきっちりとやっておけと何度か言った事も有るがそれで改まる事も無く、仕事で結果を出す事でその辺りの事は全て捻じ伏せて来た。歳も歳だしこのまま結婚は無いだろうなと思っていたが、その矢先に春が来るとはこれが人生の妙というものかと感慨深さすら感じてしまう。
タカコから聞いた話では花街にいる様な女とは全く違う雰囲気だったと言っていた。小さくて頼り無くて子猫の様で、女の自分ですら甚く庇護心を擽られると熱弁を振るっていたタカコ、そちらに関しては他人の事よりも自分の事をきっちりと考えろと思わないでもないが、彼女の言う通りの女なら花街の女ではない事は確かだろう。つい今し方一緒に暮らしているという事は認めたし、何等かの事情が有っての事で今はまだそういった関係ではないのだとしても、高根の性癖を鑑みれば遠からずそんな間柄になるに違い無い。
千鶴を亡くした事で臆病になった自分とは違い、彼は生来女を外に出したがる気質ではない、一人の女を大切に愛し守ってやり、どんな小さな傷すらも負わせたくはない、そんな執着を抱くのが本来の彼なのだと思っている。今迄はそこ迄思える相手には出会えなかっただけ、生来の気質の反動で女を処理と遊びの相手としか見ていなかった、扱っていなかったのだと。
活骸の殲滅を信条としその職務に身命を賭し続け、時には刹那的な生き方にすら思える事も有る親友、その彼が暖かな幸せを見つけそれを手に入れようとしているのなら、こんなに喜ばしい事は無い。
その幸せな未来の為にも今は目の前の大きな役目に専心するか、黒川はそこで漸く意識を切り替え、説明を続けるタカコへと視線と意識を集中させて行く。
今日から始まるこの訓練は海兵隊だけのものではなく陸軍からも大勢が参加する、前線を大陸側へと押し遣るのが海兵隊の役目なら本土の守護は自分達陸軍の役目。国内での活骸の発生が頻発するであろう事が濃厚となっている状況の今、タカコの齎す技術と戦術の習得は海兵隊以上に急務と言って良い。
東方師団や北方旅団は二度の本土襲撃を実際に見てはいない分、自分達西方旅団とは抱く危機感に温度差が有る、二正面で事を構えざるを得ないのは本意ではないが、活骸の殲滅は高根だけではなく自分の悲願でもある。例え自分達の代で終えられずとも後進に渡す為の襷をより確実なものに、そう願っているのは高根だけでも自分だけもなく、大和軍に身を置く大多数と言って良いだろう。
今日はその未来に向けての歩みの一つ、欠片も無駄にする事は出来ない、黒川はそんな事を思いつつ腕を組んだまま拳をゆっくりと握り締めた。
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