大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第186章『曹長、清水多佳子』

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第186章『曹長、清水多佳子』

 海兵隊曹長清水多佳子、人柄は気さくで明るく、同僚と仲が良く下からは慕われている、それが古参の海兵達以外が彼女に対して持っている表向きの知識のほぼ全てだ。海兵隊と言えど新兵達には彼女の素性の一切は知らされる事は無く、殆ど関わりの無かった陸軍の士官や下士官兵卒と知っている事に大きな差異は無い。銃の開発や配備に大きく寄与したのだという事は噂で聞いてはいたが、開発、つまりは頭脳で曹長の立場を得た、戦闘能力に関しては女性という事も有りそう高くはない人物だと、誰もがそう思っていた。
「……すげぇ……」
「……何者?」
 その先入観が今、目の前で粉々に打ち砕かれた。
 海兵隊と陸軍の混成部隊、兵員総数五百名がトラックに分乗して向かったのは対馬区第五防壁、そこから先は海兵隊基地が活骸に襲撃されて以降放棄せざるを得ず、今では第五防壁迄活骸の群れが到達し、鉄格子の隙間からこちらへと無数の腕が伸ばされ鋭い爪が空を掻いている。陸軍の中には軍歴が長くとも活骸を自分の目で見るのは初めてという者もおり、海兵隊の新兵達と揃って顔から血の気を失せさせていた。
「懐かしいと言うか見たくもねぇのにまた見る羽目になったと言うか……」
「うっぇ……すげぇ量来てるな、半年放置してたんだからまぁ当然か。この中に太刀で突っ込めって言われたら軽く死ねるな」
 古参の海兵達は慣れたもの、うんざりだと言った調子で吐き捨てて荷台から銃を下ろし始め、やがて装備を整え終えた彼等はタカコの指示に従い鉄格子を挟んで仇敵と向かい合う。
「よし!それじゃあしっかりと見ておけ!私がして見せた事をお前等が指導役として他の人間に教えるんだ、責任は重大だぞ、瞬き一つしないで全て見ておけ!吹き飛ばされる活骸じゃない、私の一挙手一投足全てをだ!」
 居並んだ海兵隊曹長達と伍長が一人、その彼等を前に声を張り上げるタカコ、女の身体から放たれたとは思えない程の腹から出た声に兵士達の鼓膜がびりびりと震える。動きをしっかりと見ようと背後から脇へと曹長達が回り込む中、小さな身体を取り巻く空気が揺らめいた、兵士達がそう思った直後彼女の手にした銃が火を噴いた。
 鉄格子に当たっての跳ね返りを避ける為にぎりぎり迄近付いたタカコ、銃身は柄を含めても七十cmも無く、向こうから伸ばされた活骸の爪が身体へと届き掠る程。それでもしっかりと両脚で立った彼女によって放たれた散弾により、共に活骸の身体は弾け飛ぶ。耳障りな奇声、絶叫、それに微塵も怯む事は無くタカコは次々と引き金を引き絞り銃弾を放ち、その度に鉄格子の向こうの腐った肉の壁は暗く赤い飛沫を上げて弾け飛び、時折その向こうに雲一つ無く青く澄んだ空が見えた。
 選抜された海兵隊曹長達以外は離れた位置で整列し見ているが、それでも銃声は激しく鼓膜を叩き身体がびくりと震える事を止められない者も多い。それなのに一番音源に近いタカコはぴくりとも身体を震わせる事は無く、規則的に繰り返される滑らか且つ無駄の無い動きだけ。
 装填された八発を全て撃ち終え、最後にガシャリと音を立てて銃のポンプを動かし廃莢をするタカコ、その彼女がゆっくりと振り返り自分達へとその顔を見せた時、何も感じない者もいたが相当数がその或る種の恐ろしさにぶるりと身体を震わせた。
 基地で説明を受ける時に見たタカコ、その面立ちは人間味と気さくさに満ちていて、説明をしながらも時折見せる笑顔は穏やかですらあった。それがどうだろう、今自分達の前方に立つ彼女の顔に一切の笑みは無く、感情という類のものは一切感じられない。唯々只管に鋭く、そして冷たい眼差し、触れれば切れそうな程の鋭さと獰猛さを湛え、手にしていた銃を脇に立っていた伍長へと無言のまま手渡す。
「――説明を始める、集まれ」
 唇から零れ出た声音もまた冷たく抑揚は無く、曹長達に指示を出し取り扱いや姿勢の説明を始めるが、それを見る兵士達の多くが目にしたものの凄まじさを薄っすらとでも実感し始めていた。
 上等兵から曹長への異例の特進、最先任上級曹長である敦賀と親しくし高根にも可愛がられているという噂は陸軍内でも聞く事は多く、タカコの人柄に直接触れる事の多い海兵隊の新兵達はともかくとして、陸軍では特進の話を聞いた時には『女が身体で上に取り入った』と思う者は多かったし本人の知らぬところではそんな話は公然とされていた。多少頭が回る程度のつまらない女、そう彼女を評価している者は少なくはなかった現状が、今、その本人よりこうして明確に叩き伏せられた。
 自分達大和人は人間同士の争い戦いを知らない、化け物である活骸との戦いと本土を護る事こそが役目と信じ、軍を志し、そう教育されて生きて来た。それでも目の前に立つ人物が決して敵に回してはいけない人種なのだという事は分かる、経験でも教育でもなく、生物としての本能とでも言うべき部分がそう警鐘を鳴らしている。
「……人間同士で戦争とか、現実感無ぇけど……あの人が敵じゃなくて良かったって、俺、思う……」
 微かに震える声で誰かがぽつりと呟いた言葉、それは居並ぶ五百名弱の人波の中に、漣の様に静かに、けれど確実に広がって行った。
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