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第17章『手土産』
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第17章『手土産』
高根真吾四十一歳、独身、特定の恋人、無し。
そんな彼が博多への戻りを明日の朝に控え、後数時間で日付も変わろうかという時分、首都京都の官庁街に程近い繁華街をふらふらと歩いている。京都へと同行した黒川は宿である宇治駐屯地に残したまま一人で出て来たが、行く宛ても無いといった風情で歩き続ける高根、そんな彼が立ち止まったのは、一軒の雑貨屋の前。店頭には女性向けの雑貨が並べられ、店内も同じ様な様子だと見当をつけた彼は無言のまま店内へと入り、棚に陳列された品々を見ながら、ゆっくりと歩き回る。
目的は、博多へと残して来た凛への土産選び。彼女が自宅へとやって来てから約半月、身の回りの事を丁寧に細やかにやってくれているお蔭で、とても助かっているし感謝している。言葉でも態度でも感謝は示しているつもりだが、控え目な性格の彼女は少し困った様に笑い
「そんな事、無いですよ」
と否定するばかりで、伝わっている気は少しもしない。こちらの気持ちは伝わっているのかも知れないが、それを凛自身が当然の評価として受け止めてくれていないというのが実際のところなのだろう。高根としては彼女にはもっと喜んで欲しいし自分に自信を持って欲しいところではあるが、その方法が分からない。自信を持つ云々は彼女の性格を考えると流石に急ぎ過ぎかとも思えないでもないが、手始めに喜んでもらうという事から始めてみようか、その切っ掛けとして土産を手渡してみよう、そんな事を考えて黒川を適当に言い包め宇治駐屯地に残し、一人で夜の街へとやって来た。
棚に並ぶのは手帳やペンや鞄、その多くが京都らしく縮緬細工が施され、ああ、地元民向けではなくどちらかと言えば観光客向けの品揃えなのか、そんな事を考えつつ、高根が手に取ったのは、桜の花と葉の意匠が染め抜かれた縮緬を使った髪飾り。
そう言えば、と、彼女の身形を思い出せば、服は流石に出会った時に着ていた物だけでは足りずに買い足していたが、肩より二十cm程下迄伸びている髪は、輪ゴムで括っていた。それでは髪を傷めるからちゃんと髪用の物を買えと言ってみた事も有るのだが、
「これで大丈夫ですよ」
と、これまた困った様な笑顔で流されてしまい、世間の真っ当な女の身形に関して明るい方ではない自覚も有ったから、結局そのままになってしまっている。
「でもなぁ……あれ、やっぱ駄目だろ……おじさん若い子の流行とかお洒落とか知らねぇよ?けど、あれが駄目ってのは分かるよ?」
凛を除けば今の生活で一番身近にいる女性はタカコで、あれを女性の基準として考える事程愚かな事は無いし、新規配属の女性海兵の方は個人的な事を知る程に近くにはいない。しかし、短髪の者が多いとは言えどそこはやはり女性、しかも高根にとっては娘でもおかしくない程年若い事も有り、髪の長い者はいてそれを束ねるのに華美ではないにしろ、きちんとしたゴムや髪留めを使っている事位は知っている。何より、『あの』タカコですら輪ゴムで髪を纏めている等見た事が無い。言わば今の凛は或る意味『タカコ以下』で、その事に思い至った高根は
「アレ以下とか絶対駄目だ、うん、世話してる俺の沽券にも関わる」
そう呟きながら手にした髪留めを握り締め、二度程頷いて会計へと向かう。
たまたま手にした髪留め、色や柄の違いで幾つか種類は有ったが、桜の薄紅と葉の濃い目の黄緑の優しい色合いの組み合わせが、きっと凛にはよく似合うだろうと、そう思えた。
「有り難う御座いましたー」
店員のそんな言葉に小さく頷きながら包みを受け取り、店を出る。
凛が喜ぶかどうかは分からない。相手の善意を無碍にしては悪いと彼女は考えるだろうから、例え気に入らなかったとしても欲しくなかったとしても、受け取りはするだろう。けれど、そうやって縮こまりともすれば卑屈にも思えてしまう様な振る舞いは、彼女には似合っていない、止めて欲しい、見たくない、そう思う。もっと堂々と生きて良い、自分の気持ちを主張して良い、我儘を言ったって良い、彼女にはその権利も価値も有る、これから先の長い人生を謳歌する権利が有る。
「……ま、俺の我儘なのかも知んねぇけどさ……あんな良い子が卑屈にならねぇといけねぇ理由は無ぇだろ」
小さく呟きながら空を仰げば、澄んだ夜空に星が瞬き、首元から入り込んで来た冷気にぶるりと身体を震わせる。京都の秋は博多より一足早くもう終わる、直ぐに底冷えのする冬がやって来るだろう。この寒さはやはり慣れない、黒川は京都での勤務経験も有るから多少は慣れたと言っているが、殆ど九州、博多から出た事の無い高根にとっては出来れば遠慮しておきたい寒さだった。
早く帰ろう、博多へ、家へ――、そう思う高根の歩みは少しばかり早くなり、そして、駐屯地に帰り着いた彼を出迎えた黒川の詮索も軽く往なし、早々に床へと入り眠りに就いた。
高根真吾四十一歳、独身、特定の恋人、無し。
そんな彼が博多への戻りを明日の朝に控え、後数時間で日付も変わろうかという時分、首都京都の官庁街に程近い繁華街をふらふらと歩いている。京都へと同行した黒川は宿である宇治駐屯地に残したまま一人で出て来たが、行く宛ても無いといった風情で歩き続ける高根、そんな彼が立ち止まったのは、一軒の雑貨屋の前。店頭には女性向けの雑貨が並べられ、店内も同じ様な様子だと見当をつけた彼は無言のまま店内へと入り、棚に陳列された品々を見ながら、ゆっくりと歩き回る。
目的は、博多へと残して来た凛への土産選び。彼女が自宅へとやって来てから約半月、身の回りの事を丁寧に細やかにやってくれているお蔭で、とても助かっているし感謝している。言葉でも態度でも感謝は示しているつもりだが、控え目な性格の彼女は少し困った様に笑い
「そんな事、無いですよ」
と否定するばかりで、伝わっている気は少しもしない。こちらの気持ちは伝わっているのかも知れないが、それを凛自身が当然の評価として受け止めてくれていないというのが実際のところなのだろう。高根としては彼女にはもっと喜んで欲しいし自分に自信を持って欲しいところではあるが、その方法が分からない。自信を持つ云々は彼女の性格を考えると流石に急ぎ過ぎかとも思えないでもないが、手始めに喜んでもらうという事から始めてみようか、その切っ掛けとして土産を手渡してみよう、そんな事を考えて黒川を適当に言い包め宇治駐屯地に残し、一人で夜の街へとやって来た。
棚に並ぶのは手帳やペンや鞄、その多くが京都らしく縮緬細工が施され、ああ、地元民向けではなくどちらかと言えば観光客向けの品揃えなのか、そんな事を考えつつ、高根が手に取ったのは、桜の花と葉の意匠が染め抜かれた縮緬を使った髪飾り。
そう言えば、と、彼女の身形を思い出せば、服は流石に出会った時に着ていた物だけでは足りずに買い足していたが、肩より二十cm程下迄伸びている髪は、輪ゴムで括っていた。それでは髪を傷めるからちゃんと髪用の物を買えと言ってみた事も有るのだが、
「これで大丈夫ですよ」
と、これまた困った様な笑顔で流されてしまい、世間の真っ当な女の身形に関して明るい方ではない自覚も有ったから、結局そのままになってしまっている。
「でもなぁ……あれ、やっぱ駄目だろ……おじさん若い子の流行とかお洒落とか知らねぇよ?けど、あれが駄目ってのは分かるよ?」
凛を除けば今の生活で一番身近にいる女性はタカコで、あれを女性の基準として考える事程愚かな事は無いし、新規配属の女性海兵の方は個人的な事を知る程に近くにはいない。しかし、短髪の者が多いとは言えどそこはやはり女性、しかも高根にとっては娘でもおかしくない程年若い事も有り、髪の長い者はいてそれを束ねるのに華美ではないにしろ、きちんとしたゴムや髪留めを使っている事位は知っている。何より、『あの』タカコですら輪ゴムで髪を纏めている等見た事が無い。言わば今の凛は或る意味『タカコ以下』で、その事に思い至った高根は
「アレ以下とか絶対駄目だ、うん、世話してる俺の沽券にも関わる」
そう呟きながら手にした髪留めを握り締め、二度程頷いて会計へと向かう。
たまたま手にした髪留め、色や柄の違いで幾つか種類は有ったが、桜の薄紅と葉の濃い目の黄緑の優しい色合いの組み合わせが、きっと凛にはよく似合うだろうと、そう思えた。
「有り難う御座いましたー」
店員のそんな言葉に小さく頷きながら包みを受け取り、店を出る。
凛が喜ぶかどうかは分からない。相手の善意を無碍にしては悪いと彼女は考えるだろうから、例え気に入らなかったとしても欲しくなかったとしても、受け取りはするだろう。けれど、そうやって縮こまりともすれば卑屈にも思えてしまう様な振る舞いは、彼女には似合っていない、止めて欲しい、見たくない、そう思う。もっと堂々と生きて良い、自分の気持ちを主張して良い、我儘を言ったって良い、彼女にはその権利も価値も有る、これから先の長い人生を謳歌する権利が有る。
「……ま、俺の我儘なのかも知んねぇけどさ……あんな良い子が卑屈にならねぇといけねぇ理由は無ぇだろ」
小さく呟きながら空を仰げば、澄んだ夜空に星が瞬き、首元から入り込んで来た冷気にぶるりと身体を震わせる。京都の秋は博多より一足早くもう終わる、直ぐに底冷えのする冬がやって来るだろう。この寒さはやはり慣れない、黒川は京都での勤務経験も有るから多少は慣れたと言っているが、殆ど九州、博多から出た事の無い高根にとっては出来れば遠慮しておきたい寒さだった。
早く帰ろう、博多へ、家へ――、そう思う高根の歩みは少しばかり早くなり、そして、駐屯地に帰り着いた彼を出迎えた黒川の詮索も軽く往なし、早々に床へと入り眠りに就いた。
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