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第19章『朝』
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第19章『朝』
すっぽりと腕の中に納まる、小さく柔らかな身体。背中から抱き締めている所為で表情は窺えないが、耳朶も首筋も真っ赤に染まり、それを見て薄く笑う。腕に力を込めればびくりと大きく震え身体は強張り、それを見てまた薄く笑い、露わになった項へと口付け、緩くそこを吸い上げた。
「……何、何なの今の……何回目だよこれ……」
気が付けば視界へと飛び込んで来たのは見慣れたを通り越して見飽きた自室の天井、大きく溜息を吐きながら起き上がれば、寝台脇の机の上に置かれた時計はいつもよりも少し早い時間を指し示している。
夢か、高根はそう思いながらもう一度大きく息を吐き、ガシガシと頭を掻きながら苛立った様に舌を打つ。
こんな夢を見る様になった切っ掛けは分かっている、数日前に京都から戻った時に凛に土産を手渡した後の一連の流れを経験してからだ。しかし、何故、というのが自分自身でも理解出来ないまま。大方のところは予想出来ているものの、それをはっきりと認めてしまうと、それはそれで社会的地位も責任も有る成人男性として問題視か無いという事になってしまう。
「娘でもおかしかねぇ様な歳の相手に欲情とかどうなのよ、俺……」
性欲なのだと、そう思った。思えば凛がやって来てから一ヶ月弱、彼女と出会った日の朝迄古参の上級曹長四人を居候させていた所為で、もうかなり長い間中洲の花街とは疎遠になっている。それは商売女以外は抱かないという信条を持つ高根にとっては所謂『御無沙汰』と同義で、その所為か、とまた溜息を吐く。
そろそろ発散に出掛けよう、凛に遠慮して遠ざかったままではその内夢の様に彼女に手を出す事になりかねない。時期が来れば独り立ちすると言っていた凛、自分も一応はそれを応援しているのだから、そんな後見人の様な立場を気取っている者としては、性的対象として扱う等有ってはならない事だった。それを回避する為には適当に発散するしか無い、そう思いもう起きようと掛け布団を退ければ、その下から現れた自分の下半身を見て今度こそ頭を抱えてしまった。
「……うん、そうだよな……数ヶ月単位で御無沙汰だ、分かる、分かるよ。でもな、相手がおかしいから、取り敢えず落ち着け」
部下達を居候させる前は定期的に花街に出向き吐き出していたからだと思っていたが、彼等がいる時にも特にこの『起床時の男性特有の現象』は無かったから年齢的なものなのだろうと思っていた。個人差も有る事だろうから特に何とも思った事は無かったが、それがまさか今復活かと再び布団を被り寝転がる。
さて、どうしたものか、このまま下に降りて行けば、朝の挨拶に台所から出て来た凛に見られる事は間違い無い。性的な事は苦手だろうし不愉快な思いをさせてしまう事は確実だし、あらぬ誤解をされては目も当てられない。
誤解、と言うのは語弊が有るのかも知れない。実際問題として、今の自分は本心では凛を一時的な事とは言えど性的対象として見てしまっている。そう、それを彼女に勘付かれてしまう事が問題なのだ、もしそんな事になってしまったら、至極気に入っていてずっと続けば良いとすら思っている今の生活に罅が入る事になるだろう、それだけは絶対に避けなければ。
一先ず、今日は課業が明けて基地を出たら、真っ直ぐ帰宅ということはせずに花街に出向こう、それで数時間しけ込んで適当に吐き出せば、その後はもう暫くの間は凛に対して妙な気を起こす事も無いだ筈だ。そう決めてしまえば多少は身体も落ち着き気も楽になったのか、高根はもそもそと起き出し顔を洗おうと部屋を出て階段を降りる。一階の床に足を付くか付かないか辺りでいつもの通りに凛が台所から出て来て、
「お早う御座います」
と、笑顔を浮かべ、ぺこり、頭を下げた。
「うん、おはようさん」
「朝ご飯、もう出来ますよ」
「有り難うな。じゃ、顔洗って着替えて来るから」
「はい、用意しておきますね」
高根の思惑等何も知らない凛は笑顔を浮かべてそう言うと、再び頭を下げて台所へと戻って行く。その後ろ姿に何とも言えず具合の悪い心持ちになりつつ、高根は言葉の通りに顔を洗って髭を剃り、着替える為に再度自室へと戻った。
「あ、今日は夕飯要らないよ。それと、遅くなるから先に寝てて良いよ」
「お仕事、忙しいんですか?」
「まあね。後、職場の連中と呑みに行く事になったから」
「分かりました。身体には気を付けて下さいね」
朝食を食べながら凛に告げれば、身体を気遣いつつ疑う事も無く頷く。こんな全幅の信頼を寄せてくれている相手に邪な感情なぞ抱き、挙げ句に嘘を吐いて花街に出るとは、我が事ながら何とも嫌な気持ちになる。それでも、そこを我慢してしまった結果、何かの拍子にぷっつりと糸が切れてしまったとしたら、それで彼女に手を出してしまったとしたら、そちらの方が事態は余程深刻になる事は明白だった。
結婚する気も一人の女と特別な関係を築く事気も無い、そんな自分が性欲の解消の為に手を出して良い相手ではない。凛はそんな風に割り切れる様な人間性の持ち主ではないだろうし、何より、自分自身が彼女をそんな風に扱いたくはない。だから、これは自分の性欲解消の為だけではなく、凛の為にも必要な事なのだと自らに言い聞かせ、高根はそれを誤魔化す様に笑みを深くして頷き、手にしていた味噌汁を一気に飲み干した。
すっぽりと腕の中に納まる、小さく柔らかな身体。背中から抱き締めている所為で表情は窺えないが、耳朶も首筋も真っ赤に染まり、それを見て薄く笑う。腕に力を込めればびくりと大きく震え身体は強張り、それを見てまた薄く笑い、露わになった項へと口付け、緩くそこを吸い上げた。
「……何、何なの今の……何回目だよこれ……」
気が付けば視界へと飛び込んで来たのは見慣れたを通り越して見飽きた自室の天井、大きく溜息を吐きながら起き上がれば、寝台脇の机の上に置かれた時計はいつもよりも少し早い時間を指し示している。
夢か、高根はそう思いながらもう一度大きく息を吐き、ガシガシと頭を掻きながら苛立った様に舌を打つ。
こんな夢を見る様になった切っ掛けは分かっている、数日前に京都から戻った時に凛に土産を手渡した後の一連の流れを経験してからだ。しかし、何故、というのが自分自身でも理解出来ないまま。大方のところは予想出来ているものの、それをはっきりと認めてしまうと、それはそれで社会的地位も責任も有る成人男性として問題視か無いという事になってしまう。
「娘でもおかしかねぇ様な歳の相手に欲情とかどうなのよ、俺……」
性欲なのだと、そう思った。思えば凛がやって来てから一ヶ月弱、彼女と出会った日の朝迄古参の上級曹長四人を居候させていた所為で、もうかなり長い間中洲の花街とは疎遠になっている。それは商売女以外は抱かないという信条を持つ高根にとっては所謂『御無沙汰』と同義で、その所為か、とまた溜息を吐く。
そろそろ発散に出掛けよう、凛に遠慮して遠ざかったままではその内夢の様に彼女に手を出す事になりかねない。時期が来れば独り立ちすると言っていた凛、自分も一応はそれを応援しているのだから、そんな後見人の様な立場を気取っている者としては、性的対象として扱う等有ってはならない事だった。それを回避する為には適当に発散するしか無い、そう思いもう起きようと掛け布団を退ければ、その下から現れた自分の下半身を見て今度こそ頭を抱えてしまった。
「……うん、そうだよな……数ヶ月単位で御無沙汰だ、分かる、分かるよ。でもな、相手がおかしいから、取り敢えず落ち着け」
部下達を居候させる前は定期的に花街に出向き吐き出していたからだと思っていたが、彼等がいる時にも特にこの『起床時の男性特有の現象』は無かったから年齢的なものなのだろうと思っていた。個人差も有る事だろうから特に何とも思った事は無かったが、それがまさか今復活かと再び布団を被り寝転がる。
さて、どうしたものか、このまま下に降りて行けば、朝の挨拶に台所から出て来た凛に見られる事は間違い無い。性的な事は苦手だろうし不愉快な思いをさせてしまう事は確実だし、あらぬ誤解をされては目も当てられない。
誤解、と言うのは語弊が有るのかも知れない。実際問題として、今の自分は本心では凛を一時的な事とは言えど性的対象として見てしまっている。そう、それを彼女に勘付かれてしまう事が問題なのだ、もしそんな事になってしまったら、至極気に入っていてずっと続けば良いとすら思っている今の生活に罅が入る事になるだろう、それだけは絶対に避けなければ。
一先ず、今日は課業が明けて基地を出たら、真っ直ぐ帰宅ということはせずに花街に出向こう、それで数時間しけ込んで適当に吐き出せば、その後はもう暫くの間は凛に対して妙な気を起こす事も無いだ筈だ。そう決めてしまえば多少は身体も落ち着き気も楽になったのか、高根はもそもそと起き出し顔を洗おうと部屋を出て階段を降りる。一階の床に足を付くか付かないか辺りでいつもの通りに凛が台所から出て来て、
「お早う御座います」
と、笑顔を浮かべ、ぺこり、頭を下げた。
「うん、おはようさん」
「朝ご飯、もう出来ますよ」
「有り難うな。じゃ、顔洗って着替えて来るから」
「はい、用意しておきますね」
高根の思惑等何も知らない凛は笑顔を浮かべてそう言うと、再び頭を下げて台所へと戻って行く。その後ろ姿に何とも言えず具合の悪い心持ちになりつつ、高根は言葉の通りに顔を洗って髭を剃り、着替える為に再度自室へと戻った。
「あ、今日は夕飯要らないよ。それと、遅くなるから先に寝てて良いよ」
「お仕事、忙しいんですか?」
「まあね。後、職場の連中と呑みに行く事になったから」
「分かりました。身体には気を付けて下さいね」
朝食を食べながら凛に告げれば、身体を気遣いつつ疑う事も無く頷く。こんな全幅の信頼を寄せてくれている相手に邪な感情なぞ抱き、挙げ句に嘘を吐いて花街に出るとは、我が事ながら何とも嫌な気持ちになる。それでも、そこを我慢してしまった結果、何かの拍子にぷっつりと糸が切れてしまったとしたら、それで彼女に手を出してしまったとしたら、そちらの方が事態は余程深刻になる事は明白だった。
結婚する気も一人の女と特別な関係を築く事気も無い、そんな自分が性欲の解消の為に手を出して良い相手ではない。凛はそんな風に割り切れる様な人間性の持ち主ではないだろうし、何より、自分自身が彼女をそんな風に扱いたくはない。だから、これは自分の性欲解消の為だけではなく、凛の為にも必要な事なのだと自らに言い聞かせ、高根はそれを誤魔化す様に笑みを深くして頷き、手にしていた味噌汁を一気に飲み干した。
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