大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第3章『博多』

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第3章『博多』

「警戒しなくて良い、君が反抗の素振りを見せない限りはこちらからは何もしない、きちんと保護する事を約束する。だから、君の知っている事を詳しく話してくれ」
 続けて
「俺は高根真吾、大和海兵隊の総司令だ、階級は大佐」
 そう言う男、高根の落ち着いた物腰、しかしその奥に存在する強さをはっきりと感じる、この男がこの集団の指揮官なのだとタカコは判断する。
 身体のあちこちが痛むので一晩位はゆっくり休みたかったのだがと考えつつも、それでも状況は話さずに済むものではなさそうだと身体を起こそうとすれば、高根の腕がそれを助けてタカコの身体を支え上げた。
 無理はしなくて良い、そう言って向けられる微笑みに妙な親近感を覚えていると彼は部下に命じ水を持って来させる、自らの手を包まれる様にして持たされた器の中身を飲み干せば、無意識に大きく息を吐く。
「この彼に話した通り、私はおたく等とは別の国の軍の協力企業の者だ。作戦遂行中に乗っていた飛行機がトラブルを起こして墜落して、私だけが生き残り、そこを助けられたって按配だ。どんな作戦だったかは立場上言えない」
「国は、一つだけじゃないのか?」
「ああ、我が国の把握している限りでは十程の国家を確認していると思ったが」
 何故その部分に固執するのか、そして何故タカコの答えに彼等は響めくのか。
 彼等のその顔に浮かぶ色は喜びも有り困惑も有り、そして微かな恐怖も有り、この世界に生きている人間は自分達だけではない、タカコにとっては当たり前の事が、どうやら彼等にはとんでもない衝撃の事実なのだという事だけは何となく把握した。
「……大和以外にも国が有って……人類が、いるのか」
「ああ……、何なんだあんた等、今時銃も無しに刀で戦うって、しかも自分達以外の人類や国家を把握してないって、極東はどうなってるんだ?」
 どうも話が進まない、彼等の理解の範疇を若干超えているのかもどかしい。高根はタカコの身体を再び荷台へと横たわらせ、
「出発の準備をしろ、博多へ戻るぞ」
 と、そう指示を出す。
 その言葉を受けて慌ただしく準備が始まる、高根が話している最中は何も言わずにタカコの脇に座り込んでいた敦賀も立ち上がりベンチへと戻ろうとした時、タカコは彼へと声を掛けた。
「すまないが、認識票、金属の板、鎖の付いたやつ、あの袋だけは私に返してくれないか。あれは部下の形見なんだ、遺族に返さないとならん、武器はそちらに預けるが認識票は頼む」
 敦賀はそれに言葉では何も返さずにただじっと冷ややかな眼差しでタカコを見下ろし、真っ直ぐに返されるタカコの視線を暫く黙して受け止めた後、迷彩服の懐の中から布の袋を取り出し、何も言わずに投げて寄越す。
 仰向けの体勢のままで咄嗟に反応出来ずに顔面でそれを受け止めたタカコは、内心やはりこの男は気に入らないと思いつつも袋を手に取り中を確かめる。
 そこには回収した認識票が入っていて、それを全て検めて全員の分が有る事を確認し、小さく微笑んだ。
「ありがとう、これで、せめてもの慰めになる」
「……おめでたい女だ、帰国する気でいるのか、帰る手段を無くした捕虜が」
「帰るさ……どうにかしてな」
「帰れたとしてそんな物を渡されたところで、慰めになると思ってるのか」
「遺骨でも遺書でも遺品でも、何も無いよりは良い……あんたも、兵士なら、仲間を喪った事が有るなら、分かるだろ?」
 その言葉に、敦賀の視線が漸くタカコの方へと向けられる。
「いつ命を落とすか分からない、遺体が残るのかも分からない。せめて、せめて遺骨と遺書と、思い出になる遺品の一つでも帰してあげたいじゃないか、違うか?」
 返事は無かった、敦賀は何も言わずに視線を前に戻し、やがて車列はゆっくりと進み出した。
 極度の緊張が少しずつ弛緩して来たのかタカコの全身を痛みが侵食し始める、帰国は随分と先になりそうだ、取り敢えずはしっかりと身体を休めて傷を癒さないと、そんな事を考えつつ目を閉じ、タカコはやがて意識を手放した。
 次に目が覚めたのは何処かの部屋の中の寝台の上、脇の椅子には敦賀が腰掛け、相変わらずの冷ややかな視線をこちらに向けている。
「……ここは?」
「対馬区から博多に戻った、海兵隊本部基地の施設の一つ、その一室だ」
「……そうか」
 息が僅かに苦しい、折った肋骨の治療か胴体をぎっちりと固定してくれているようだ、腕にも足にも頭にも包帯が巻かれているのが分かった。
 どうやら、捕虜には違いは無いがいきなり殺される事は免れているらしい、情報も欲しいだろうから妥当な流れだと思いつつ、タカコは敦賀に向けて再度口を開く。
「私はタカコ、タカコ・シミズ。あ、大和風に言うとシミズ・タカコか。あんたは?」
 その言葉に敦賀の眉間の皺が若干深くなるがそれは気にせず、
「あんたは?」
 と、先を促した。
「もう聞いた、俺の名前も聞いていただろうが」
「あんたから聞いてないし」
 扱い難い性格の様だがこの程度なら部下に何人も抱えていた、軽く受け流しへらへらと笑えば、諦めた様に答えが返って来る。
「……敦賀、貴之」
 『タカユキ』、その単語に心臓がどくりと大きく、そして嫌な鼓動を打った。
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