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第5章『埋葬』
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第5章『埋葬』
ぐらり、寝台から出て自分の足で立ったタカコの身体が大きく揺れる。それを支えてやろうとした敦賀の腕を制し、タカコは痛みに顔を歪めつつも真っ直ぐに前を見て姿勢を正した。
「……部下を見送るってのに、肩を借りて立つ様な情け無い指揮官とか有り得ねぇだろ」
昨夕タカコは目を覚まし、多少の話をして直ぐに尋ねて来たのは己の部下達の所在。冷凍庫で全員保管していると言えば僅かに安心した様な面持ちをして見せ、埋葬の場所を借りたいと申し出た。
それを敦賀が高根に伝えたところ、大和海兵隊国立墓地の一角に埋葬する事がその場で許可され、その日はもう陽が落ちるからという事で一夜明けての今から、その埋葬が執り行われる。
海兵隊の本部の直ぐ近くに在る墓地、タカコは今そこへと向かって自分の足でゆっくりと歩き出した。
服は治療を受けた後に着せられていたものから無事に燃え残った自前の戦闘服に着替え、頭部には略式のベレー帽。戦闘服とベレー帽では葬儀の格にはそぐわないが、それでも母国の流儀に近い状態で見送ってやりたかった。
やがて辿り着いた墓地の一角、既に人数分の穴が掘られ、その前には敦賀が切断した頭部が置かれその全てに布が掛けられている。ゆっくり、ゆっくりと痛みを押してその前へと辿り着けばそれを高根が出迎えた。
白の詰襟の上下、肩章の紺と金の対比、そして胸元と正中線の金釦が目に眩しい。被っているのは詰襟と同じ色の軍帽。そう言えば敦賀も同じ出で立ちだ、否、今この場にいる全員が出会った時の戦闘服ではなく礼服と思しき服装だ、それに気付いて高根の方を見れば、軍帽の下から覗く双眸が優しく細められる。
「……国が違っても、軍人を見送る時には礼節を尽くすのが軍人ってもんだろ?民間軍事企業の社長さんってこったが、あんたが見せた気迫も覚悟も、正規軍の指揮官と何等変わんねぇよ」
「……感謝する、高根大佐」
「いんや、当然の事さ……さ、これで何処に誰を埋めたのか記録しといてやんな、掘り返す時にどれが誰だか分かんねぇとか、格好つかねぇからな」
そう言って手渡されのは紙と鉛筆、紙には地面に掘られた穴と同じ配列と数の丸が書いて有り、タカコはそれを一瞥し、部下達の前へと更に進み出た。
「……端から順に確認してくれ」
いつの間にか脇に立っていた敦賀が地面へと片膝を突き、一度両手を合わせてから布を捲くりその下に有るものをタカコへと晒して見せる。ぐちゃぐちゃに潰れた頭部、原型は全く留めてはいないがそれでも髪と肌の色、何よりも失ってしまった筈の佇まいで直ぐに誰だか分かった。タカコもまた敦賀と同じ様に地面に膝を突き、部下の名を紙にしっかりと刻み、こちらを見ている敦賀へと一つ頷いて見せる。
それを受けて頭部を両手で抱え穴の中へそっと下ろす敦賀、土を被せる前にもう一度手を合わせるのを見て、タカコは彼へと問い掛けた。
「……その、手を合わせるのは何か意味が有るのか?」
「……大和では死者に対してこうして手を合わせて冥福を祈るのが礼儀だ」
成る程、仏教文化にそんな所作が有ったと記憶している、文明が一度途絶しても受け継がれていたのかとタカコは得心し、再度敦賀へと問い掛けた。
「それは、私がやっても良いものなのか、神を愚弄する事になったりはしないのか」
「……俺も別に信心深いワケじゃねぇ、てめぇが良いと思うのなら合わせてやりゃ良いんじゃねぇのか?」
「……そうか」
既に失われた国『日本』、神国とも称されたその国には大陸から仏教が伝来するよりも遥か昔から神道、かんながらのみちの自然信仰が根付き、万物に神が宿るとされていたと歴史書で見た。その融通無碍の精神は今に尚受け継がれているのだろう、異教徒かも知れない外国人が自分達の領域に踏み込んで来てもすんなりと受け入れられる様に。
見様見真似で手を合わせれば、敦賀はタカコがその手を下ろすのを何も言わずに待ち、彼女が手を下ろしてから漸くと土を被せ始める。そしてそれを繰り返し繰り返し、最後の一つに掛けられた布に彼は手を掛け、その下に有るものをタカコの眼前へと曝け出した。
「…………」
計三十四体の中で一番状態の良かった遺体、その頭部。今迄長い長い時間自分へと向けられ、そして同じものを見ていた眼差し、それを目にする事は、もう二度と無い。
誰にも気取られぬ様に微かに歯を軋らせ、彼の名を紙にしっかりと刻み込む。
手を合わせ一度そっと目を閉じれば、目を開けるのを待ってから敦賀が他と同じ様に穴へと下ろし、再度揃って手を合わせてから土を被せる様を、タカコは何も言わないままに見詰めていた。
立ち上がれば敦賀の制服の膝は土に汚れていて、それを気遣えば
「……泥は洗えば落ちる、礼節に優先するものじゃねぇ……気にするな」
と、素っ気無くではあるがそう返された。
「……感謝する、敦賀上級曹長」
タカコはそれだけ言って敦賀から視線を外し、眼前に広がる三十四基の墳墓を真っ直ぐに見詰める。
部隊の主力、その殆どを失った、死なせてしまった、否、殺してしまった。どんな形でその命が失われたとしてもそれは全て指揮官である自分の責任、彼等を殺したのは、自分なのだ。
謝罪する事も許されない、それは彼等の死を無駄にする事になる、それならせめてついて来てくれて有り難うと感謝の念を、そして最大限の敬意を、タカコはそんな事を考えながら右手の五指を揃えてこめかみへと持って行き、挙手敬礼の形を取る。
「総員……敬礼!」
タカコの所作に続いて掛かる高根の号令、衣擦れの音があちこちで聞こえ、ああ、大和海兵隊が自分に合わせて部下に敬意を払ってくれているのか、タカコは何処か遠くでぼんやりと考えた。
数分の間そのまま身動ぎもせず、漸くと手を下ろせば周囲もそれに倣う。やがて動き始める気配が周囲に流れる中、タカコは自分と同じ様にして身動き一つしないでいる敦賀へと声を掛ける。
「……少しだけで良い、私達だけにしてくれないか」
「……そうか、分かった」
遠ざかって行く気配、それを背後に感じながら、タカコは墳墓へと向かって小さく呟く。
「……指揮官失格だけどさ……今だけ、お前等の親友に戻って良いか……?」
濡れて震える声、流れる涙。双眸から溢れ頬を伝い顎から地面へと落ちて行くそれを拭う事もせず、タカコは長い間そこに立ち尽くしていた。
ぐらり、寝台から出て自分の足で立ったタカコの身体が大きく揺れる。それを支えてやろうとした敦賀の腕を制し、タカコは痛みに顔を歪めつつも真っ直ぐに前を見て姿勢を正した。
「……部下を見送るってのに、肩を借りて立つ様な情け無い指揮官とか有り得ねぇだろ」
昨夕タカコは目を覚まし、多少の話をして直ぐに尋ねて来たのは己の部下達の所在。冷凍庫で全員保管していると言えば僅かに安心した様な面持ちをして見せ、埋葬の場所を借りたいと申し出た。
それを敦賀が高根に伝えたところ、大和海兵隊国立墓地の一角に埋葬する事がその場で許可され、その日はもう陽が落ちるからという事で一夜明けての今から、その埋葬が執り行われる。
海兵隊の本部の直ぐ近くに在る墓地、タカコは今そこへと向かって自分の足でゆっくりと歩き出した。
服は治療を受けた後に着せられていたものから無事に燃え残った自前の戦闘服に着替え、頭部には略式のベレー帽。戦闘服とベレー帽では葬儀の格にはそぐわないが、それでも母国の流儀に近い状態で見送ってやりたかった。
やがて辿り着いた墓地の一角、既に人数分の穴が掘られ、その前には敦賀が切断した頭部が置かれその全てに布が掛けられている。ゆっくり、ゆっくりと痛みを押してその前へと辿り着けばそれを高根が出迎えた。
白の詰襟の上下、肩章の紺と金の対比、そして胸元と正中線の金釦が目に眩しい。被っているのは詰襟と同じ色の軍帽。そう言えば敦賀も同じ出で立ちだ、否、今この場にいる全員が出会った時の戦闘服ではなく礼服と思しき服装だ、それに気付いて高根の方を見れば、軍帽の下から覗く双眸が優しく細められる。
「……国が違っても、軍人を見送る時には礼節を尽くすのが軍人ってもんだろ?民間軍事企業の社長さんってこったが、あんたが見せた気迫も覚悟も、正規軍の指揮官と何等変わんねぇよ」
「……感謝する、高根大佐」
「いんや、当然の事さ……さ、これで何処に誰を埋めたのか記録しといてやんな、掘り返す時にどれが誰だか分かんねぇとか、格好つかねぇからな」
そう言って手渡されのは紙と鉛筆、紙には地面に掘られた穴と同じ配列と数の丸が書いて有り、タカコはそれを一瞥し、部下達の前へと更に進み出た。
「……端から順に確認してくれ」
いつの間にか脇に立っていた敦賀が地面へと片膝を突き、一度両手を合わせてから布を捲くりその下に有るものをタカコへと晒して見せる。ぐちゃぐちゃに潰れた頭部、原型は全く留めてはいないがそれでも髪と肌の色、何よりも失ってしまった筈の佇まいで直ぐに誰だか分かった。タカコもまた敦賀と同じ様に地面に膝を突き、部下の名を紙にしっかりと刻み、こちらを見ている敦賀へと一つ頷いて見せる。
それを受けて頭部を両手で抱え穴の中へそっと下ろす敦賀、土を被せる前にもう一度手を合わせるのを見て、タカコは彼へと問い掛けた。
「……その、手を合わせるのは何か意味が有るのか?」
「……大和では死者に対してこうして手を合わせて冥福を祈るのが礼儀だ」
成る程、仏教文化にそんな所作が有ったと記憶している、文明が一度途絶しても受け継がれていたのかとタカコは得心し、再度敦賀へと問い掛けた。
「それは、私がやっても良いものなのか、神を愚弄する事になったりはしないのか」
「……俺も別に信心深いワケじゃねぇ、てめぇが良いと思うのなら合わせてやりゃ良いんじゃねぇのか?」
「……そうか」
既に失われた国『日本』、神国とも称されたその国には大陸から仏教が伝来するよりも遥か昔から神道、かんながらのみちの自然信仰が根付き、万物に神が宿るとされていたと歴史書で見た。その融通無碍の精神は今に尚受け継がれているのだろう、異教徒かも知れない外国人が自分達の領域に踏み込んで来てもすんなりと受け入れられる様に。
見様見真似で手を合わせれば、敦賀はタカコがその手を下ろすのを何も言わずに待ち、彼女が手を下ろしてから漸くと土を被せ始める。そしてそれを繰り返し繰り返し、最後の一つに掛けられた布に彼は手を掛け、その下に有るものをタカコの眼前へと曝け出した。
「…………」
計三十四体の中で一番状態の良かった遺体、その頭部。今迄長い長い時間自分へと向けられ、そして同じものを見ていた眼差し、それを目にする事は、もう二度と無い。
誰にも気取られぬ様に微かに歯を軋らせ、彼の名を紙にしっかりと刻み込む。
手を合わせ一度そっと目を閉じれば、目を開けるのを待ってから敦賀が他と同じ様に穴へと下ろし、再度揃って手を合わせてから土を被せる様を、タカコは何も言わないままに見詰めていた。
立ち上がれば敦賀の制服の膝は土に汚れていて、それを気遣えば
「……泥は洗えば落ちる、礼節に優先するものじゃねぇ……気にするな」
と、素っ気無くではあるがそう返された。
「……感謝する、敦賀上級曹長」
タカコはそれだけ言って敦賀から視線を外し、眼前に広がる三十四基の墳墓を真っ直ぐに見詰める。
部隊の主力、その殆どを失った、死なせてしまった、否、殺してしまった。どんな形でその命が失われたとしてもそれは全て指揮官である自分の責任、彼等を殺したのは、自分なのだ。
謝罪する事も許されない、それは彼等の死を無駄にする事になる、それならせめてついて来てくれて有り難うと感謝の念を、そして最大限の敬意を、タカコはそんな事を考えながら右手の五指を揃えてこめかみへと持って行き、挙手敬礼の形を取る。
「総員……敬礼!」
タカコの所作に続いて掛かる高根の号令、衣擦れの音があちこちで聞こえ、ああ、大和海兵隊が自分に合わせて部下に敬意を払ってくれているのか、タカコは何処か遠くでぼんやりと考えた。
数分の間そのまま身動ぎもせず、漸くと手を下ろせば周囲もそれに倣う。やがて動き始める気配が周囲に流れる中、タカコは自分と同じ様にして身動き一つしないでいる敦賀へと声を掛ける。
「……少しだけで良い、私達だけにしてくれないか」
「……そうか、分かった」
遠ざかって行く気配、それを背後に感じながら、タカコは墳墓へと向かって小さく呟く。
「……指揮官失格だけどさ……今だけ、お前等の親友に戻って良いか……?」
濡れて震える声、流れる涙。双眸から溢れ頬を伝い顎から地面へと落ちて行くそれを拭う事もせず、タカコは長い間そこに立ち尽くしていた。
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