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第8章『キルレシオ』
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第8章『キルレシオ』
出会いから一ヶ月半の月日が経ち、タカコの肋骨の骨折はほぼ完治した。治ったところで捕虜生活の日々が変わるわけでもなく、前線部隊が出撃する時のみ海兵隊警務隊の留置場に拘禁され、それ以外の時は敦賀が常に行動を共にし監視するという生活が続いている。
敦賀も下士官ながら海兵隊最先任上級曹長という立場によるものかなかなかに多忙で、会議に出たり他の下士官や兵卒を取り纏めたりとほぼ動き通し。そしてその合間には日々の鍛錬も欠かさず、今も道場の壁に背を預け暇を持て余しているタカコの前方で、木刀を手に他の下士官と睨み合いを続けていた。
「……マジでサムライだ……大和はどんな情報継承の仕方したんだか」
活骸を無力化する為には頭部に決定的な打撃を与えるか頭部を切断するしか無い、ワシントンはその為に銃火器を発達させる方向へと進んだが、大和は直接的に切断する方向へと進んだ事がこの一ヶ月半の間で理解出来た。
活骸に対して最も効果的なのは散弾銃での一撃、綺麗に頭部への一撃を決められる腕を持っていなくてもそれなりの結果を出す事の出来るこの戦法こそが、活骸との戦いに於いて標準である、そう思っていたしそう思っている。
それがどうだろう、太平洋を渡った極東の地に生きる彼等はたったひと振りの太刀を頼りに活骸へと斬り掛かり、斬首する事のみでそれを成し遂げようとしているのだ。
甚だ効率の悪い方法だと言わざるを得ないだろう、事実この一ヶ月半で数回の出撃が有ったが、それと知られぬ様に様子を伺って算出したキルレシオ、損害比率は平均して一対一、活骸一体を無力化するのに海兵隊前線部隊の兵士一人が犠牲になっている計算になる。消耗戦の極致、大和海兵隊の成り立ちから今迄どれ程の年数が経過しているのかは未だ聞いた事は無いが、現在の戦法を採り続ける限り、無尽蔵に涌き続ける活骸相手では将来的にジリ貧になるのは目に見えている状況というのがタカコの見立てだった。
「……面白くねぇな」
ぼそりとそう呟き頭を掻く、属しているわけではないが関わりの有る大和海兵隊、そこがこんなにも分の悪い事をやり犠牲者を出し続けているというのがどうにも面白くない。どんな戦い方をしているのか凡その事は分かったがこの目で実際に確かめてみたい、その為には自分自身が戦場に赴くのが一番なのだが、そこに話を持って行く為にはさてどうしたものかと思案する。
ハーグやジュネーヴの条約群も参考にして参考に軍規を作り上げたのなら、捕虜を戦場に出すという選択肢は、古狸の気配漂う高根はともかくとして敦賀には無いだろう。そこをどう丸め込むか、前方の敦賀を見詰めつつ思案を続ければ、休憩をする為か壁際へとやって来た三宅に話し掛けられた。
「どうした、難しい顔して敦賀見詰めて。もしかして惚れたか?」
「……無いわー、全力で無いわー……」
隣へと腰を下ろす三宅に向かって脱力しつつそう言えば、返されたのは何とも意外そうな面持ち。
「何だ、違うのか。四六時中一緒にいるし何だかんだ言いつつ仲良くやってるからそう憎からず思ってると思ってたが」
「無い無い、何だかんだいいつつとか言うけどさ、内容よく聞いてみなって、全く仲良くなれる要素無いから」
「納豆に入れる薬味は何だとか卵焼きは甘いか出汁巻きかとか、青菜のお浸しにかけるのはポン酢か出汁醤油かとか、他には何だ、ああ、味噌汁の味噌は白味噌か合わせ味噌かとか、お前等が言い合いしてるのってそんなどうでもいい事ばっかりだろう。そういうのは仲が悪いとは言わん、仲良くじゃれ合ってるって言うんだ」
「どうでもよくないだろそこは、大事だろ」
「だとしてもだ、仲が悪い人間の口論の原因とはかけ離れてる、仲良くやってるよお前等は」
「遺憾だわー、甚だ遺憾だわー、あれと仲良くやってると思われてるとか」
「何だ、嫌いなのか敦賀の事」
心外の極致だとふてくされて吐き捨てれば、やれやれと言った面持ちで三宅からそう問い掛けられ、タカコは当然だと言った勢いで言葉を返す。
「好きだ嫌いだ以前に合わん!毎日毎日張り付いて鬱陶しいわ何をしても何を言ってもぶっきらぼうにしか返さないわ笑顔の一つも見せないわ!私に奴が好きか嫌いか聞く前に奴の態度見てみろよ、嫌ってるのは奴の方だろうが!大体目付きが気に入らん、何で大和海兵隊はあんな目つきと性格と口の悪いクソ野郎を――」
そこでタカコの言葉は突然途切れた。直後、三宅の直ぐ脇で響き渡った乾燥して締まった木材同士がぶつかり合う硬く高い音、それから一瞬の間を置いて三宅が認識したのは、タカコの暴言に切れたらしい敦賀が手にしていた木刀をタカコに向けて投げ付け、タカコは三宅の木刀を手に取りそれを防いだ、という事だった。
「……てめぇ……いつの間に覚えやがった」
「……見て覚えろ、そう言ったのはお前だろうがよ、海兵隊最先任上級曹長様」
片膝を立てて身体を起こし両手で木刀を握るタカコ、その構えは対馬区で彼女が見せた不格好なものではなくなかなかに絵になるもの。たった一ヶ月半の間、しかも自分達の鍛錬の様子を目にする様になってからはもっと短い期間でしかないのに、その間に見ただけでこうも形になるとはと、それは敦賀や三宅だけではなく、その場に居合わせた全員が思った事だった。
そして、それを見て驚愕しつつも面白いものを見つけたと内心笑みを零した人物が一人、その人物はゆっくりと拍手をしながら道場の中へと歩み入って来る。
「司令!お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「あー、良いよ良いよ、全員楽にしな、続けろ」
入って来たのは大和海兵隊二千五百余名の頂点に立つ、総司令の地位に在る高根真吾その人。その彼はいつもの飄々とした笑みを崩さずにタカコの前迄進み、そこで彼女と視線の高さを合わせる様にして片膝を床へと突いた。
「すげぇな、見てただけで瞬時にその構えを取れる様になるとはね、良い勘してるよお前」
そう言って僅かに笑みを深くすれば、タカコから返されたのはもっと強い、獰猛さすら感じられる笑みと言葉。
「……真吾、私をこいつ等と一緒に対馬区に出撃させろ」
出会いから一ヶ月半の月日が経ち、タカコの肋骨の骨折はほぼ完治した。治ったところで捕虜生活の日々が変わるわけでもなく、前線部隊が出撃する時のみ海兵隊警務隊の留置場に拘禁され、それ以外の時は敦賀が常に行動を共にし監視するという生活が続いている。
敦賀も下士官ながら海兵隊最先任上級曹長という立場によるものかなかなかに多忙で、会議に出たり他の下士官や兵卒を取り纏めたりとほぼ動き通し。そしてその合間には日々の鍛錬も欠かさず、今も道場の壁に背を預け暇を持て余しているタカコの前方で、木刀を手に他の下士官と睨み合いを続けていた。
「……マジでサムライだ……大和はどんな情報継承の仕方したんだか」
活骸を無力化する為には頭部に決定的な打撃を与えるか頭部を切断するしか無い、ワシントンはその為に銃火器を発達させる方向へと進んだが、大和は直接的に切断する方向へと進んだ事がこの一ヶ月半の間で理解出来た。
活骸に対して最も効果的なのは散弾銃での一撃、綺麗に頭部への一撃を決められる腕を持っていなくてもそれなりの結果を出す事の出来るこの戦法こそが、活骸との戦いに於いて標準である、そう思っていたしそう思っている。
それがどうだろう、太平洋を渡った極東の地に生きる彼等はたったひと振りの太刀を頼りに活骸へと斬り掛かり、斬首する事のみでそれを成し遂げようとしているのだ。
甚だ効率の悪い方法だと言わざるを得ないだろう、事実この一ヶ月半で数回の出撃が有ったが、それと知られぬ様に様子を伺って算出したキルレシオ、損害比率は平均して一対一、活骸一体を無力化するのに海兵隊前線部隊の兵士一人が犠牲になっている計算になる。消耗戦の極致、大和海兵隊の成り立ちから今迄どれ程の年数が経過しているのかは未だ聞いた事は無いが、現在の戦法を採り続ける限り、無尽蔵に涌き続ける活骸相手では将来的にジリ貧になるのは目に見えている状況というのがタカコの見立てだった。
「……面白くねぇな」
ぼそりとそう呟き頭を掻く、属しているわけではないが関わりの有る大和海兵隊、そこがこんなにも分の悪い事をやり犠牲者を出し続けているというのがどうにも面白くない。どんな戦い方をしているのか凡その事は分かったがこの目で実際に確かめてみたい、その為には自分自身が戦場に赴くのが一番なのだが、そこに話を持って行く為にはさてどうしたものかと思案する。
ハーグやジュネーヴの条約群も参考にして参考に軍規を作り上げたのなら、捕虜を戦場に出すという選択肢は、古狸の気配漂う高根はともかくとして敦賀には無いだろう。そこをどう丸め込むか、前方の敦賀を見詰めつつ思案を続ければ、休憩をする為か壁際へとやって来た三宅に話し掛けられた。
「どうした、難しい顔して敦賀見詰めて。もしかして惚れたか?」
「……無いわー、全力で無いわー……」
隣へと腰を下ろす三宅に向かって脱力しつつそう言えば、返されたのは何とも意外そうな面持ち。
「何だ、違うのか。四六時中一緒にいるし何だかんだ言いつつ仲良くやってるからそう憎からず思ってると思ってたが」
「無い無い、何だかんだいいつつとか言うけどさ、内容よく聞いてみなって、全く仲良くなれる要素無いから」
「納豆に入れる薬味は何だとか卵焼きは甘いか出汁巻きかとか、青菜のお浸しにかけるのはポン酢か出汁醤油かとか、他には何だ、ああ、味噌汁の味噌は白味噌か合わせ味噌かとか、お前等が言い合いしてるのってそんなどうでもいい事ばっかりだろう。そういうのは仲が悪いとは言わん、仲良くじゃれ合ってるって言うんだ」
「どうでもよくないだろそこは、大事だろ」
「だとしてもだ、仲が悪い人間の口論の原因とはかけ離れてる、仲良くやってるよお前等は」
「遺憾だわー、甚だ遺憾だわー、あれと仲良くやってると思われてるとか」
「何だ、嫌いなのか敦賀の事」
心外の極致だとふてくされて吐き捨てれば、やれやれと言った面持ちで三宅からそう問い掛けられ、タカコは当然だと言った勢いで言葉を返す。
「好きだ嫌いだ以前に合わん!毎日毎日張り付いて鬱陶しいわ何をしても何を言ってもぶっきらぼうにしか返さないわ笑顔の一つも見せないわ!私に奴が好きか嫌いか聞く前に奴の態度見てみろよ、嫌ってるのは奴の方だろうが!大体目付きが気に入らん、何で大和海兵隊はあんな目つきと性格と口の悪いクソ野郎を――」
そこでタカコの言葉は突然途切れた。直後、三宅の直ぐ脇で響き渡った乾燥して締まった木材同士がぶつかり合う硬く高い音、それから一瞬の間を置いて三宅が認識したのは、タカコの暴言に切れたらしい敦賀が手にしていた木刀をタカコに向けて投げ付け、タカコは三宅の木刀を手に取りそれを防いだ、という事だった。
「……てめぇ……いつの間に覚えやがった」
「……見て覚えろ、そう言ったのはお前だろうがよ、海兵隊最先任上級曹長様」
片膝を立てて身体を起こし両手で木刀を握るタカコ、その構えは対馬区で彼女が見せた不格好なものではなくなかなかに絵になるもの。たった一ヶ月半の間、しかも自分達の鍛錬の様子を目にする様になってからはもっと短い期間でしかないのに、その間に見ただけでこうも形になるとはと、それは敦賀や三宅だけではなく、その場に居合わせた全員が思った事だった。
そして、それを見て驚愕しつつも面白いものを見つけたと内心笑みを零した人物が一人、その人物はゆっくりと拍手をしながら道場の中へと歩み入って来る。
「司令!お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「あー、良いよ良いよ、全員楽にしな、続けろ」
入って来たのは大和海兵隊二千五百余名の頂点に立つ、総司令の地位に在る高根真吾その人。その彼はいつもの飄々とした笑みを崩さずにタカコの前迄進み、そこで彼女と視線の高さを合わせる様にして片膝を床へと突いた。
「すげぇな、見てただけで瞬時にその構えを取れる様になるとはね、良い勘してるよお前」
そう言って僅かに笑みを深くすれば、タカコから返されたのはもっと強い、獰猛さすら感じられる笑みと言葉。
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