大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
11 / 101

第10章『名(めい)』

しおりを挟む
第10章『名(めい)』

 作戦室での決定がタカコへと伝えられたのはその日の夜の事、海兵隊司令執務室の中、デスクでいつもの笑みを湛える高根、彼の前に立ちその笑みを受けるタカコ、そして二人の脇でそれを見守る敦賀の姿が在った。
「大和海兵隊総司令としてお前の対馬区の戦闘への参加を認めよう。但し、海兵隊式の戦い方を身に付けて貰わにゃどうにもならん、早速明日から敦賀について前線部隊の隊員と同じかそれ以上の鍛錬をこなせ。それで前線に出るに足る実力を身に付けた、敦賀がそう認めたらお前を前線に送り出す、例外は一切認めない。早く出たけりゃその分励め……どうだ?」
 いつもの笑顔は崩さず、けれど絶対的な強さを滲ませた高根の言葉、一切の不服は許さないと言外に示しタカコの返事を待つ。
「……妥当な落としどころだろうな、私がお前でもそう言うよ……了解した、配慮に感謝する」
 タカコは内に秘めた力を感じさせる強い笑みを浮かべてそう言い、右手を挙げて挙手敬礼をする。高根はその様子を見て笑みを深め、立ち上がりつつがしがしと頭を掻いた。
「うっし、じゃあ話も纏まった事だし、海兵隊の流儀に倣うってんなら太刀を貸与しねぇとな、太刀の無い海兵なんぞ締りが無ぇや、なぁ敦賀?」
「いや、まだ早ぇだろ太刀は……木刀で基礎を仕込んでからで良いんじゃねぇのか?」
「並行して手入れの方法も覚えた方が手間が省けるし、傍に置いておくのにも意味が有るだろ……って、タカコよ、どうかしたか?」
 いつ新規配属が有っても良い様に貸与用の太刀は保管庫に十振り程常に保管してある、話が纏まったところでそれを早速渡そうかと立ち上がった高根の言葉、タカコはその言葉を耳にした途端動きを失い、高根の問い掛けにゆっくりと、ゆっくりと二人の方へと向き直った。
「どうした?瞳孔と鼻の穴が開ききってんぞ?」
「……締りの無ぇ阿呆面が更に間抜けに見えるな」
「……私にも……太刀を持たせてくれるのか?」
 若干意味不明なタカコの言葉、こいつは今人の話を聞いていたのかと高根と敦賀は顔を見合わせ再びタカコの顔を見る。その彼女の面持ちはやがて単なる興奮から歓喜を帯びた興奮へと変わり、頬を染め目を輝かせて高根と敦賀へと飛び付いて来た。
「うおぉぉぉ!すげー!私もサムライかよ!超かっけぇぇぇぇぇ!早く!早く!!」
 何か色々と勘違いしている様だが訂正するのも面倒だ、二人は顔を見合わせて軽く溜息を吐き、タカコを引き剥がし打ち捨てて保管庫へと向かって歩き出す。タカコはそれにも全くめげず、小躍りしつつ二人の後をついて来た。
「……うわ……空気が違う……」
 やがて開かれた保管庫の扉、電気を点けて二人が中に入れば、タカコはその後から入室し、正面の壁に掛けられた太刀を見て一言だけそう言って黙り込む。
 ここに置かれているものは全て新兵に貸与する用の無名の太刀のみ、刀工廠の銘は入っているが高根の大和や敦賀の武蔵、他の部隊長や中隊長小隊長達の持っている太刀の様な名は入っていない。言い方を悪くすれば『格の低い刀』だが、それでも研ぎ澄まされた刃と鍛え抜かれた刀身である事に変わりは無く、それを空気で感じ取ったタカコの様子に、やはり非凡なものを持っている、二人は夫々の内心でそんな事を考えた。
「……よし、お前が好きなの選べ」
「おい、真吾、てめぇ何を――」
「良いじゃねぇか、こいつがどれを選ぶのか、興味無ぇか?」
「……別にここに置いてあるどれも曰く付きの物なんか無ぇだろうがよ」
「それでもだよ、夫々微妙に長さも重さも違う、その中でどれを選ぶのか俺は見てみてぇな」
 二人のそんな遣り取りは聞こえていないのか、タカコはゆっくりと並べられた太刀の前へと進み、十振りのそれ等を無言で見上げる。
 同じに見えてどれも表情が違うのか、間近で見て初めて知ったと、タカコは無言のままそんな事を考えた。刀身に刻まれているのは全て『京都刀工廠』の文字、その通りに同じ刀工廠で鍛えられた刀なのだろうが、十振り全てが違う表情を見せ、どれを選べば良いのかと若干戸惑いの感情が生まれるのを感じていた。
(……どうせ刀の事なんか殆ど知らないんだし、深く考えるな……感覚で選ぶのが一番だ)
 知識が無いどころか本物に触れるのは二度目でしかない程のズブの素人である自分があれこれ考えたところで碌な事にはなるまい、そう考えたタカコは思考を放棄し、自分の意識を壁に掛けられた太刀へと向かって開いていく。
 何か、どれか感じるものが有る筈だと暫しその状態で過ごせば、一番端に掛けられた太刀へと意識が惹き付けられて行くのを感じた。
「見つかったかい?」
 背後から掛けられた高根の問い掛けには答えず、無言のままその太刀の前に歩みを進め、壁に手を伸ばし柄を掴み壁から外し手に取ってみる。重さは恐らく1.2kg程、初めて手に取った筈なのに妙に手に馴染む、そう思いつつ刀身の背を指先でそっと撫でてみれば、微かな衝撃が指先から伝わり全身を駆け抜けた様に感じた。
「……これにする……こいつに呼ばれた気がした」
 誰に言うでもない様な口振りのタカコ、高根と敦賀は彼女のその言葉に僅かに双眸を見開き、再度顔を見合わせる。
「はは……『呼ばれた』とはこりゃまた……」
「……外国人の癖に……どうにも大和人臭い事を言いやがる」
 やはり何かを持っている人間の様だ、これから面白くなると考えている二人に向き直り、いつの間にか現実へと戻って来たのか太刀をあちこち見ていたタカコが、今度は愕然とした様子で声を上げた。
「無い!名が無いよこれ!無名ってどういう事!」
 彼女のその言葉の意味が分からず、何を言っているのかと尋ねた高根にタカコが返したのは
「だって!真吾は大和で敦賀は武蔵でしょ、寛和は長門で恵介は陸奥って名が有るのに何で私には無いの!ずるい!」
 という言葉。
「馬鹿かてめぇ、名を持ってる太刀を貸与されるのは小隊長以上の士官か最先任だけだ、武蔵は海兵隊最先任に与えられてる名。てめぇは新兵扱いなんだから無名で当然だろうが」
「そんなの関係無いし!ずるい!私も名有りじゃないと嫌だ!名!めーいー!」
 選んだ刀を鞘に収め胸に抱え、その状態でダンダンと床を踏み鳴らし要求するタカコ、先程の佇まいは気の所為か幻覚か、あまりの騒がしさにこめかみをひくつかせていた敦賀が、ふと思いついた様に顔を上げタカコへと言葉を投げ付けた。
「分かった、じゃあ俺がお前のその太刀に名を与えてやる……村正、だ、どうだ、気に入ったか」
 出て来た単語に思わず息を詰まらせる高根、しかしタカコはその単語の意味するところ等知らないのか、
「何それ凄い格好良い!気に入った!よーし、村正、これから長い付き合いになる!宜しくな!」
 狂喜乱舞の勢いでそう言い、太刀――、村正を両手で高く掲げて嬉しそうに話し掛ける。
「ちょ、おま、敦賀、それ妖刀じゃねぇか」
「本人は甚く気に入った様だし良いじゃねぇか別に、細かい事をグダグダ言うんじゃねぇ」
 敦賀が戯れと思い付きでつけた妖刀の名、それがちょっとした騒動を起こすのは、もう少し先の話。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

処理中です...