大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第10章『名(めい)』

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第10章『名(めい)』

 作戦室での決定がタカコへと伝えられたのはその日の夜の事、海兵隊司令執務室の中、デスクでいつもの笑みを湛える高根、彼の前に立ちその笑みを受けるタカコ、そして二人の脇でそれを見守る敦賀の姿が在った。
「大和海兵隊総司令としてお前の対馬区の戦闘への参加を認めよう。但し、海兵隊式の戦い方を身に付けて貰わにゃどうにもならん、早速明日から敦賀について前線部隊の隊員と同じかそれ以上の鍛錬をこなせ。それで前線に出るに足る実力を身に付けた、敦賀がそう認めたらお前を前線に送り出す、例外は一切認めない。早く出たけりゃその分励め……どうだ?」
 いつもの笑顔は崩さず、けれど絶対的な強さを滲ませた高根の言葉、一切の不服は許さないと言外に示しタカコの返事を待つ。
「……妥当な落としどころだろうな、私がお前でもそう言うよ……了解した、配慮に感謝する」
 タカコは内に秘めた力を感じさせる強い笑みを浮かべてそう言い、右手を挙げて挙手敬礼をする。高根はその様子を見て笑みを深め、立ち上がりつつがしがしと頭を掻いた。
「うっし、じゃあ話も纏まった事だし、海兵隊の流儀に倣うってんなら太刀を貸与しねぇとな、太刀の無い海兵なんぞ締りが無ぇや、なぁ敦賀?」
「いや、まだ早ぇだろ太刀は……木刀で基礎を仕込んでからで良いんじゃねぇのか?」
「並行して手入れの方法も覚えた方が手間が省けるし、傍に置いておくのにも意味が有るだろ……って、タカコよ、どうかしたか?」
 いつ新規配属が有っても良い様に貸与用の太刀は保管庫に十振り程常に保管してある、話が纏まったところでそれを早速渡そうかと立ち上がった高根の言葉、タカコはその言葉を耳にした途端動きを失い、高根の問い掛けにゆっくりと、ゆっくりと二人の方へと向き直った。
「どうした?瞳孔と鼻の穴が開ききってんぞ?」
「……締りの無ぇ阿呆面が更に間抜けに見えるな」
「……私にも……太刀を持たせてくれるのか?」
 若干意味不明なタカコの言葉、こいつは今人の話を聞いていたのかと高根と敦賀は顔を見合わせ再びタカコの顔を見る。その彼女の面持ちはやがて単なる興奮から歓喜を帯びた興奮へと変わり、頬を染め目を輝かせて高根と敦賀へと飛び付いて来た。
「うおぉぉぉ!すげー!私もサムライかよ!超かっけぇぇぇぇぇ!早く!早く!!」
 何か色々と勘違いしている様だが訂正するのも面倒だ、二人は顔を見合わせて軽く溜息を吐き、タカコを引き剥がし打ち捨てて保管庫へと向かって歩き出す。タカコはそれにも全くめげず、小躍りしつつ二人の後をついて来た。
「……うわ……空気が違う……」
 やがて開かれた保管庫の扉、電気を点けて二人が中に入れば、タカコはその後から入室し、正面の壁に掛けられた太刀を見て一言だけそう言って黙り込む。
 ここに置かれているものは全て新兵に貸与する用の無名の太刀のみ、刀工廠の銘は入っているが高根の大和や敦賀の武蔵、他の部隊長や中隊長小隊長達の持っている太刀の様な名は入っていない。言い方を悪くすれば『格の低い刀』だが、それでも研ぎ澄まされた刃と鍛え抜かれた刀身である事に変わりは無く、それを空気で感じ取ったタカコの様子に、やはり非凡なものを持っている、二人は夫々の内心でそんな事を考えた。
「……よし、お前が好きなの選べ」
「おい、真吾、てめぇ何を――」
「良いじゃねぇか、こいつがどれを選ぶのか、興味無ぇか?」
「……別にここに置いてあるどれも曰く付きの物なんか無ぇだろうがよ」
「それでもだよ、夫々微妙に長さも重さも違う、その中でどれを選ぶのか俺は見てみてぇな」
 二人のそんな遣り取りは聞こえていないのか、タカコはゆっくりと並べられた太刀の前へと進み、十振りのそれ等を無言で見上げる。
 同じに見えてどれも表情が違うのか、間近で見て初めて知ったと、タカコは無言のままそんな事を考えた。刀身に刻まれているのは全て『京都刀工廠』の文字、その通りに同じ刀工廠で鍛えられた刀なのだろうが、十振り全てが違う表情を見せ、どれを選べば良いのかと若干戸惑いの感情が生まれるのを感じていた。
(……どうせ刀の事なんか殆ど知らないんだし、深く考えるな……感覚で選ぶのが一番だ)
 知識が無いどころか本物に触れるのは二度目でしかない程のズブの素人である自分があれこれ考えたところで碌な事にはなるまい、そう考えたタカコは思考を放棄し、自分の意識を壁に掛けられた太刀へと向かって開いていく。
 何か、どれか感じるものが有る筈だと暫しその状態で過ごせば、一番端に掛けられた太刀へと意識が惹き付けられて行くのを感じた。
「見つかったかい?」
 背後から掛けられた高根の問い掛けには答えず、無言のままその太刀の前に歩みを進め、壁に手を伸ばし柄を掴み壁から外し手に取ってみる。重さは恐らく1.2kg程、初めて手に取った筈なのに妙に手に馴染む、そう思いつつ刀身の背を指先でそっと撫でてみれば、微かな衝撃が指先から伝わり全身を駆け抜けた様に感じた。
「……これにする……こいつに呼ばれた気がした」
 誰に言うでもない様な口振りのタカコ、高根と敦賀は彼女のその言葉に僅かに双眸を見開き、再度顔を見合わせる。
「はは……『呼ばれた』とはこりゃまた……」
「……外国人の癖に……どうにも大和人臭い事を言いやがる」
 やはり何かを持っている人間の様だ、これから面白くなると考えている二人に向き直り、いつの間にか現実へと戻って来たのか太刀をあちこち見ていたタカコが、今度は愕然とした様子で声を上げた。
「無い!名が無いよこれ!無名ってどういう事!」
 彼女のその言葉の意味が分からず、何を言っているのかと尋ねた高根にタカコが返したのは
「だって!真吾は大和で敦賀は武蔵でしょ、寛和は長門で恵介は陸奥って名が有るのに何で私には無いの!ずるい!」
 という言葉。
「馬鹿かてめぇ、名を持ってる太刀を貸与されるのは小隊長以上の士官か最先任だけだ、武蔵は海兵隊最先任に与えられてる名。てめぇは新兵扱いなんだから無名で当然だろうが」
「そんなの関係無いし!ずるい!私も名有りじゃないと嫌だ!名!めーいー!」
 選んだ刀を鞘に収め胸に抱え、その状態でダンダンと床を踏み鳴らし要求するタカコ、先程の佇まいは気の所為か幻覚か、あまりの騒がしさにこめかみをひくつかせていた敦賀が、ふと思いついた様に顔を上げタカコへと言葉を投げ付けた。
「分かった、じゃあ俺がお前のその太刀に名を与えてやる……村正、だ、どうだ、気に入ったか」
 出て来た単語に思わず息を詰まらせる高根、しかしタカコはその単語の意味するところ等知らないのか、
「何それ凄い格好良い!気に入った!よーし、村正、これから長い付き合いになる!宜しくな!」
 狂喜乱舞の勢いでそう言い、太刀――、村正を両手で高く掲げて嬉しそうに話し掛ける。
「ちょ、おま、敦賀、それ妖刀じゃねぇか」
「本人は甚く気に入った様だし良いじゃねぇか別に、細かい事をグダグダ言うんじゃねぇ」
 敦賀が戯れと思い付きでつけた妖刀の名、それがちょっとした騒動を起こすのは、もう少し先の話。
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