大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第11章『太刀とナイフ』

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第11章『太刀とナイフ』

 翌早朝、日課の走り込みに出ようと部屋を出た敦賀は、そのまま外へは向かわずに隣のタカコの部屋の扉を叩きもせずに開け放ち、中へと向かって普段通りの突慳貪な言葉を放った。
「おい馬鹿女、いつ迄寝て――」
「行こうか」
 普段なら風呂と便所以外には別行動を採るほぼ唯一の時間の早朝の鍛錬時間、当然まだ寝ていると思っていた彼女は既に身支度を整え、扉の向こう側で敦賀を待ち構えていたかの様に廊下へと歩み出て来る。
「今迄も部屋にはいたがお前の気配は感じてたよ、だから、この時間にいつも走り込みに出るのは知ってる」
 そう言ってへらりと笑って見せるタカコ、どうも高根と言いタカコと言い敦賀の周囲には肚の内を何の意図も無く自分から見せたりはしない人間が多いらしい、若干の苛立ちを小さな溜息として吐き出し、敦賀はふと彼女が着ているシャツに視線を落とす。
「……オイ……何だそりゃ」
「あ、これ?なかなかお洒落だろ?」
 シャツの前面いっぱいに印刷された『入口』の文字、その下には矢印が下へと向かって引いてあり、生来生真面目で気難しい敦賀にとっては到底容認出来ない下品な図案がそこには記されていた。
「んでねー、背中側はねー、裏口になって――」
 相変わらずへらへらと笑って踵を返し背中の図案を見せるタカコ、敦賀はその彼女の後頭部に遠慮無く全力で掌を叩き込み、早朝の海兵隊営舎の廊下に気持ちの良い音が響き渡る。
「ってぇなぁ!何すんだこの馬鹿!」
「……何するんだだと……?てめぇ、マジで女か、こんな下品なもん喜んで着やがって……女ってのはもっと慎みを――」
「うっわ、うっざ!女だから男だからとかマジでうざ――」
「……いいから……とっとと着替えて来やがれこのド屑が!」
 今度響き渡ったのは敦賀にしては珍しい一喝、どうやら本気で嫌がり怒っているようだと感じ取ったタカコは渋々ながらも部屋に戻り、私物の中から無難なオリーブ色のシャツに着替え、今度こそ二人揃って営舎を出た。
「十五km走る、ついて来い」
「か弱い女性を気遣って調子を合わせるとか夫々の配分で走ろうと提案するとかそういう優しさは……無いよな、うん」
「何か言ったか?」
「いえ何も。はいはい、行きましょうかね」
 開始前の柔軟の後、タカコの返事を待たずに敦賀はいつもの経路を走り出す。速度も別段落とすつもりも無く、或る程度タカコが遅れたら多少は待ってやるかと考えていたが、どれだけ走っても直ぐ後ろで聞こえるタカコの息遣いと足音が遠ざかる事は無く、曲がり角で曲がり序でに後ろを振り返ってみれば、多少息は上がりつつも平気な顔をしてぴったりと追尾して来るタカコと目が合った。
「……平気なのか」
「馬鹿にしてんのかてめぇ、私だって身体が資本の仕事してんだ、毎日の鍛錬は欠かしてなかったよ。もっとも、一ヶ月半もさぼってたから大分きついがな……あ、足の長さが違うから一人で走るよりはきついか」
「……てめぇ、本当に女か」
「女だよ、か弱い女性だよ失礼な奴だな。まぁお前みたいなでけぇ男束ねてその頭張ってたから、そいつ等と渡り合える程度の技量は身につけてるつもりだが」
「そうか、なら加減は要らねぇな」
 途端に今迄通りの速度で走り出す敦賀、タカコはそれを見て
「……いや、そこは普通速度緩めるだろ、常識的に考えて……」
 と呆れを含んでそう零しはしたものの、それから先も遅れる事無く全行程を走り切った。
 その後は走破後の柔軟を経て、いつもの時間にいつもの朝食、昼前に定例の会議が有る以外は特に予定も無く、いつもの様に敦賀は木刀を片手に道場へと足を踏み入れる。普段と違うのは、木刀の数。
「先任!お早う御座います!」
「お早う御座います!」
「構うな、各々続けろ」
 方々から掛けられる挨拶、姿勢を正し敦賀へと正対して挨拶をする隊員達を言葉だけで制し道場の一角へと進み出た敦賀、手にしていた木刀の一本を後をついて来たタカコに投げて渡し、
「構えを教える前にてめぇのやり易い様に動いてみろ、俺を殺す気で掛かって来い」
 と、目の前の彼女に向かってそう声を掛ける。
「……良いのか?」
「……あ?舐めてんのかてめぇ、良いからさっさと――」
 言葉を吐き出し終える前に、二mは離れていたタカコの顔が目の前に来ていた。
 ほぼ真下から空気の動きを感じて僅かに顎を上げれば、それを掠り上へと突き抜けて行く木刀の鋒、体勢を立て直そうと半歩引けば、それ以上の強さと勢いで腹に肘を入れられ、敦賀の身体は体勢を何とか維持しつつも大きく後方へと弾き飛ばされた。
「……何、だ、今のは……」
 突然のタカコの動きに道場中の空気が一気に凍った、やや有ってから方々で生じ始めるざわめき、そんな中、敦賀は腹に加えられたそれよりも大きな衝撃を彼女の双眸から感じ取っていた。
 初めて見た時の強いものではなく、普段彼女が見せる悪戯っぽいものでもなく、そこに有ったのは氷の様に冷たい獰猛さと、そして純粋な殺意。
「……『私の殺り易い様に』……そう言ったよな?私は活骸との戦闘経験も豊富だが、専門は対人制圧だ……分かるか?自分やお前と同じ人間を殺すのが私の仕事だよ。それと、こんな長物は普段は使わない、刃渡り三十cmのナイフが一番得意な得物なんだ」
 普段の温かみ等欠片も無い視線と同じ様に冷たい声音、けれど、それは何故か何処か楽しそうで、言い知れぬ不気味さを以てしてその場に居合わせた大和海兵隊の面々の心へと入り込んで来た。
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