大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第12章『筋肉』

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第12章『筋肉』

 タカコが対馬区へ出撃する為の準備として敦賀について海兵隊式剣術の鍛錬を始めてから半年程の月日が経過した。
 季節は春、桜の蕾が綻び始めた或る日の昼下がり、大和海兵隊の道場では日常となりつつある光景が繰り広げられていた。
 硬く締まった木材同士がぶつかり合う高い音、それなりの重量の有る物体が道場の床へとぶつかる振動が続いて道場内に響き渡る。
「もう少し踏ん張り利かねぇのかてめぇは、何時になったら俺の相手が不足無く務まる様になるってんだ?あ?」
「いやちょっと待って、私が戦う相手は活骸であってお前じゃないから、色々とおかしいからそれ」
 弾き飛ばされたのはタカコの身体と持っていた木刀、敦賀の手加減無しの一閃を何とか捌こうとしたものの体格差と体重差は如何ともし難く、あっさりと薙ぎ払われて道場の床へと倒れ込んだ。休憩だ、そう言ってさっさと壁際へと下がる敦賀、その彼の背に若干恨みがましい視線をぶつけつつ、タカコも木刀を手に立ち上がり彼の後をついて歩き出す。
 鍛錬を始めてから半年、優位に立てたのは最初の不意打ちだけ。その後は持ち方構え方等の基礎の基礎から徹底的に叩き込まれ、少しでも我流に走ろうとすれば即座に手厳しい指導を受けてそれを正された。
 敦賀曰く、
「基礎を習得せずに我流でやろうとするな屑、百年早ぇ。オラ、最初からもういっぺん通してやってみろ」
 との事で、海兵隊式の剣術の規範から外れる事を一切許さない指導がずっと続いている。
 尤も、タカコ自身も武術や格闘術に於いて基本基礎が何よりも大事であり、そこを習得せずに大成する等不可能であるという事は理解しているから、その辺りの事について文句を言うつもりは無い。
 何が不服なのかと言えば、敦賀の基準が当初の目的からずれているという事に他ならない。確か自分は活骸と戦うに足るレベルに達する為に海兵隊式の剣術の鍛錬を積み始めた筈なのだが、最近彼が言うのは
「まだまだだな、いつになったら俺の相手に足る様になるんだてめぇは」
 という事ばかり。いやちょっと待て、本末転倒という言葉を知っているか、目的と手段が入れ替わってはいないか。そう突っ込みたいのは山々なのだが、強くなるという結果が同じなら問題は無いし、余りにも掛け離れる様であれば高根の方から執り成しが入るだろう、そう思いつつ静観しているのが現状だ。
 と、壁際に腰を下ろして汗を拭きつつ水を飲めば、同じ様にして横にいた敦賀がこちらをじっと見下ろしているのに気が付いて、その彼を見上げながらタカコは口を開く。
「……?何だよ?」
「……お前、ちょっと脱いでみろ」
 その言葉に、タカコの表情と動きが固まった意味に、敦賀自身は全く気が付いていなかった。直後流石に脱げは拙いとかと思い直し
「……いや、語弊が有るな、ちょっと確かめたい事が有る」
 とそう付け足し、前触れも無くタカコの身体へと手を伸ばす。初めに掴んだのは二の腕、そこを数度軽く掴み数度撫で上げて次は肩と背中に手を伸ばす。近付くお互いの顔、身体、突然の敦賀の動きに暫し呆然としていたタカコだったが、頬に掛かった彼の息と間近に感じた体温に漸く動きを取り戻し、拘束から逃れようともがき出した。
「おま!ふざけんな!何やってんだよ!離せって!」
「うるせぇ、じっとしてろ、痛い目見てぇか馬鹿女」
 身長差は三十cm、その上男女差も有っては敦賀はタカコにとっては力技で押し退けるには少々厳しい相手なのか、敦賀はタカコの抵抗をいとも容易く封じ込め、道場の床に押し倒し腹と脚を触り、その後は身体を裏返して俯せにさせて背中と尻へと手を伸ばした。
「わーっ!変態先任に襲われるぅぅぅ!ちょっと!誰か助けろ!!」
 周囲としては状況が状況なだけにタカコを助けてやりたいのは山々なのだが、何せ相手は鬼の海兵隊最先任上級曹長、中隊長級の士官ですら時には下手に出る人間相手に物申す度胸の持ち主はその場にはおらず、誰も止めに入らなかった事はタカコにとっては大きな不幸だった。
 どれだけ暴れても怒鳴りつけても敦賀は動じずタカコを離す事は無く、彼女が解放されたのは、敦賀が気が済んだのか彼女の上から完全に身体を退かしてから。
「おまっ、お前マジふざけんな!こんなところで盛るとか何考えてんだこのケダモノ!」
「あぁ?誰がてめぇみてぇな下品な馬鹿女に盛るってんだよ、ちょっと確かめたい事が有っただけだ……おい、ヒロ!」
「何だ?何か用か?」
「この馬鹿女に一本付き合ってみてくれ、ちょっと確かめてぇ事が有る」
「俺は別に構わんが……」
「という事だ、オラ、行って来い」
 タカコの抗議を軽く受け流した敦賀が声を掛けたのは丁度道場へと姿を現した三宅、その彼の返事を受け、敦賀はタカコへといつもの調子で命令を出す。
「は?何で」
「良いから行け」
 反論なぞ聞く気も無いのかタカコを見ようともしない敦賀、タカコはそんな彼の様子に溜息を吐き、諦めた様に頭を掻きつつ木刀を手に立ち上がる。
「何かよく分からんが災難の様だな」
「全くだ」
 そんな遣り取りを交わしつつ三宅と正対し、鋒をお互いに向けて構えを取る。そして、
「――始め!」
 他の隊員のその言葉と共に、三宅へと向かって大きく踏み込んだ。

「敦賀、おめぇ道場でタカコ押し倒したって?」
「……違ぇ、筋肉の付き方を確かめたかっただけだ」
 道場での騒動から二時間程後、場所は海兵隊総司令執務室。書類に目を通していた高根の下に敦賀がやって来てデスクの前に立つ。その彼に向かって耳に入っていた騒動を口にすれば、返って来たのは実に不機嫌そうな声音だった。
「……筋肉の?どういう事だ?」
 声音ではなく言葉に疑問を感じて書類から視線を上げれば、敦賀はそれを受けて淡々と話し出す。
「……最初から今迄、体格に全く変化が無かったんだ、だから、腕が多少上がっても前線に出るには全く及ばねぇと思ってた。それが今日どうも気になって触ってみたら、要求される水準かそれ以上の筋力はもうしっかりと付いてた。恐らくは、大和に来る前から身体自体は完全に出来上がってたんだろうよ。試しにヒロと一本やらせてみたらしっかりと獲りやがったあの馬鹿女」
「そうか、それなら何で俺に報告を上げなかった。昨日今日で達したわけじゃねぇだろう、今日三宅から一本獲れたってならもうとうに対馬区に出せる水準に達してたんじゃねぇのか?」
 尤もな高根の言葉、敦賀はそれに一瞬押し黙り、何ともばつの悪そうな面持ちで口を開いた。
「……正直鍛えるのに注力し過ぎて目的を忘れてた、俺から一本取れない内はまだまだだと思ってたが、相手が俺じゃねぇのをさっき思い出した」
 その言葉に高根は思わず吹き出した。いつも寡黙で冷静な敦賀、その彼が目的を忘れる程に彼女を鍛える事に没頭していたとはと声を放って笑い、一頻り笑った後で眦に浮かんだ涙を拭きつつ、司令として部下である敦賀に問い掛ける。
「……それで?タカコを対馬区に出せるかどうか、お前の判断を聞こう」
「……問題無い、対馬区に出撃させても充分な働きが期待出来る」
 出会いから七ヶ月半、鍛錬を始めてから半年。
 漸く、タカコの待ちわびていた『その時』がやって来た。
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