大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
14 / 101

第13章『明と暗』

しおりを挟む
第13章『明と暗』

 対馬区へと調査に出るその日の朝、タカコは随分と早く目を覚ました。カーテンを開けて見れば外はまだ薄暗く、こんなに早く目が覚めなくても良かったのにと自分への愚痴を口にして着ていたシャツを脱いで寝台の上へと放り投げる。
「タカコ、起きてるー?」
 と、扉が叩かれる事も無く開かれ、言葉と同時に人が入って来る。
「……誠ちゃん、私着替えてるんだけど。扉叩こうよ」
 入って来たのは大和海兵隊前線部隊調査研究班の隊員である福井誠、ここにやって来た直後から何くれとなく世話を焼いてくれ、今では良き友人だ。
「あはは、ごめんごめん、眠れなかったんじゃないかなと思ってさ」
「いやー、寝られたよ?この通り随分早く起きちゃったけど」
「初めてだもんね、後で朝ご飯一緒に食べない?」
「いいよー、じゃあ身支度整えて食堂でね」
 どうせあの活骸が恋人の変人は殆ど眠らずに妄想していたか何かの検証をしていたかなのだろう、いつもながら熱心な事だとタカコは小さく笑い着替えを続けた。
 後数時間で対馬区に出る、あの日保護されて博多へと入ってからこちら、初めての対馬区。
 やる事が多いのか気が昂ぶるのかその両方か、早いと感じた時間にも関わらず、部屋の外には人の気配と物音が増えて来た、多少は急いだ方が良いかと手早く戦闘服を来て部屋を出ようとした時、扉へと向かいかけていたタカコの歩みが突然止まり、そして踵を返す。
「……一緒に、行こうか」
 その言葉と共にタカコの手に取られたのは布の袋、あの日死んだ部下達の認識票が大切に仕舞われているそれだった。
 一度全て寝台脇の棚の上に出し、それを一つ一つ優しく指先で撫でながらその中の一つだけを手に取り、掌の上に乗せて再び指先で撫でる。無機質で冷たい金属の感触、あの日あの瞬間迄は確かに熱を持った存在だったのに、今はもうその熱を感じる事も出来ず、その存在の痕跡をただこうして撫でるだけ。
「……行こう、一緒に。そして、一緒に帰って来よう」
 何度も互いに掛け合った言葉を今は一人呟いて認識票を握り締め、残りは袋の中に戻して棚の引き出しへと仕舞い、今度こそ部屋を出ようと再び踵を返せば、そこには先程の福井とは別の人物が静かに立っていた。
「おや、おはよう」
 タカコはその人物、敦賀へといつもの調子で声を掛ける、扉の枠に凭れて立つ敦賀はそれには答えず、手にした認識票を顎でクイ、と指し示した。
「……何が起こるか分からん、失くすぞそれ」
「ああ、認識票?」
「遺族に返すんじゃないのか?置いて行け」
「良いんだよこれは、これだけは」
「……どういう意味だ?身寄りが無いのか?」
「いや?いるよ?」
 その言葉に僅かに眉根を寄せる敦賀には委細構わず、タカコは手にしていた認識票を首から提げ、既に提げている自分の認識票と合わせて大事そうに襟元から服の中へと仕舞い込む。
「私が遺族なんだ、だからこれで良いんだ」
 そう言って認識票を服の上からそっと撫で、いつもと変わらない笑顔で言葉を続けた。
「これ、私の旦那」
「……結婚してたのか」
「そう、人妻よ人妻」
「ちょっと待て、その旦那の認識票が有るって事は」
 その先は続けられなかった、指し示す事は一つしか無く、それを言ってしまっても良いのか、流石に躊躇した。しかし、それに被せる様にして発せられたタカコの言葉は敦賀の想定をあっさりと飛び越える。

「あの日、死んだんだ。ちょっと違うな、墜落直後には生きてたけど手の施し様が無かったんだ、だから、私が殺した」

 突然明かされた事実のその重たさに敦賀の双眸が僅かに見開かれる。タカコの口調は余りにも普段通り過ぎて、何故そう明るく言えるのかと思った瞬間、彼女の双眸に湛えられた何とも言い様の無い暗い色に気が付いた。
 憤怒、悲しみ、絶望、彼女が普段振り撒く明るさとは正反対のそれに、敦賀は開きかけていた唇を引き結び、そして、
「……そうか。さっさとメシ済ませるぞ、行くぞ」
 と、それだけ言って扉の枠から身体を離して歩き出す。
「え、それを態々言いに来たのか?」
「お前はすっかり忘れてるようだがな、お前は捕虜、俺はその監視役だ」
「しつこいねーお前も。まあ良いけどさ、あ、誠ちゃんが一緒にご飯食べようって」
「……チッ、うるせぇのが二人かよ……」
「うっわ、ひっで」
 あの暗い色は見なかった事にするのが良いのだろう、少なくとも彼女はそれを晒される事を望んではいないのだろうから。
 いつも明るくおどけて振る舞い開放的なようでいて、実際は強固な防壁を作りその中には人を立ち入らせる事を厳として拒むのだろう、大和人が活骸から身を守る為に強固な防壁を築いた様に。その中に立ち入る事が出来るのは彼女が本当に心を許した人間だけ、タカコが自ら殺したという夫がきっとそうだったのだろう。
 保護して以来高根を始めとする海兵隊員に求められる事しか話して来なかったタカコ、その彼女が自発的に話した最初の事があんなにも個人的であんなにも重い事だったのは随分と皮肉で非情な話だ、敦賀はそんな風にうっすらと思いつつ、いつも通りの笑みを浮かべるタカコの横顔をそっと盗み見た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【短編】記憶を失っていても

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
 7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。  そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。  これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。 ※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...