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第13章『明と暗』
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第13章『明と暗』
対馬区へと調査に出るその日の朝、タカコは随分と早く目を覚ました。カーテンを開けて見れば外はまだ薄暗く、こんなに早く目が覚めなくても良かったのにと自分への愚痴を口にして着ていたシャツを脱いで寝台の上へと放り投げる。
「タカコ、起きてるー?」
と、扉が叩かれる事も無く開かれ、言葉と同時に人が入って来る。
「……誠ちゃん、私着替えてるんだけど。扉叩こうよ」
入って来たのは大和海兵隊前線部隊調査研究班の隊員である福井誠、ここにやって来た直後から何くれとなく世話を焼いてくれ、今では良き友人だ。
「あはは、ごめんごめん、眠れなかったんじゃないかなと思ってさ」
「いやー、寝られたよ?この通り随分早く起きちゃったけど」
「初めてだもんね、後で朝ご飯一緒に食べない?」
「いいよー、じゃあ身支度整えて食堂でね」
どうせあの活骸が恋人の変人は殆ど眠らずに妄想していたか何かの検証をしていたかなのだろう、いつもながら熱心な事だとタカコは小さく笑い着替えを続けた。
後数時間で対馬区に出る、あの日保護されて博多へと入ってからこちら、初めての対馬区。
やる事が多いのか気が昂ぶるのかその両方か、早いと感じた時間にも関わらず、部屋の外には人の気配と物音が増えて来た、多少は急いだ方が良いかと手早く戦闘服を来て部屋を出ようとした時、扉へと向かいかけていたタカコの歩みが突然止まり、そして踵を返す。
「……一緒に、行こうか」
その言葉と共にタカコの手に取られたのは布の袋、あの日死んだ部下達の認識票が大切に仕舞われているそれだった。
一度全て寝台脇の棚の上に出し、それを一つ一つ優しく指先で撫でながらその中の一つだけを手に取り、掌の上に乗せて再び指先で撫でる。無機質で冷たい金属の感触、あの日あの瞬間迄は確かに熱を持った存在だったのに、今はもうその熱を感じる事も出来ず、その存在の痕跡をただこうして撫でるだけ。
「……行こう、一緒に。そして、一緒に帰って来よう」
何度も互いに掛け合った言葉を今は一人呟いて認識票を握り締め、残りは袋の中に戻して棚の引き出しへと仕舞い、今度こそ部屋を出ようと再び踵を返せば、そこには先程の福井とは別の人物が静かに立っていた。
「おや、おはよう」
タカコはその人物、敦賀へといつもの調子で声を掛ける、扉の枠に凭れて立つ敦賀はそれには答えず、手にした認識票を顎でクイ、と指し示した。
「……何が起こるか分からん、失くすぞそれ」
「ああ、認識票?」
「遺族に返すんじゃないのか?置いて行け」
「良いんだよこれは、これだけは」
「……どういう意味だ?身寄りが無いのか?」
「いや?いるよ?」
その言葉に僅かに眉根を寄せる敦賀には委細構わず、タカコは手にしていた認識票を首から提げ、既に提げている自分の認識票と合わせて大事そうに襟元から服の中へと仕舞い込む。
「私が遺族なんだ、だからこれで良いんだ」
そう言って認識票を服の上からそっと撫で、いつもと変わらない笑顔で言葉を続けた。
「これ、私の旦那」
「……結婚してたのか」
「そう、人妻よ人妻」
「ちょっと待て、その旦那の認識票が有るって事は」
その先は続けられなかった、指し示す事は一つしか無く、それを言ってしまっても良いのか、流石に躊躇した。しかし、それに被せる様にして発せられたタカコの言葉は敦賀の想定をあっさりと飛び越える。
「あの日、死んだんだ。ちょっと違うな、墜落直後には生きてたけど手の施し様が無かったんだ、だから、私が殺した」
突然明かされた事実のその重たさに敦賀の双眸が僅かに見開かれる。タカコの口調は余りにも普段通り過ぎて、何故そう明るく言えるのかと思った瞬間、彼女の双眸に湛えられた何とも言い様の無い暗い色に気が付いた。
憤怒、悲しみ、絶望、彼女が普段振り撒く明るさとは正反対のそれに、敦賀は開きかけていた唇を引き結び、そして、
「……そうか。さっさとメシ済ませるぞ、行くぞ」
と、それだけ言って扉の枠から身体を離して歩き出す。
「え、それを態々言いに来たのか?」
「お前はすっかり忘れてるようだがな、お前は捕虜、俺はその監視役だ」
「しつこいねーお前も。まあ良いけどさ、あ、誠ちゃんが一緒にご飯食べようって」
「……チッ、うるせぇのが二人かよ……」
「うっわ、ひっで」
あの暗い色は見なかった事にするのが良いのだろう、少なくとも彼女はそれを晒される事を望んではいないのだろうから。
いつも明るくおどけて振る舞い開放的なようでいて、実際は強固な防壁を作りその中には人を立ち入らせる事を厳として拒むのだろう、大和人が活骸から身を守る為に強固な防壁を築いた様に。その中に立ち入る事が出来るのは彼女が本当に心を許した人間だけ、タカコが自ら殺したという夫がきっとそうだったのだろう。
保護して以来高根を始めとする海兵隊員に求められる事しか話して来なかったタカコ、その彼女が自発的に話した最初の事があんなにも個人的であんなにも重い事だったのは随分と皮肉で非情な話だ、敦賀はそんな風にうっすらと思いつつ、いつも通りの笑みを浮かべるタカコの横顔をそっと盗み見た。
対馬区へと調査に出るその日の朝、タカコは随分と早く目を覚ました。カーテンを開けて見れば外はまだ薄暗く、こんなに早く目が覚めなくても良かったのにと自分への愚痴を口にして着ていたシャツを脱いで寝台の上へと放り投げる。
「タカコ、起きてるー?」
と、扉が叩かれる事も無く開かれ、言葉と同時に人が入って来る。
「……誠ちゃん、私着替えてるんだけど。扉叩こうよ」
入って来たのは大和海兵隊前線部隊調査研究班の隊員である福井誠、ここにやって来た直後から何くれとなく世話を焼いてくれ、今では良き友人だ。
「あはは、ごめんごめん、眠れなかったんじゃないかなと思ってさ」
「いやー、寝られたよ?この通り随分早く起きちゃったけど」
「初めてだもんね、後で朝ご飯一緒に食べない?」
「いいよー、じゃあ身支度整えて食堂でね」
どうせあの活骸が恋人の変人は殆ど眠らずに妄想していたか何かの検証をしていたかなのだろう、いつもながら熱心な事だとタカコは小さく笑い着替えを続けた。
後数時間で対馬区に出る、あの日保護されて博多へと入ってからこちら、初めての対馬区。
やる事が多いのか気が昂ぶるのかその両方か、早いと感じた時間にも関わらず、部屋の外には人の気配と物音が増えて来た、多少は急いだ方が良いかと手早く戦闘服を来て部屋を出ようとした時、扉へと向かいかけていたタカコの歩みが突然止まり、そして踵を返す。
「……一緒に、行こうか」
その言葉と共にタカコの手に取られたのは布の袋、あの日死んだ部下達の認識票が大切に仕舞われているそれだった。
一度全て寝台脇の棚の上に出し、それを一つ一つ優しく指先で撫でながらその中の一つだけを手に取り、掌の上に乗せて再び指先で撫でる。無機質で冷たい金属の感触、あの日あの瞬間迄は確かに熱を持った存在だったのに、今はもうその熱を感じる事も出来ず、その存在の痕跡をただこうして撫でるだけ。
「……行こう、一緒に。そして、一緒に帰って来よう」
何度も互いに掛け合った言葉を今は一人呟いて認識票を握り締め、残りは袋の中に戻して棚の引き出しへと仕舞い、今度こそ部屋を出ようと再び踵を返せば、そこには先程の福井とは別の人物が静かに立っていた。
「おや、おはよう」
タカコはその人物、敦賀へといつもの調子で声を掛ける、扉の枠に凭れて立つ敦賀はそれには答えず、手にした認識票を顎でクイ、と指し示した。
「……何が起こるか分からん、失くすぞそれ」
「ああ、認識票?」
「遺族に返すんじゃないのか?置いて行け」
「良いんだよこれは、これだけは」
「……どういう意味だ?身寄りが無いのか?」
「いや?いるよ?」
その言葉に僅かに眉根を寄せる敦賀には委細構わず、タカコは手にしていた認識票を首から提げ、既に提げている自分の認識票と合わせて大事そうに襟元から服の中へと仕舞い込む。
「私が遺族なんだ、だからこれで良いんだ」
そう言って認識票を服の上からそっと撫で、いつもと変わらない笑顔で言葉を続けた。
「これ、私の旦那」
「……結婚してたのか」
「そう、人妻よ人妻」
「ちょっと待て、その旦那の認識票が有るって事は」
その先は続けられなかった、指し示す事は一つしか無く、それを言ってしまっても良いのか、流石に躊躇した。しかし、それに被せる様にして発せられたタカコの言葉は敦賀の想定をあっさりと飛び越える。
「あの日、死んだんだ。ちょっと違うな、墜落直後には生きてたけど手の施し様が無かったんだ、だから、私が殺した」
突然明かされた事実のその重たさに敦賀の双眸が僅かに見開かれる。タカコの口調は余りにも普段通り過ぎて、何故そう明るく言えるのかと思った瞬間、彼女の双眸に湛えられた何とも言い様の無い暗い色に気が付いた。
憤怒、悲しみ、絶望、彼女が普段振り撒く明るさとは正反対のそれに、敦賀は開きかけていた唇を引き結び、そして、
「……そうか。さっさとメシ済ませるぞ、行くぞ」
と、それだけ言って扉の枠から身体を離して歩き出す。
「え、それを態々言いに来たのか?」
「お前はすっかり忘れてるようだがな、お前は捕虜、俺はその監視役だ」
「しつこいねーお前も。まあ良いけどさ、あ、誠ちゃんが一緒にご飯食べようって」
「……チッ、うるせぇのが二人かよ……」
「うっわ、ひっで」
あの暗い色は見なかった事にするのが良いのだろう、少なくとも彼女はそれを晒される事を望んではいないのだろうから。
いつも明るくおどけて振る舞い開放的なようでいて、実際は強固な防壁を作りその中には人を立ち入らせる事を厳として拒むのだろう、大和人が活骸から身を守る為に強固な防壁を築いた様に。その中に立ち入る事が出来るのは彼女が本当に心を許した人間だけ、タカコが自ら殺したという夫がきっとそうだったのだろう。
保護して以来高根を始めとする海兵隊員に求められる事しか話して来なかったタカコ、その彼女が自発的に話した最初の事があんなにも個人的であんなにも重い事だったのは随分と皮肉で非情な話だ、敦賀はそんな風にうっすらと思いつつ、いつも通りの笑みを浮かべるタカコの横顔をそっと盗み見た。
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