大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第14章『対馬区』

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第14章『対馬区』

 三月の末の風が肌を撫でる。海岸線から五km程内陸を北へ進んでいる筈なのに、建造物が何も無い所為で潮気は失われないままの海風がトラックの荷台を吹き抜け、肌も髪もベタつくのが若干鬱陶しい、タカコはそんな事を考えつつ長い髪を三つ編みにして戦闘服の襟元から中へと仕舞い込んだ。
 ここはユーラシア大陸と旧日本列島を結ぶ回廊地帯、通称『対馬区』。嘗ては日本海と呼ばれていたここは古の天変地異により海底が隆起し、旧朝鮮半島と日本列島を繋ぐ回廊地帯となった。
 現在では九州の佐賀から福岡の北部の海岸線の大半は消滅し、そこから北は対馬区へと続く道となっている。その先に広がるのは森と荒れた大地の広がる回廊地帯、それを二百km程北西へと進めば、ユーラシア大陸の盲腸と揶揄された朝鮮半島へと続いている、らしい。
 『らしい』と言うのは、今この世にいる大和人はそこを誰も見た事が無いから。天変地異の後には朝鮮半島から朝鮮人が対馬区を通って日本列島へと押し寄せ、その後からは活骸が襲い来て、それきり大陸の様子を窺い知る事は出来ず、天変地異の前を知る人間が死に絶えた後は本当に何も分からなくなったと、この大和の歴史書には記されていた。
 活骸――、強い生命力を持つ、辛うじて人間との共通点を外見に見つける事の出来る異形の化け物。知性は認められず、人間の肉であれば生きていても死んでいても構わずに貪り食う、人間にとってはまさに恐怖と憎しみの対象。一時期は九州に迄入り込まれ、朝鮮人との激しい紛争を繰り広げていた大和人の多くが殺されたらしい。それを何とか少しずつ少しずつ押し返し、遂には対馬区へと押し戻し、今尚その防衛戦を僅かずつでも大陸側へと押し遣り続けているのが、今タカコが身を寄せている大和海兵隊だった。
 大和勃興の黎明期から存在する海兵隊、その歴史は陸軍と沿岸警備隊を合わせた大和三軍の中で最も古く、規模は最小ながらも大きな発言権を持っていると聞いている。ただ、戦死率が異様に高く、入隊後十年の生存率は僅かに五分。その所為で頂点の地位も人気が無いから自分の様な人間が総司令の立場にいられる、高根はタカコに向かってそう言って笑っていた。
 大昔の海軍の流れを汲んでいると、大和海兵隊の事をそう説明された。大和の前身である日本は周囲全てを海に囲まれ古来より海洋国家であり、嘗て大海に進み国を守った旧海軍の戦艦群は本当の意味での守護者だったのだと。そして今、大和の守護者たる矜持を持つ大和海兵隊、その彼等が頼りとする太刀には名が与えられており、その全てが旧海軍の戦艦からとられたものなのだと。
 太刀を頼りに未来を切り開こうと挑み続ける彼等、侍と呼び賞賛するに値するな、抜ける様に青い空と荒れた大地を眺めながらタカコはそんな事を考えた。
「おい馬鹿女、もう直ぐ戦端が開かれるぞ。その先頼れるのは自分の腕とその村正だけだ。ぼけーっと阿呆面晒してんじゃねぇ、気ぃ引き締めろ」
 トラックのあおりに背を預けて遠くを見ていたタカコ、その隣に座っていた敦賀は彼女の様子を気を抜いていると勘違いしたのか幾分険の有る言葉をぶつけて来る。風の音に邪魔されつつも内容を把握したタカコは、彼の方を見てにっこりと笑い、
「お前等のご先祖様の事考えてたんだよ!太刀だけで防衛戦押し戻してすげぇなって!お前等もすげぇけど!」
 と、少し大きめの声でそう言った。
 大和海兵隊は今尚戦う事を止めず、防衛戦を少しでも本土から遠ざける為に戦い続けている。今日の出撃はそれを更に一歩大陸側へと押し遣る為の戦い、前線部隊が活骸の群れと戦い、その彼等に守られ工兵部隊が防壁の基礎を築く。それを繰り返し回廊地帯を横断する防壁を築き、過去に築いた防壁と新たな防壁の間に取り残された活骸を全て殺し、先へと進む。気が遠くなる程の長い年月繰り返されて来た、僅かでも地道でも確実な一歩。
 ほぼ五km毎に築かれた防壁、その四つ目を先程通り過ぎた。もう直ぐ到達する五つ目の防壁の門を抜ければ、その先に有るのは建設途中の防壁と蠢く無数の活骸、その遥か先には今となっては未知となってしまったユーラシア大陸。
「先任!もう直ぐ第五防壁到達します!門を抜ける迄後一分!」
 トラックの助手席から荷台の敦賀へと声が掛かる、彼はそれを受け、
「総員、抜刀!」
 と短く声を上げる。その声を聞いた瞬間、タカコの全身を馴染み深い感覚が走り抜ける。
『帰って来た』
 そう思った。平穏な日々ではなく、呼吸するよりも簡単な行為に塗れた場所へ。対馬区という場所で太刀で戦う事は初めてでも、そんな事ではなくもっと根源的なものが、懐かしいものが自分を待っている。
 無言のまま鞘から村正を抜く。抜く時も構えた時も鍔鳴りの音はせず、良い按配だと小さく笑った。
「おい、何笑ってやがる、気は確かか」
「当然。ちゃんとお手入れが出来てたから構えても鍔鳴りがしなかった、だからちょっと良い気分」
「……どうにも大和人臭ぇな、てめぇが言う事はよ」
「そりゃ大和人と共通のご先祖様持ってるわけだし」
「……そうかよ……手間掛けさせんじゃねぇぞ」
「……了解、先任」
「第五防壁到達!このまま門を抜けます!」
 先程よりも更に緊迫感を増した声が前方から聞こえて来る。いよいよ始まる、タカコはそう思いつつ村正を握る手に力を込めた。
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