大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
16 / 101

第15章『桜舞い散る』

しおりを挟む
第15章『桜舞い散る』

(これが……旧日本海回廊地帯、対馬区……!)
 第五防壁の門を抜ければ、その先は未だ人類が主権を取り戻せていない地帯。
「俺達の担当は第六防壁の先だ!横転に注意して突っ走れ!」
「了解です!速度上げます、しっかり掴まってて下さい!」
 敦賀と運転手のそんな遣り取りを、タカコは何処か遠くで聞いていた。荷台の外を見ればそこには既に活骸の姿がちらほらと見受けられる、己の力以外には頼るものの無い場所へ戻って来た、それを実感し、思わず身体がぶるりと大きく震えた。
 敦賀は隊員に指示を出し前方の様子を見つつタカコへも目を遣る、視線の先の彼女の身体が大きく震えたのが見て取れ、続いて見開かれた双眸と口元に浮かんだ笑みを目にして、武者震いとはと妙な感心を覚える。
 恐怖に竦む様子は全く無く、寧ろ直ぐにでも飛び出したくてうずうずしている様だ。やはり場慣れしているのは本当らしいと思い、それでもあまり逸るなと彼女の頭に手を伸ばした。
「……何だよ、敦賀」
「楽しみなのは分かった。だが少し落ち着け、あの化け物共は逃げやしねぇよ馬鹿女」
 言葉はいつも通り突慳貪、それでも頭に置かれて乱暴に撫でる掌の感触は妙に優しく、そんな事をされると思ってもみなかったタカコは、驚きの色を持った双眸で敦賀を見上げた。
「……何だその間抜けな面は」
「……いや、敦賀が妙に優しいとか、私今日死ぬのかなって」
「……今ここで俺に殺されるか活骸に食われるか選ばせてやる」
 そのまま上から頭を押さえつけられ、トラックの振動と相俟って奥歯がガチガチと鳴る。鬱陶しいと敦賀の手を振り払えばそのまま後頭部を軽く叩かれ、
「……とにかく、逸るな、死なれるのは困るんだよ」
 そう言われた。
「あら、先任様が私の心配してくれてる!何、愛されちゃって――」
「気が変わった、やっぱり死ね」
 茶々を入れれば予想通りの答えが返って来て、タカコはそれを見て小さく笑いながら視線を前へと向けた。刻々と迫りつつある建設途中の第六防壁、その向こう側が自分達の戦場だ。ほんの一、二分で辿り着いた第六防壁、その横を走り抜ければ、そこに広がっていたのは薄紅色の雪を降らせる沢山の木々。
「……さく、ら……」
 ちょうど散り際の頃合か、こんな場所でなければ腰を落ち着けて花見と洒落込むのにとほんの少し残念に思えば、響き渡ったのは敦賀の号令だった。
「突っ込むぞ!構えろ!」
 大和海兵隊の戦法は、トラックで活骸の群れに突っ込み荷台から飛び降りる勢いを利用して初撃を加え、着地した後は自分の力量頼みの綱渡り且つ消耗戦。経験は無いが実に面白い、タカコは口元を歪めて笑うとあおりへと片足を掛けて前方を覗き込む。迫り来る活骸の群れ、それに焦点を合わせてあおりに置いた足に体重を掛ければ、突然背後から肩を掴まれて後ろへと身体を引かれ、バランスを崩して足を荷台の床へと戻した。
「何だよ」
「もう少し待て、お前は俺と同時に降りろ、離れるな」
「何で」
「言っただろう、死なれるのは困るんだ、何か有れば俺が守――」
「――下がれ木偶の坊、この程度で守られる程ヤワじゃねぇよ」
 その言葉を言い終える前に敦賀の目の前からタカコの姿は消えていた。あおりに乗り、そこを蹴って視界から消えていく小さな身体、拙い、活骸の群れのど真ん中だ、内心焦った敦賀が
「あの馬鹿女!俺も降りる、後は各自――」
 そう声を張り上げてタカコの消えて行った方向へと自らも飛び降りようとした時、彼の視界いっぱいに広がったのは濁った赤、馴染み深い活骸の体液の色。
 何が、誰が、そう思いつつ身体を押し留め通り過ぎたそちらを見てみれば、そこに在ったのは、初めて目にする筈の、そして何故か見た事の有る光景だった。
 強い風が吹き桜の花弁が散りまるで雪の様に降る中、ひと振りの太刀を手にした女が一人。鋒が光を反射する度に活骸の首が次々に刎ね飛ばされ、小さな身体はみるみる内に汚れた赤に塗れて行く。けれどその姿はまるで舞う様で、桜吹雪と相俟って荘厳さすら感じさせる美しさを醸し出している。
 間断無く襲い掛かる活骸、その首が呆気無く、そして椿の花の様に次々とぼとりぼとりと落とされて行く様と荘厳さ、そのちぐはぐな、けれど美しい光景。それを目にしていた敦賀を始めとする海兵隊員達は、暫くの間動きを失っていた。
「総員展開!」
 最初に動きを取り戻したのは敦賀、隊員達に指示を飛ばし自らも荷台を飛び降りる。眼下の活骸の首を飛ばし大地を踏み締め、返す刀でもう一体刎ね飛ばした。そこから先はもう混戦模様、タカコの様子を注視する余裕は流石に無かったが、映像は脳裏に焼き付いたまま。
 本人は眦を決し口元には歪んだ笑みを浮かべて敵を斬り殺していた筈なのに、桜吹雪の中に見た剣舞、それを美しいと思った。
(……白拍子)
 歴史書の中で見た事が有る、古の世界で男装した遊女が帯刀して舞を披露するというもの、それを現代に復刻したものを上との付き合いで観に行った、敦賀はそれを思い出していた。
 日中の野外での舞、桜の花弁が舞い散る中帯刀し、白い着物と赤い袴を身に付けた女性が舞っていたそれと、先程目にしたタカコの姿は全くの別物である筈なのに、真っ先に浮かんだのは白拍子という言葉。
 表面上は襲い来る活骸の首をいつもの様に撥ね飛ばしながら、内心を支配していたのは先程のタカコの様子。
 ぞくり、と、何かが身体の内側を這い上がって来る感触を感じながら、敦賀はそれに気付かない振りをして武蔵を握る手に力を込めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

処理中です...