大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第15章『桜舞い散る』

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第15章『桜舞い散る』

(これが……旧日本海回廊地帯、対馬区……!)
 第五防壁の門を抜ければ、その先は未だ人類が主権を取り戻せていない地帯。
「俺達の担当は第六防壁の先だ!横転に注意して突っ走れ!」
「了解です!速度上げます、しっかり掴まってて下さい!」
 敦賀と運転手のそんな遣り取りを、タカコは何処か遠くで聞いていた。荷台の外を見ればそこには既に活骸の姿がちらほらと見受けられる、己の力以外には頼るものの無い場所へ戻って来た、それを実感し、思わず身体がぶるりと大きく震えた。
 敦賀は隊員に指示を出し前方の様子を見つつタカコへも目を遣る、視線の先の彼女の身体が大きく震えたのが見て取れ、続いて見開かれた双眸と口元に浮かんだ笑みを目にして、武者震いとはと妙な感心を覚える。
 恐怖に竦む様子は全く無く、寧ろ直ぐにでも飛び出したくてうずうずしている様だ。やはり場慣れしているのは本当らしいと思い、それでもあまり逸るなと彼女の頭に手を伸ばした。
「……何だよ、敦賀」
「楽しみなのは分かった。だが少し落ち着け、あの化け物共は逃げやしねぇよ馬鹿女」
 言葉はいつも通り突慳貪、それでも頭に置かれて乱暴に撫でる掌の感触は妙に優しく、そんな事をされると思ってもみなかったタカコは、驚きの色を持った双眸で敦賀を見上げた。
「……何だその間抜けな面は」
「……いや、敦賀が妙に優しいとか、私今日死ぬのかなって」
「……今ここで俺に殺されるか活骸に食われるか選ばせてやる」
 そのまま上から頭を押さえつけられ、トラックの振動と相俟って奥歯がガチガチと鳴る。鬱陶しいと敦賀の手を振り払えばそのまま後頭部を軽く叩かれ、
「……とにかく、逸るな、死なれるのは困るんだよ」
 そう言われた。
「あら、先任様が私の心配してくれてる!何、愛されちゃって――」
「気が変わった、やっぱり死ね」
 茶々を入れれば予想通りの答えが返って来て、タカコはそれを見て小さく笑いながら視線を前へと向けた。刻々と迫りつつある建設途中の第六防壁、その向こう側が自分達の戦場だ。ほんの一、二分で辿り着いた第六防壁、その横を走り抜ければ、そこに広がっていたのは薄紅色の雪を降らせる沢山の木々。
「……さく、ら……」
 ちょうど散り際の頃合か、こんな場所でなければ腰を落ち着けて花見と洒落込むのにとほんの少し残念に思えば、響き渡ったのは敦賀の号令だった。
「突っ込むぞ!構えろ!」
 大和海兵隊の戦法は、トラックで活骸の群れに突っ込み荷台から飛び降りる勢いを利用して初撃を加え、着地した後は自分の力量頼みの綱渡り且つ消耗戦。経験は無いが実に面白い、タカコは口元を歪めて笑うとあおりへと片足を掛けて前方を覗き込む。迫り来る活骸の群れ、それに焦点を合わせてあおりに置いた足に体重を掛ければ、突然背後から肩を掴まれて後ろへと身体を引かれ、バランスを崩して足を荷台の床へと戻した。
「何だよ」
「もう少し待て、お前は俺と同時に降りろ、離れるな」
「何で」
「言っただろう、死なれるのは困るんだ、何か有れば俺が守――」
「――下がれ木偶の坊、この程度で守られる程ヤワじゃねぇよ」
 その言葉を言い終える前に敦賀の目の前からタカコの姿は消えていた。あおりに乗り、そこを蹴って視界から消えていく小さな身体、拙い、活骸の群れのど真ん中だ、内心焦った敦賀が
「あの馬鹿女!俺も降りる、後は各自――」
 そう声を張り上げてタカコの消えて行った方向へと自らも飛び降りようとした時、彼の視界いっぱいに広がったのは濁った赤、馴染み深い活骸の体液の色。
 何が、誰が、そう思いつつ身体を押し留め通り過ぎたそちらを見てみれば、そこに在ったのは、初めて目にする筈の、そして何故か見た事の有る光景だった。
 強い風が吹き桜の花弁が散りまるで雪の様に降る中、ひと振りの太刀を手にした女が一人。鋒が光を反射する度に活骸の首が次々に刎ね飛ばされ、小さな身体はみるみる内に汚れた赤に塗れて行く。けれどその姿はまるで舞う様で、桜吹雪と相俟って荘厳さすら感じさせる美しさを醸し出している。
 間断無く襲い掛かる活骸、その首が呆気無く、そして椿の花の様に次々とぼとりぼとりと落とされて行く様と荘厳さ、そのちぐはぐな、けれど美しい光景。それを目にしていた敦賀を始めとする海兵隊員達は、暫くの間動きを失っていた。
「総員展開!」
 最初に動きを取り戻したのは敦賀、隊員達に指示を飛ばし自らも荷台を飛び降りる。眼下の活骸の首を飛ばし大地を踏み締め、返す刀でもう一体刎ね飛ばした。そこから先はもう混戦模様、タカコの様子を注視する余裕は流石に無かったが、映像は脳裏に焼き付いたまま。
 本人は眦を決し口元には歪んだ笑みを浮かべて敵を斬り殺していた筈なのに、桜吹雪の中に見た剣舞、それを美しいと思った。
(……白拍子)
 歴史書の中で見た事が有る、古の世界で男装した遊女が帯刀して舞を披露するというもの、それを現代に復刻したものを上との付き合いで観に行った、敦賀はそれを思い出していた。
 日中の野外での舞、桜の花弁が舞い散る中帯刀し、白い着物と赤い袴を身に付けた女性が舞っていたそれと、先程目にしたタカコの姿は全くの別物である筈なのに、真っ先に浮かんだのは白拍子という言葉。
 表面上は襲い来る活骸の首をいつもの様に撥ね飛ばしながら、内心を支配していたのは先程のタカコの様子。
 ぞくり、と、何かが身体の内側を這い上がって来る感触を感じながら、敦賀はそれに気付かない振りをして武蔵を握る手に力を込めた。
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