大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第16章『義憤と私憤』

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第16章『義憤と私憤』

「司令!資材トラック到着します!」
「おー、でもまだ第六防壁の向こう側が落ち着いてねぇな、もう少し待てー」
 第五防壁の門の前、建設資材と工兵部隊を積んだトラックが続々と到着し始める。五m程の高さの防壁、その上部に作られた監視台に上がって双眼鏡で第六防壁の方向を見詰める高根の目には、打ち上げられた信号弾、排除完了を知らせる黄色い軌跡と、前線への移動を知らせる橙色の軌跡が幾筋も映っていた。
 第六防壁手前迄に配備した小隊からは排除完了と移動開始の信号弾の打ち上げを確認したが、防壁の向こう、最深部へと突っ込んで行った敦賀率いる小隊からは未だに連絡が無い。一番の激戦区であれば手古摺るのもしょうがないかと頭を掻いた。
 どんな情報伝達の手段が有るのか、活骸を排除すればそれを追って排除した以上の活骸が大陸側からやって来る、その期間、平均して約一ヶ月。既に完成させた第五防壁にその波が到達すれば排除はまた一からやり直しになる、それを防ぐ為に出撃の間隔を同程度よりも若干短い程度に定めており、その成果が第六防壁建設の続行へと結び付いている。
「……さて、と……今回はあのじゃじゃ馬がどれ程の働きを見せてくれるかも見所の一つなわけだが……どうなるかね」
 敦賀と同じ小隊に配属して激戦区へと送り込んだ、手前の部隊に配属する事も考えたが、彼女はどうも跳ねっ返りが過ぎるきらいが有る、何か有った時に他の人間では制御しきれないだろう。かと言ってタカコと敦賀の二人を組み合わせて後方に下げる事も戦術上採用出来る案ではなく、結局は敦賀に
「絶対にタカコから目を離すな、常に傍に置け。あれを今失うわけにはいかねぇ、良いな?」
 と、そう言い含めて前線へと送り出す事になった。
 彼女の腕自体は心配はしていない、最強の名を持つ敦賀、自分に厳しい男だが他者を見る目も同じく厳しい、その彼が彼女は対馬区に出るに足る技量を身に付けたと言うのなら、それを疑う理由は何処にも欠片も無い。後は不慮の事故等が起きないのを祈るだけだ。
「……お、上がったな……開門しろ!整い次第第六防壁へと向けて前進開始!獲り漏らしが無いとも限らん、警戒は怠るな!」
 思案しつつ双眼鏡を覗き続ければ、やがて最前線の方向から上がった黄色の信号弾。今日は若干時間が掛かった、そんな事を考えつつ高根は地上のトラックの隊列へと声を放り、自らも監視台を降りて最前列にいたトラックの助手席へと腰を下ろした。
「前進!」
 総司令たる高根のその言葉に従いトラックの隊列は第六防壁へと向けて動き出す。所々に転がる仲間の遺体、その回収は安全が確認出来てから、今は未だ駄目だ、もう少しだけ待っていてくれ、高根は彼等に胸中でそう言葉を掛け視線を前方へと戻す。
 最前線にどれだけ犠牲が出たかも計算しないと正確ではないが、今回もやはりそれなりの数にはなっているだろう、損耗率は平均を下回る事は無さそうだ。
 やがて辿り着いた建設途中の第六防壁、トラックを降りて資材の配置や人員の展開の指示を出す高根の下に、最前線に突っ込んで行った敦賀の小隊のトラックが増援と交代して戻って来た。最前線に突っ込み一番激しい戦いを繰り広げる突撃班、活骸の数が一番多い地帯に突っ込む所為で戻って来た時には全員が活骸の体液に塗れ、それは今日も変わらず、荷台から降りて来た全員が薄汚れた暗い赤に全身を染めている。
 その中に、タカコの姿も在った。いつもよりも若干鋭い顔つきをしながらも笑顔を浮かべるタカコ、彼女のその様子に突撃班全員が生還した事を知り、僅かに安堵の息を吐いた高根は様子を聞こうとタカコに向かって歩き出す。
 と、それを止めたのは彼女の背後から歩み寄って来た敦賀の怒りに満ちた形相。何が有ったのかと訝しむ高根に気付きもせず、タカコの肩を掴み自らへと思い切り引き寄せ、それに気付いて振り返った彼女の頬へ一切の手加減無く右の掌を叩き込んだ。
 皮膚を打つ音が響き、勢いに負けたタカコの身体、その上半身が大きく揺れる。しかし地面に倒れ込むのは敦賀がそれを許さず、すかさず胸倉を掴み上げ半ば無理矢理に立たせる。そして、唇か口腔内を切ったのか口角から僅かに血を滲ませたタカコに向かって、空気が揺れる程の声量で怒鳴りつけた。
「立場を弁えろこの馬鹿女!替えの利かない身の上なのを忘れたか!そんなに死にてぇなら俺がこの場で殺してやる、刀を抜け!」
 三十cmの身長差で胸倉を掴み上げられ、爪先が僅かに地面を擦る程度に持ち上げられているタカコ、高根に背を向ける形になった所為で表情は窺い知れないが、敦賀の様子を見るとどうもただ事では無さそうだ。何にせよ海兵隊最先任が女に手を上げた挙句に恫喝とは示しが付かんな、高根はそう考えて仲裁に入る為にそちらへと向かって歩き出す。
「敦賀、落ち着け、他の奴の目も――」
 そう言って割って入れば、その高根を押し留めたのはタカコの右腕。
「うん、私が悪かった、すまん」
 へらり、と、向けられたのはいつもの笑顔、敦賀はその様に舌打ちをして胸倉を掴んでいた右手を離す。
「……分かれば良い、負傷者の救護に回れ、てめぇも怪我してるのならその処置を受けろ」
「私は無傷だ、救護に回るよ、先任」
 それだけ言って踵を返し救護班の方へと向かって歩き出すタカコ、高根はその様子を暫く見詰めた後、次に敦賀へと視線を向けた。
「おい、マジでどうした、お前があんな熱く――」
 そこで言葉は途切れた。目の前の敦賀は己の右の掌を見詰め、苛立ちを如実に現した面持ちをして歯を軋らせ右手を思い切り握り締める。
 まさか、と、高根はそう思った。今の流れは立場による義憤だったのではなく、敦賀の個人的感情に起因する私憤なのだとしたら、と。
 何が原因なのかは皆目分からないが、もしそれが当たっているのだとしたら。任務と立場に忠実な大和海兵隊最先任上級曹長が職務に、しかも生死の懸かっている最前線に個人的感情を持ち込み、更にはそれを公衆の面前でぶちまけるという、極めて珍しい現場を高根は目撃した事になる。
「何が有ったかは知らねぇがよ、あんまり熱くなんなよ?それと、女には優しく、な?」
 突っ込んで聞いたところでどうせ口を割りはしないだろう、そう思って軽く窘めるに留め、敦賀の肩をぽんと軽く叩いて自分を呼ぶ方向へと向けて高根は歩き出す。
 どうも面白い事になりそうだ、そう考えながら。
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