大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第18章『手札』

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第18章『手札』

「タカコ、お前にちょっとやってもらいたい事が有るんけどよ、良いかい?」
 始まりは、普段通りの笑顔の高根の発したその一言だった。
 タカコの初陣となった出撃から一週間、頬の腫れも漸く引いて来た辺り、通常の業務と鍛錬以外には特にする事も無い平穏な日の午後の事。
 肩に大きな掌を添えられて促された先は海兵隊基地内の専用倉庫、そこには先日の出撃の序でに回収した機体の残骸が山積みになり、福井達研究班がそれに群がってあれやこれやと調べていた。
「あれを説明しろと言われても、私は大まかな構造と操縦方法しか分からんのだが。作る人間じゃなくて使う人間だから、合金の割合とか、そんなのはあまり詳しくはないぞ?」
「いや、そっちは調査班に好きにさせておけば良い、活骸だけじゃなくあのての物にも激しくそそられるようだから。お前は機体については分かる範囲で答えてもらえば良い」
 では何を、というのが顔に出たのか、それを見て高根はまた笑って機体の奥を指差した。
「あれの手入れをしてもらおうと思ってな、今日は急ぐ仕事も無い、思う存分やると良いや」
「……あ!」
 そこに積み上げられていたのは、出会った時に一緒に回収された装備、その一番手前に並べられた銃器の数々にタカコの頬が僅かに紅潮する。
「……良いのか?」
「勿論、もっと早くさせてやりたかったんだが、すまねぇな」
 その後は早かった、肩に置かれた高根の手を弾き飛ばす勢いで走り出し、一目散で銃器へと飛び付いた。
 並べられた銃器の中から真っ先に手に取ったのは使い込まれた感の有る拳銃一丁と狙撃銃一丁と散弾銃一丁、そして、今迄に無い程に破顔し、
「久し振り、相棒」
 そう言って頬を寄せた。
「……何なんだあれは」
「母国での戦いの中で、あれが彼女の命を一番近くで守って来たんだろうな、愛刀ならぬ愛銃ってやつだ」
「……それで、今度は何が狙いだ」
 二人の後をついて来た敦賀が、少々異様な様のタカコを見つつ高根に話し掛ける。どうせまた何らかの魂胆が有っての事だろうという眼差しを向ければ、彼はいつもの笑顔でそれを軽くいなして答える。
「何も無ぇぞ?ただ、あいつに息抜きの時間を与えようと思ったのと、俺等があの武器の構造や手入れの方法を学ぶ良い機会だと思ったのと、それだけだ」
 それ見た事かと軽く鼻で笑う敦賀、その様をどうでもいいといった感じで高根は踵を返した。
「俺は他の仕事が有る、彼女の動きは後で全て報告を。それと――」
「それと、何だ」
「素直になるのも時には必要だと思うわけよ、おじさんは」
 どういう意味だとそちらを向けば大きな背中は既に遠ざかりつつあり、気に入らんと舌打ちをしつつ敦賀はタカコの元へと歩み寄った。こちらはそんな思惑を知ってか知らずか、どちらにせよ愛銃との久し振りの再開に脳内は桃色の様子、
「ああシャーリーン、お前は何て可愛らしくて且つ色っぽいんだ、久し振りに会ったっていうのにちっとも色褪せていないなんて素晴らしいよ!」
 と、手にした銃に向かって何やら怪しい独り言をぶつぶつと呟いている始末だ。
「……今……何故かお前の事をほほえみデブと呼びたくなった……」
「はぁぁ?何だよそれ失礼な奴だな」
「……いや、俺にも分からん」
 それ以上は会話は続かず、タカコは視線を敦賀へと向ける事すら無く積み上げてあった荷物の中から人間の胴体程の大きさの袋を取り出し、その中身を自分の周囲に並べ始めた。
「それは?」
「手入れ道具。常に手入れしておかないと直ぐにジャミングを起こすからな、あ、ジャミングってのは弾詰まりの事な、動作不良。手は掛かるけどしっかりと機能していればこれ程頼もしい相棒も無いよ」
 その後に続いた『人間以外には』という言葉、それが指し示すのはきっと夫の事なのだと思ったがそれはおくびにも出さず、手近に在った椅子を引き寄せ、タカコの隣に置いてそれに腰掛け、じっと手入れの様子を観察する。
 銃を分解し、自分の前に広げた布の上に部品の全てを綺麗に並べて行く。淀み無く流れる様に作業を行う指はとても細く、油とゴミであっという間に汚れてしまったその様が何とも不釣り合いだと、そう思った。
「慣れてるな」
「あたぼうよ、飯よりも便所よりも風呂よりもセックスよりも手入れが先、ってな。徒手での接触戦にならない限りはこいつ等が自分の命を守るんだ、朝晩どころか暇さえ有れば手入れしてたよ」
「せっくす?何だそりゃ」
「あ、いやこっちの話。とにかく、何に代えても手入れが大事って事だ」
「刀の手入れと同じか」
「そういう事。あぁー、こんなに汚れちゃって、長い事放置していてごめんよシャーリーン、お前の事を忘れたわけじゃないんだ、こんな私でも許してくれるかい?」
「……それは止めておけ、他人の目が有るところではな」
「そうしたら二十四時間監視付きの現状じゃ何も言えなくなるじゃないか、監視役のお前しかいないなら良いだろ、誠ちゃん達だって機体に掛かりっきりでこっちの事なんか気にしてないし。よし、それじゃあこれは二人の秘密って事で。な?」
「『な?』じゃねぇよ……」
「まぁ良いじゃないか、こんなくだらない遣り取りが有ってもさ。そうだ、監視と言えばさ、お前は私を監視しててこの状況も真吾に報告が行くんだろうが、私は隠す事も無いし、そっちも警戒する必要は無ぇよ。ただ観察して記憶して、普通に報告すれば良い」
 視線は銃に落としたままのタカコの言葉に一瞬空気に緊張が走る、分かっていて素知らぬ振りとはやはりこいつも大概だと思えば、そこで初めて敦賀へと視線を向けたタカコと目が合う。
「有能だよ、真吾は。捕虜に不満を持たせる事無く、同時に欲しい情報も手に入れる。お前等が忠誠を誓う価値の有る男だ。で、さ、そんな高根大佐に進言したい事が有るんだけど、戦術的な話」
 彼女を取り巻く空気が、変わった気がした。
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