大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第20章『妖刀村正』

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第20章『妖刀村正』

「……またやってる……」
「あの噂……やっぱりマジだったんじゃねぇのか?」
 ここ暫く、大和海兵隊はと或る噂で持ちきりになっていた。
『タカコが妖刀に魅入られた』
 というそれは、半月程前のタカコの初陣に端を発し、帰還してからの彼女の振る舞いがそれを補強する形になっている。
 敦賀率いる小隊の生き残りが他の隊員へと伝えた、桜吹雪の中で剣舞を舞う様に戦ったタカコの妖しさと凄まじさ、それは編成を組み直して実施した防衛戦でも遺憾無く発揮された。そこで凄まじい印象を植え付け帰還し、それ以降は暇さえ有れば村正の手入れに勤しんでいる姿を多くの隊員達が目撃している。
 無論手入れはどの隊員も入念に行うし日課ではあるのだが、彼女の場合は少々様子が違い、不気味な笑みを浮かべつつ何やらぶつぶつと村正に語り掛け、明らかに異様な空気を周囲に振り撒いていた。
 油や汚れを取る下拭いの後は打ち粉を打ち、その後は上拭いをして丹念に磨き上げる。その作業の間中笑顔を絶やさず常に刀身に向かって語り掛け、目つきは半分据わって何か見えてはいけないものを見ている様だ、そんな噂が海兵隊中に回るのは早いもので、あまり関わりの無い工兵部隊や兵站部隊の隊員ですら今や知らない者は無いと言っても良い状態だった。
 この噂が蔓延する事によって被害を受けたのは実際のところタカコではない。そもそも彼女は幸いにしてと言うべきか生憎と言うべきか、そんな噂を気にする様な繊細さは持ち合わせておらず、甚大な被害を被ったのは、大和海兵隊最先任上級曹長である敦賀貴之その人。
 元々海兵隊の太刀の名は旧海軍の戦艦から取られたものであり、そして新兵扱いであるタカコに名有りの太刀が与えられる事は無い。そんな中で突然戦艦とは全く関係の無い、妖刀の代名詞である村正と名付けられた太刀を持つようになったタカコ、名前の出処を尋ねた者に対して
「敦賀がつけてくれたんだ!」
 と嬉しそうに答えていて、『先任は何を血迷って村正なんて名を』という衝撃を与えていた。その下地が有ったところにタカコの振る舞いにより村正の名に説得力と信憑性が与えられ、今では陰で
『先任は捕虜に対して妖刀を押し付けて厄介払いした鬼畜で外道』
 という、何とも有り難くない、そして沽券に関わりかねない噂を立てられている。
 そして、幾ら陰でこそこそと言っていても本人の耳には何故か入ってしまうものであり、それを知った敦賀がとった行動は、タカコの部屋への突撃ただ一つ。
 武蔵を手に彼女の部屋の扉を蹴り開ければ、その中では丁度タカコが村正の手入れを終えたところ、目釘を打ち終えた村正を見て敦賀は武蔵を抜刀し、タカコへと向けて振り下ろした。直後響き渡ったのは金属同士がぶつかる鈍い音、刃ではなく鈨同士がぶつかり合い、太刀を挟んで双方が睨み合う。
「何なんだよいきなり!村正が壊れたら――」
「だから人目が有るところで得物には話し掛けるなってあれ程言っただろうが!殺すぞこの馬鹿女!」
「……はい?何の話?」
「てめぇが村正村正言い触らした挙句にイッた目ぇしてブツブツ言いながら手入れしてるもんだから、俺がてめぇに妖刀押し付けて厄介払いした鬼畜の外道扱いされてるんだよ!」
「ちょっと待て!村正って妖刀の名前だったのか!てめぇふざけんな!」
「うるせぇ!我慢ならねぇのはこっちの方だ!」
 鍔迫り合いの後に突然始まった口論、その流れで今迄伝えていなかった村正の由来も伝わり思わず怒鳴り声を上げるタカコ、しかし敦賀はそんな事はどうでもいいとばかりに彼女を責め立てた。
「取り敢えず刀は脇に置け、危なくてしょうがねぇ」
「いやちょっと待って、斬り掛かって来たのお前だよな?私は手入れしてただけだよな?」
「うるせぇ、とにかく置け」
 タカコよりは若干冷静さを取り戻した敦賀が武蔵と村正を脇へ置き、今度は太刀を挟まずに対峙する二人。刀は置いたものの相手に向ける視線は依然鋭く、再開の口火を切ったのは今度はタカコの方だった。
「で?何で妖刀の名前なんか寄越したんだ?憑き殺されれば良いとでも思ってたとか?そんなに邪魔か私が」
「深い意味は無ぇ、太刀の名は俺達にとって大きな意味を持ってるってのは言っただろう、それを欲しがったから適当に付けてやっただけだ。だいたいお前が得物にニヤニヤ笑い掛けたり話し掛けたりしなきゃ、妖刀の名前がついてようが何だろうがあんな噂は出なかっただろうがよ」
「はぁぁ?何、責任転嫁?愛用してる物に名前付けて大切にするのは当然だろうが。だいたいそういうのは大和人のオハコだと思ってたがな?」
「てめぇのは度が過ぎてるんだよ、名前を付けるのはまぁ有りとして話し掛けるな笑い掛けるな気持ち悪ぃ」
「余計なお世話だ!それで誰かに迷惑を掛けたか!」
「現に俺が迷惑してるって言ってるだろうがこのド屑!」
「誰が屑かこのカスが!」
「海兵隊最先任に向かってその言い草か!」
「だからそれは私は関係無いって言ってんだろうが薄らボケ!海兵隊員でもないのに何が海兵隊最先任だ!」
 止まるところを知らない激しい口論、それを廊下で聞いていたのは海兵隊総司令高根真吾大佐。
「うーん……敦賀の微妙な反応は気の所為だったのかねぇ……或る意味物凄く仲が良いとは思うんだけど、俺が期待してるのとは著しく方向性が違うんだよなぁ……」
 こちらはこちらで何を企んでいるのかぼそりと独り言ち、未だ収まる様子の無い室内の口論に耳を傾ける。タカコに対する敦賀の心境の変化が自分の考えている通りなら、彼女をこの大和に留めておく事も容易になるのだが、そんな事を考えつつ一つ大きく息を吐いた。
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