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第21章『陸軍』
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第21章『陸軍』
極東に存在する旧日本国、現大和国。その国土を防衛し国民の平穏な暮らしを守り国政の運営を円滑にし、そして活骸の侵攻を食い止めている防人が、陸軍、沿岸警備隊、海兵隊の三軍から成る大和軍。
その中でも十万人という最大の人員を擁する巨大組織、陸軍。四十分の一の規模の海兵隊に発言力の強さでは劣るものの、首都京都の防衛や海岸線の警備も担当し重要な役割を日々担い続けている。
その一角、対馬区への入口となっている九州を担当地域とするのが西部方面旅団、兵員総数一万人の頂点には黒川龍興陸軍准将が総監として据えられ、治安維持と海岸線の警備の全責任を負っている。
平時であれば太宰府の方面旅団総監部にいる筈の黒川、その彼が警護も伴わずに博多の海兵隊本部を訪れたのは、深緑の色も濃くなり夏の気配を微かに感じ始めた五月も半ばの事。
「黒川総監、お久し振りです」
「おう、この間の中央での定例会、お前来なかっただろ。随分顔も見てないしどうしてるかと思ってな、現場の視察序でにそのふざけた顔見に寄ってみた」
柔和な外見には似合わない強い言葉を吐く黒川、それを高根は笑顔で出迎え黒川を案内して来た海兵隊員に茶を淹れて来る様に促した。
「……で?何で来なかったんだ?」
「いやぁ、色々と忙しくてな?上の御機嫌取りしてる余裕は無ぇわけよ、分かるだろ?」
「変わんねぇなぁ、海兵隊の天辺だからって気ぃ抜いてんじゃねぇぞ?」
「まぁ上手くやるさ、そこんとこは」
「そうか……久し振り序でに、行くか、花街」
「いや、一昨日行ったばっかりだ。だいたい、おめぇは言うばっかりで本当に付き合った事一度も無ぇだろうがこの口だけ大将がよ」
誰もいなくなった途端に変わる高根の口調、お互いに顔を見合わせ、悪戯っぽく笑い合う。
海兵隊と陸軍、そして大佐と准将という、立場と階級こそ違えど出身は同じ糸島の幼馴染同士。活骸との戦いを間近に見て育った幼少期からの経験は自然と軍隊へと心を向かせ、その後は海兵隊と陸軍へと歩みを分かったものの、今でも私人としては良き友人としての付き合いが続いていた。
その後も隊員が茶を持って来た時にのみ建前上の素振りを見せ、色々と話す事が有るからと人払いをした後は砕けた態度で四方山話に花を咲かせる。その和やかな空気に緊張が走ったのは、飲み干した茶碗を茶托へと戻しつつ黒川が口にした一言だった。
「……随分可愛らしい子犬を捕虜の名目で飼い始めたそうじゃねぇか、何処で拾った」
「……何の事だ?分かんねぇなぁ?」
「誤魔化すな……何処で拾った」
「……何処から仕入れた、その話」
「……耳が良いのが自慢でな」
そこから先、暫し双方言葉は無く、静かな獰猛さを全身に滲ませて相手を見据え続けた。やがて口を開いたのは高根、この男に誤魔化しは効かないと思ったのか短い髪をガシガシと掻きながら話し出す。
「九ヶ月程前の出撃の時の話だ、建設途中の第六防壁の目と鼻の先でに空から金属の塊が降って来た、空を飛ぶ飛行機ってやつだ。状況を確かめる為に現場に向かって、そこで見つけたのがその子犬だよ、事故の唯一の生き残りだった。色々と使えると踏んだんでな、連れて帰って保護下に置いてる。実際強ぇぜ、たった半年で海兵隊式の戦い方身につけて初陣で大活躍だ」
「……使えるってのは……そりゃ、大和の防衛の為にって解釈で良いんだろうな?この国に害を為すつもりで――」
「お前ね、俺がそんな奴に見えるかい?」
「いや全く」
「じゃあ良いじゃねぇか」
「で?何、そんなに強いのその子犬」
「おお、強ぇ強ぇ、何せ三宅からも一本獲ったしあの敦賀と互角近い勝負するくれぇだぜ?」
「……何だよ、男かよ。つまんねぇな」
「だと思うだろ?それがな、女なんだよ。身長なんか敦賀よりも三十cm低くてな、歳も奴より二つ若ぇぞ」
「……人間なのかその物体は」
「たぶん?人間?」
「何で疑問形なんだよ……」
話に乗って来た、これでうまく核心部分を逸らせれば、高根はそんな事を考えつつ表情は平素を取り繕ったまま話を続けた。タカコの真価は戦闘能力の高さに有るわけではない、彼女が外国人である事、大和よりもずっと進んだ知識や技術、それを持っているという事が自分達にとっての価値だ。
黒川という人間はよく知っている、彼は私益の為にタカコという存在を横取りする様な人間ではないが、それでも彼女の真価に気付いている人間は少ない方が良い、相手が陸軍の方面総監ともなれば尚更だ。こればかりは相手の人間性の問題ではなく立場の問題であり、相手が親友であろうと幼馴染であろうと自分の立場も考えれば譲る事の出来ない一線だった。
目的は大和の防衛、それを同じくしてはいても立場が違う。陸軍には海兵隊の発言力の強さを快く思わない向きは多い、その彼等がタカコの存在を知れば何をしてでも奪いに掛かるだろう、海兵隊にこれ以上の力を付けさせない為に。
タカコに敦賀をつけたのは監視の名目以外にもそれを防ぐ意味も有る、三軍全体では最先任ではなくとも海兵隊最先任となれば何処も迂闊には手を出せない、任官数年の士官をつけておくよりも余程抑止力の有る存在だ。敦賀が傍を離れずタカコを守り、そして自分は政治家として立ち回り彼女を守る、彼女の為ではなく、大和の未来の為に。
「それじゃ……そろそろ太宰府に戻るかな、判子捺さなきゃならん書類も溜まってるんでな」
「おお、また来いよ、今度は花街付き合うからよ。……それと」
「分かってるよ、今回の事は俺のところで止めた話だ、上は知らん。俺は政争には興味無ぇんでな、お前の好きにやれ」
「ああ、またな」
「ああ、また」
短い別れの遣り取りを交わして執務室を出て行く黒川、高根はその背中を黙して見送り、一つ大きく息を吐いた。
極東に存在する旧日本国、現大和国。その国土を防衛し国民の平穏な暮らしを守り国政の運営を円滑にし、そして活骸の侵攻を食い止めている防人が、陸軍、沿岸警備隊、海兵隊の三軍から成る大和軍。
その中でも十万人という最大の人員を擁する巨大組織、陸軍。四十分の一の規模の海兵隊に発言力の強さでは劣るものの、首都京都の防衛や海岸線の警備も担当し重要な役割を日々担い続けている。
その一角、対馬区への入口となっている九州を担当地域とするのが西部方面旅団、兵員総数一万人の頂点には黒川龍興陸軍准将が総監として据えられ、治安維持と海岸線の警備の全責任を負っている。
平時であれば太宰府の方面旅団総監部にいる筈の黒川、その彼が警護も伴わずに博多の海兵隊本部を訪れたのは、深緑の色も濃くなり夏の気配を微かに感じ始めた五月も半ばの事。
「黒川総監、お久し振りです」
「おう、この間の中央での定例会、お前来なかっただろ。随分顔も見てないしどうしてるかと思ってな、現場の視察序でにそのふざけた顔見に寄ってみた」
柔和な外見には似合わない強い言葉を吐く黒川、それを高根は笑顔で出迎え黒川を案内して来た海兵隊員に茶を淹れて来る様に促した。
「……で?何で来なかったんだ?」
「いやぁ、色々と忙しくてな?上の御機嫌取りしてる余裕は無ぇわけよ、分かるだろ?」
「変わんねぇなぁ、海兵隊の天辺だからって気ぃ抜いてんじゃねぇぞ?」
「まぁ上手くやるさ、そこんとこは」
「そうか……久し振り序でに、行くか、花街」
「いや、一昨日行ったばっかりだ。だいたい、おめぇは言うばっかりで本当に付き合った事一度も無ぇだろうがこの口だけ大将がよ」
誰もいなくなった途端に変わる高根の口調、お互いに顔を見合わせ、悪戯っぽく笑い合う。
海兵隊と陸軍、そして大佐と准将という、立場と階級こそ違えど出身は同じ糸島の幼馴染同士。活骸との戦いを間近に見て育った幼少期からの経験は自然と軍隊へと心を向かせ、その後は海兵隊と陸軍へと歩みを分かったものの、今でも私人としては良き友人としての付き合いが続いていた。
その後も隊員が茶を持って来た時にのみ建前上の素振りを見せ、色々と話す事が有るからと人払いをした後は砕けた態度で四方山話に花を咲かせる。その和やかな空気に緊張が走ったのは、飲み干した茶碗を茶托へと戻しつつ黒川が口にした一言だった。
「……随分可愛らしい子犬を捕虜の名目で飼い始めたそうじゃねぇか、何処で拾った」
「……何の事だ?分かんねぇなぁ?」
「誤魔化すな……何処で拾った」
「……何処から仕入れた、その話」
「……耳が良いのが自慢でな」
そこから先、暫し双方言葉は無く、静かな獰猛さを全身に滲ませて相手を見据え続けた。やがて口を開いたのは高根、この男に誤魔化しは効かないと思ったのか短い髪をガシガシと掻きながら話し出す。
「九ヶ月程前の出撃の時の話だ、建設途中の第六防壁の目と鼻の先でに空から金属の塊が降って来た、空を飛ぶ飛行機ってやつだ。状況を確かめる為に現場に向かって、そこで見つけたのがその子犬だよ、事故の唯一の生き残りだった。色々と使えると踏んだんでな、連れて帰って保護下に置いてる。実際強ぇぜ、たった半年で海兵隊式の戦い方身につけて初陣で大活躍だ」
「……使えるってのは……そりゃ、大和の防衛の為にって解釈で良いんだろうな?この国に害を為すつもりで――」
「お前ね、俺がそんな奴に見えるかい?」
「いや全く」
「じゃあ良いじゃねぇか」
「で?何、そんなに強いのその子犬」
「おお、強ぇ強ぇ、何せ三宅からも一本獲ったしあの敦賀と互角近い勝負するくれぇだぜ?」
「……何だよ、男かよ。つまんねぇな」
「だと思うだろ?それがな、女なんだよ。身長なんか敦賀よりも三十cm低くてな、歳も奴より二つ若ぇぞ」
「……人間なのかその物体は」
「たぶん?人間?」
「何で疑問形なんだよ……」
話に乗って来た、これでうまく核心部分を逸らせれば、高根はそんな事を考えつつ表情は平素を取り繕ったまま話を続けた。タカコの真価は戦闘能力の高さに有るわけではない、彼女が外国人である事、大和よりもずっと進んだ知識や技術、それを持っているという事が自分達にとっての価値だ。
黒川という人間はよく知っている、彼は私益の為にタカコという存在を横取りする様な人間ではないが、それでも彼女の真価に気付いている人間は少ない方が良い、相手が陸軍の方面総監ともなれば尚更だ。こればかりは相手の人間性の問題ではなく立場の問題であり、相手が親友であろうと幼馴染であろうと自分の立場も考えれば譲る事の出来ない一線だった。
目的は大和の防衛、それを同じくしてはいても立場が違う。陸軍には海兵隊の発言力の強さを快く思わない向きは多い、その彼等がタカコの存在を知れば何をしてでも奪いに掛かるだろう、海兵隊にこれ以上の力を付けさせない為に。
タカコに敦賀をつけたのは監視の名目以外にもそれを防ぐ意味も有る、三軍全体では最先任ではなくとも海兵隊最先任となれば何処も迂闊には手を出せない、任官数年の士官をつけておくよりも余程抑止力の有る存在だ。敦賀が傍を離れずタカコを守り、そして自分は政治家として立ち回り彼女を守る、彼女の為ではなく、大和の未来の為に。
「それじゃ……そろそろ太宰府に戻るかな、判子捺さなきゃならん書類も溜まってるんでな」
「おお、また来いよ、今度は花街付き合うからよ。……それと」
「分かってるよ、今回の事は俺のところで止めた話だ、上は知らん。俺は政争には興味無ぇんでな、お前の好きにやれ」
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