大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
22 / 101

第21章『陸軍』

しおりを挟む
第21章『陸軍』

 極東に存在する旧日本国、現大和国。その国土を防衛し国民の平穏な暮らしを守り国政の運営を円滑にし、そして活骸の侵攻を食い止めている防人が、陸軍、沿岸警備隊、海兵隊の三軍から成る大和軍。
 その中でも十万人という最大の人員を擁する巨大組織、陸軍。四十分の一の規模の海兵隊に発言力の強さでは劣るものの、首都京都の防衛や海岸線の警備も担当し重要な役割を日々担い続けている。
 その一角、対馬区への入口となっている九州を担当地域とするのが西部方面旅団、兵員総数一万人の頂点には黒川龍興陸軍准将が総監として据えられ、治安維持と海岸線の警備の全責任を負っている。
 平時であれば太宰府の方面旅団総監部にいる筈の黒川、その彼が警護も伴わずに博多の海兵隊本部を訪れたのは、深緑の色も濃くなり夏の気配を微かに感じ始めた五月も半ばの事。
「黒川総監、お久し振りです」
「おう、この間の中央での定例会、お前来なかっただろ。随分顔も見てないしどうしてるかと思ってな、現場の視察序でにそのふざけた顔見に寄ってみた」
 柔和な外見には似合わない強い言葉を吐く黒川、それを高根は笑顔で出迎え黒川を案内して来た海兵隊員に茶を淹れて来る様に促した。
「……で?何で来なかったんだ?」
「いやぁ、色々と忙しくてな?上の御機嫌取りしてる余裕は無ぇわけよ、分かるだろ?」
「変わんねぇなぁ、海兵隊の天辺だからって気ぃ抜いてんじゃねぇぞ?」
「まぁ上手くやるさ、そこんとこは」
「そうか……久し振り序でに、行くか、花街」
「いや、一昨日行ったばっかりだ。だいたい、おめぇは言うばっかりで本当に付き合った事一度も無ぇだろうがこの口だけ大将がよ」
 誰もいなくなった途端に変わる高根の口調、お互いに顔を見合わせ、悪戯っぽく笑い合う。
 海兵隊と陸軍、そして大佐と准将という、立場と階級こそ違えど出身は同じ糸島の幼馴染同士。活骸との戦いを間近に見て育った幼少期からの経験は自然と軍隊へと心を向かせ、その後は海兵隊と陸軍へと歩みを分かったものの、今でも私人としては良き友人としての付き合いが続いていた。
 その後も隊員が茶を持って来た時にのみ建前上の素振りを見せ、色々と話す事が有るからと人払いをした後は砕けた態度で四方山話に花を咲かせる。その和やかな空気に緊張が走ったのは、飲み干した茶碗を茶托へと戻しつつ黒川が口にした一言だった。
「……随分可愛らしい子犬を捕虜の名目で飼い始めたそうじゃねぇか、何処で拾った」
「……何の事だ?分かんねぇなぁ?」
「誤魔化すな……何処で拾った」
「……何処から仕入れた、その話」
「……耳が良いのが自慢でな」
 そこから先、暫し双方言葉は無く、静かな獰猛さを全身に滲ませて相手を見据え続けた。やがて口を開いたのは高根、この男に誤魔化しは効かないと思ったのか短い髪をガシガシと掻きながら話し出す。
「九ヶ月程前の出撃の時の話だ、建設途中の第六防壁の目と鼻の先でに空から金属の塊が降って来た、空を飛ぶ飛行機ってやつだ。状況を確かめる為に現場に向かって、そこで見つけたのがその子犬だよ、事故の唯一の生き残りだった。色々と使えると踏んだんでな、連れて帰って保護下に置いてる。実際強ぇぜ、たった半年で海兵隊式の戦い方身につけて初陣で大活躍だ」
「……使えるってのは……そりゃ、大和の防衛の為にって解釈で良いんだろうな?この国に害を為すつもりで――」
「お前ね、俺がそんな奴に見えるかい?」
「いや全く」
「じゃあ良いじゃねぇか」
「で?何、そんなに強いのその子犬」
「おお、強ぇ強ぇ、何せ三宅からも一本獲ったしあの敦賀と互角近い勝負するくれぇだぜ?」
「……何だよ、男かよ。つまんねぇな」
「だと思うだろ?それがな、女なんだよ。身長なんか敦賀よりも三十cm低くてな、歳も奴より二つ若ぇぞ」
「……人間なのかその物体は」
「たぶん?人間?」
「何で疑問形なんだよ……」
 話に乗って来た、これでうまく核心部分を逸らせれば、高根はそんな事を考えつつ表情は平素を取り繕ったまま話を続けた。タカコの真価は戦闘能力の高さに有るわけではない、彼女が外国人である事、大和よりもずっと進んだ知識や技術、それを持っているという事が自分達にとっての価値だ。
 黒川という人間はよく知っている、彼は私益の為にタカコという存在を横取りする様な人間ではないが、それでも彼女の真価に気付いている人間は少ない方が良い、相手が陸軍の方面総監ともなれば尚更だ。こればかりは相手の人間性の問題ではなく立場の問題であり、相手が親友であろうと幼馴染であろうと自分の立場も考えれば譲る事の出来ない一線だった。
 目的は大和の防衛、それを同じくしてはいても立場が違う。陸軍には海兵隊の発言力の強さを快く思わない向きは多い、その彼等がタカコの存在を知れば何をしてでも奪いに掛かるだろう、海兵隊にこれ以上の力を付けさせない為に。
 タカコに敦賀をつけたのは監視の名目以外にもそれを防ぐ意味も有る、三軍全体では最先任ではなくとも海兵隊最先任となれば何処も迂闊には手を出せない、任官数年の士官をつけておくよりも余程抑止力の有る存在だ。敦賀が傍を離れずタカコを守り、そして自分は政治家として立ち回り彼女を守る、彼女の為ではなく、大和の未来の為に。
「それじゃ……そろそろ太宰府に戻るかな、判子捺さなきゃならん書類も溜まってるんでな」
「おお、また来いよ、今度は花街付き合うからよ。……それと」
「分かってるよ、今回の事は俺のところで止めた話だ、上は知らん。俺は政争には興味無ぇんでな、お前の好きにやれ」
「ああ、またな」
「ああ、また」
 短い別れの遣り取りを交わして執務室を出て行く黒川、高根はその背中を黙して見送り、一つ大きく息を吐いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

処理中です...