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第22章『悪戯心』
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第22章『悪戯心』
高根と別れ海兵隊本部の建物を出た黒川、太宰府の総監部迄は車で一時間程、戻ったらまた退屈な書類仕事が待っているとうんざりしつつ空を仰ぐ。一つ大きく欠伸をしてして視線を下へと戻せば、向こうから敦賀と女性が一人歩いて来るのが見えて敦賀へと声を掛けた。
「よう先任、元気か。女性と仲良くとか羨ましいな」
女性――、タカコと何やら話しつつ歩いていた敦賀、声の主が誰かを認識した途端に彼の面持ちは苦虫を噛み潰した様なものになる。好かれているとは思わないし寧ろ嫌われている自覚は有るが、何もそうあからさまに態度に出さなくても良いだろう、黒川はそんな事を考えつつ歩みを止め二人が自分の前へと歩いて来るのを静かに待つ。
「……お久し振りです、黒川総監」
吐き捨てる様にそう言って敬礼をする敦賀、脇に立つタカコもそれに倣い右手の指先ををこめかみに持って行く。
(ああ……、これが真吾の言ってた子犬か)
肘を真横に張り出した陸軍式の敬礼、誇り高き海兵隊員が陸軍式の敬礼なんぞした日にはこの鬼の上級曹長殿から容赦の無い指導が入るだろう。それを直させていないという事は、目の前の彼女が先程話していた子犬、捕虜に違い無い、黒川は直ぐにそう思い至り、目の前の彼女の事を改めてよく見てみた。
何処からやって来たか迄は高根からは聞いていない、大和以外にも国家が存続していたとは驚きだがその何れかからやって来たのは間違い無い。顔立ちは大和人そのもの、真っ黒な髪に真っ黒な瞳、歴史書で見た事の有る外国人とやらは色々な色の肌や髪や瞳を持ち、面容も大和人とは大きく違っていたが、恐らくは大昔に大和から外国へと移住した人間の子孫なのだろう。
大和に源流を持つ人間が何の因果で今大和に捕虜として囚われているのか、本人はそれをどう感じているのかは窺い知れず、黒川が手を下ろす迄微動だにせず敬礼を続けていた。
「見ない顔だけど、新人さんかい?」
「はい、シミズタカコと申します。入隊してまだ一年経っておりません」
視線は真っ直ぐに前へと向けたまま短く答えるタカコ、そこから脇に立つ敦賀へと視線を移せば苛立ちを滲ませた面持ちをしていて、ああ、下手な事を突っ込まれる前に退散してしまいたいのかと得心がいった。
それはそうだろう、高根の振る舞いからすれば彼女の事は是が非でも隠匿しておきたい筈だ、腹心の如き扱いを受けている敦賀がその事を聞かされていないわけが無い。まして相手は西部方面総監であり陸軍准将である自分、さぞかし居心地の悪い思いをしているだろうと内心で小さく笑った時、ふと悪戯心が頭をもたげて来る。
頭に糞が付く程に真面目で融通の利かない堅物である敦賀、揶揄った時の反応が実に面白く、ここにきた時に顔を見れば必ずちょっかいを掛けるのだが、いつもは直球で敦賀に行くが今日は少し変化球で行ってみようか、そんな事を思い付く。
「へぇ、そうかい。それじゃあ周辺の事も何も知らないだろう、俺は本拠地は太宰府だがこの辺りの事もそれなりに詳しいんだ、美味い胡麻鯖を出す店に案内するよ、今日はもう上がりだろう?行こうか」
にっこり笑って一歩踏み出し、敦賀を背で押し遣る様にして二人の間に割って入り、そのままタカコの肩を軽く抱いて歩き出す。
「は?へ?あの、総監?」
「良いから良いから、おじさんもたまには若い子とお話したいのよ」
「あの……私もう三十一ですが……若くないですよ」
「俺より十二も若いなら充分若い若い」
呆気にとられ、しかも相手は陸軍とは言え准将という事も有るのか、戸惑いつつも逆らう事無く素直に歩き出すタカコ、その彼女の身体を引き戻したのは敦賀の強い力だった。
「……黒川総監、うちの新兵に妙な事をしないで頂きたい。俺にはこいつを預かってる責任も有ります、女が必要ならそういう店に行って頂けますか。海兵隊員は商売女ではありません……失礼します」
タカコの腕を掴んで引き戻した敦賀、体勢を崩して後ろに倒れそうになった彼女の身体を受け止めつつの彼の言葉。それだけ言い捨ててさっさと歩き出す敦賀の背中を見ながら、黒川は呆気にとられていた。
「……え、何だ今の……あれ……もしかしてあの子犬、敦賀の女だったんか?」
苛立ちを全身に表すのはいつもの事だが、普段浮かぶ怒りは静かなもの。それがどうだろう、先程の彼は双眸と言わず全身に烈しい怒りを表しており、思わず殺されるかと思った程だった。
彼が部下思い仲間思いの最先任上級曹長である事に異論は無いが、必要以上に馴れ合う性格でない事も知っている、隊員にちょっと粉を掛けた程度であんなにも烈しい反応をする男ではない筈だ。それがあんなあからさまな苛立ちと怒りをぶつけて来たという事は、答えは一つなのだろう。
「……よりによって捕虜相手かい、敦賀ちゃんよ」
彼も健康な人間の男、極々偶に花街に処理に出掛けている様だというのは以前に高根から聞いた事が有るが、特定の恋人やそれに準ずる関係の女を作ったというのは聞いた事が無い。
「……うわぁ……あの超絶堅物の敦賀が……恋……?」
誰に言うでもなく呟く黒川、その表情は少年の様に輝いていて実に楽しそうで、
「良い事知っちまったなぁ、これは真吾に詳しく話聞かねぇと」
続けてそう言って踵を返し、先程出たばかりの海兵隊本部の建物へと入って行く。面白い事を知った、これで当分の間は博多を訪れた時の楽しみが出来た、そう思いながら。
高根と別れ海兵隊本部の建物を出た黒川、太宰府の総監部迄は車で一時間程、戻ったらまた退屈な書類仕事が待っているとうんざりしつつ空を仰ぐ。一つ大きく欠伸をしてして視線を下へと戻せば、向こうから敦賀と女性が一人歩いて来るのが見えて敦賀へと声を掛けた。
「よう先任、元気か。女性と仲良くとか羨ましいな」
女性――、タカコと何やら話しつつ歩いていた敦賀、声の主が誰かを認識した途端に彼の面持ちは苦虫を噛み潰した様なものになる。好かれているとは思わないし寧ろ嫌われている自覚は有るが、何もそうあからさまに態度に出さなくても良いだろう、黒川はそんな事を考えつつ歩みを止め二人が自分の前へと歩いて来るのを静かに待つ。
「……お久し振りです、黒川総監」
吐き捨てる様にそう言って敬礼をする敦賀、脇に立つタカコもそれに倣い右手の指先ををこめかみに持って行く。
(ああ……、これが真吾の言ってた子犬か)
肘を真横に張り出した陸軍式の敬礼、誇り高き海兵隊員が陸軍式の敬礼なんぞした日にはこの鬼の上級曹長殿から容赦の無い指導が入るだろう。それを直させていないという事は、目の前の彼女が先程話していた子犬、捕虜に違い無い、黒川は直ぐにそう思い至り、目の前の彼女の事を改めてよく見てみた。
何処からやって来たか迄は高根からは聞いていない、大和以外にも国家が存続していたとは驚きだがその何れかからやって来たのは間違い無い。顔立ちは大和人そのもの、真っ黒な髪に真っ黒な瞳、歴史書で見た事の有る外国人とやらは色々な色の肌や髪や瞳を持ち、面容も大和人とは大きく違っていたが、恐らくは大昔に大和から外国へと移住した人間の子孫なのだろう。
大和に源流を持つ人間が何の因果で今大和に捕虜として囚われているのか、本人はそれをどう感じているのかは窺い知れず、黒川が手を下ろす迄微動だにせず敬礼を続けていた。
「見ない顔だけど、新人さんかい?」
「はい、シミズタカコと申します。入隊してまだ一年経っておりません」
視線は真っ直ぐに前へと向けたまま短く答えるタカコ、そこから脇に立つ敦賀へと視線を移せば苛立ちを滲ませた面持ちをしていて、ああ、下手な事を突っ込まれる前に退散してしまいたいのかと得心がいった。
それはそうだろう、高根の振る舞いからすれば彼女の事は是が非でも隠匿しておきたい筈だ、腹心の如き扱いを受けている敦賀がその事を聞かされていないわけが無い。まして相手は西部方面総監であり陸軍准将である自分、さぞかし居心地の悪い思いをしているだろうと内心で小さく笑った時、ふと悪戯心が頭をもたげて来る。
頭に糞が付く程に真面目で融通の利かない堅物である敦賀、揶揄った時の反応が実に面白く、ここにきた時に顔を見れば必ずちょっかいを掛けるのだが、いつもは直球で敦賀に行くが今日は少し変化球で行ってみようか、そんな事を思い付く。
「へぇ、そうかい。それじゃあ周辺の事も何も知らないだろう、俺は本拠地は太宰府だがこの辺りの事もそれなりに詳しいんだ、美味い胡麻鯖を出す店に案内するよ、今日はもう上がりだろう?行こうか」
にっこり笑って一歩踏み出し、敦賀を背で押し遣る様にして二人の間に割って入り、そのままタカコの肩を軽く抱いて歩き出す。
「は?へ?あの、総監?」
「良いから良いから、おじさんもたまには若い子とお話したいのよ」
「あの……私もう三十一ですが……若くないですよ」
「俺より十二も若いなら充分若い若い」
呆気にとられ、しかも相手は陸軍とは言え准将という事も有るのか、戸惑いつつも逆らう事無く素直に歩き出すタカコ、その彼女の身体を引き戻したのは敦賀の強い力だった。
「……黒川総監、うちの新兵に妙な事をしないで頂きたい。俺にはこいつを預かってる責任も有ります、女が必要ならそういう店に行って頂けますか。海兵隊員は商売女ではありません……失礼します」
タカコの腕を掴んで引き戻した敦賀、体勢を崩して後ろに倒れそうになった彼女の身体を受け止めつつの彼の言葉。それだけ言い捨ててさっさと歩き出す敦賀の背中を見ながら、黒川は呆気にとられていた。
「……え、何だ今の……あれ……もしかしてあの子犬、敦賀の女だったんか?」
苛立ちを全身に表すのはいつもの事だが、普段浮かぶ怒りは静かなもの。それがどうだろう、先程の彼は双眸と言わず全身に烈しい怒りを表しており、思わず殺されるかと思った程だった。
彼が部下思い仲間思いの最先任上級曹長である事に異論は無いが、必要以上に馴れ合う性格でない事も知っている、隊員にちょっと粉を掛けた程度であんなにも烈しい反応をする男ではない筈だ。それがあんなあからさまな苛立ちと怒りをぶつけて来たという事は、答えは一つなのだろう。
「……よりによって捕虜相手かい、敦賀ちゃんよ」
彼も健康な人間の男、極々偶に花街に処理に出掛けている様だというのは以前に高根から聞いた事が有るが、特定の恋人やそれに準ずる関係の女を作ったというのは聞いた事が無い。
「……うわぁ……あの超絶堅物の敦賀が……恋……?」
誰に言うでもなく呟く黒川、その表情は少年の様に輝いていて実に楽しそうで、
「良い事知っちまったなぁ、これは真吾に詳しく話聞かねぇと」
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