大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第25章『古狸』

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第25章『古狸』

「いたたたた……ガタイが良いと拳の力も半端無ぇな……」
「俺等さ、確か准将と大佐だよな?何で上級曹長に殴られてんの?反逆?反逆かこれ」
 あの後直ぐに勘定を済ませて店を出て、タカコを担いだ敦賀の後を尾行した。途中でゴネ出したタカコを満足させる為かとんこつ麺の屋台に立ち寄り、その後は満足したのか再び寝てしまったタカコ。その彼女を再び背負った敦賀は今度こそ営舎に戻り彼女の部屋へと消えて行ったのだが、てっきりあれやこれやの事に発展するかと期待していたのに、事が始まる迄はと聞き耳を立てていた二人の前で突然扉は開かれ、その向こうから現れたのは鬼の形相の敦賀。
 結局二発ずつ殴られてこうして司令執務室へと退散して来たのだが、
『敦賀!てめぇにはがっかりだ!それでも男か!』
 というのが二人の正直なところである。
 脇腹を摩りつつ黒川が応接セットのソファへと腰を下ろせば、一升瓶とコップ二つを手にした高根が向かいへと座った。
「……で?おめぇはどう見るよ?」
「……中々面白ぇな、幾ら飲ませても肝心な事は一切喋りやがらねぇ」
 一升瓶の中身を注がれたコップを手渡しながらの高根の言葉、その面持ちに酔いは一切無く、眼光は太刀の鋒の様な鋭さを湛えて黒川へと向けられる。差し出されたコップを受け取る黒川の面持ちもまた同じ、お互いを見据えて口元には力強い笑みを浮かべてコップへと口を付け中身を呷った。
「付き合いの長いお前よりも会ったばかりの俺とよく話してたのは情報収集の為だろうよ、俺という人間、そして立場を知ろうとしてな」
「だろうな。一筋縄で行く相手じゃねぇよ、素直に話してるかと思えば肝心なところは絶妙な匙加減でぼかしてる……民間企業の人間だと言ってるが、ありゃ違うな、軍人だ。訓練を受けてるよ、それもかなり高度なやつを」
「同感だ」
「見た目と振る舞いがあんなだからなぁ、多分俺等以外は気付いてねぇんじゃねぇかな、いつも一緒にいる敦賀ですら」
「あー、そんな感じだったなぁ、確かに。そう考えると斥候や間諜には最適な人材だな、高い実力とそれを隠す外見と振る舞い……どうすんだよ、あんな爆弾抱え込んじまって」
 太宰府へと帰ったと思っていた黒川が再びこの執務室を訪れ、他言はしないからタカコと敦賀の事を話せと言って来たのが数時間前、一体何なのかと聞いてみれば
『あの超絶堅物が女に御執心ってどういう事だ!』
 との答え、外でタカコを連れた敦賀に出くわし面白い事になったと熱く語られた。
 会わせるつもりは無かったのに実に嫌な事になった、どう誤魔化すかと思案する高根の目の前の黒川はどっかりと腰を下ろし動く気配も無く。
「……って、敦賀が何だって?」
 何だか気になる言葉が聞こえたがと聞き返せば返って来たのは
「いや、だからよ、敦賀があの子犬に惚れてるって話。お前も気付いてんだろ?」
 という、或る意味身も蓋も無い言葉。
「やっぱりそう思うか?」
「おお、思う思う、ちょっと揶揄おうと思って軽く肩抱いただけで殺されるかと思う様な殺気ぶつけて来たぞ」
「あー……じゃあよ、タカコがどういう人間かはお前の目で確かめろ、その代わり俺にちょっと協力しろや」
 そんな遣り取りの後に設定されたのがあの酒席だったのだが、結果としては高根黒川共に満足のいくものだったと言っても良い状況だ。
「んで?タカコちゃんにベタベタしまくれって言うから言う通りにしたけどよ、敦賀が無茶苦茶不機嫌になっただけじゃねぇか」
「いやいや、あいつ堅い上に不器用で尚且つ鈍いからよ、多分自分の気持ちをはっきり自覚してねぇと思うんだよ。だからさ、煽りまくればそれで色々と動くかなーと」
 高根としては大きな利用価値の有るタカコを母国へと返してやるつもりは無い、この大和に生涯留めておきたいところなのだが、それを実現する為の彼女に繋ぐ鎖と楔、それをどうしたものかと考えあぐねていた時期が有った。そうして迎えた春先の出撃、タカコの頬を打った自らの右手を見詰め、苛立ちを全身に滲ませて握り締めていた敦賀の姿、あれを見た時に閃いたのだ、この男が鎖と楔に成り得ると。
 健康な男女、お互いに特定の相手もおらず歳も近い、そういう仲になっても何もおかしくはない。そしてその先に子を成せば、彼女をここに留めておける公算はずっと大きくなるだろう、しかも無理矢理にではなく、彼女自身の意志として。
 その為には男である敦賀に自分の気持ちをはっきりと自覚してもらい、その上で関係を進める為に動いてもらわなければいけないのだ、そう淡々と言い放つ高根の様を見て、コップの中身を呷り次を手酌で注ぐ黒川は気の毒そうに口を開いた。
「おいおい、敦賀の意志もタカコちゃんの意志もまるで無視かよ……長い付き合いだ、てめぇが碌なもんじゃねぇのはよーく知ってるがよ、そりゃ流石に外道が過ぎるんじゃないかね、海兵隊総司令殿」
「じゃあ聞くがよ、お前が俺の立場ならどう動くよ?」
「そりゃ……まぁ、なぁ?」
「だろ?」
 結局は黒川も同じ決断をするだろう、それを言外に知り二人は薄く笑い合う。
「……俺は敦賀やタカコの保護者でもないし親兄弟でもねぇ、俺が一番に守るべきは大和の国土と国民の安全と未来、それ以外には無ぇよ、その為なら何であろうと利用するさ。ただ……」
「ただ?どうした」
 一旦言葉を切る高根、黒川の促しに応じる前に空になったコップに焼酎を注ぎ、それを一気に飲み干してから続きを話し出す。
「ただ、よ、そうやって利用するならするで敦賀にもタカコにも、後悔はして欲しくねぇじゃねぇか、寝覚めが悪ぃ。出来れば二人が本気で、深く想い合ってくれればこっちも気が多少は楽になる」
「……まぁな」
 自分達はそれが己のものであっても他者のものであっても、個人の事情や感情を優先させる等許される立場には無い、最優先は職務、守るべきはこの国そのもの。それは高根も黒川も同じであり、双方共にその事について疑問を抱いた事は無い。
 自分達の目的の為に敦賀を嗾ける事にした高根、そしてそれに同意を示した黒川、その二人が敦賀とタカコの幸せを願うのは、彼等なりの贖罪意識の現れなのかも知れない。
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