大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第28章『背中』

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第28章『背中』

 やがて辿り着いた第六防壁の先、少しでも先へ先へと進む突撃隊のトラックの前方には今迄よりも多い活骸の群れ。
「今日は随分多いな!」
「こんな時も有る……気合入れたか、ぼーっとしてんじゃねぇぞ」
「誰にもの言ってんだ、任せな!それじゃ後で!」
 群れの第一波に突っ込むと同時にタカコがあおりを蹴り、他の隊員と共に群れに飛び込んで行く。それとほぼ同時に上がる汚れた血飛沫、その中に躍る村正の鋒を見て敦賀は視線を前方へと戻した。
 高い実力を持つタカコ、出撃を重ねた今では突撃部隊の中で自分の次に古く、そして強い。回数を重ねれば重ねただけ飛び降りる地点は遠のいて行き、今では遠く離れてしまっている。初撃の後に一旦下がってからの再編成で同じ隊になる事も既に無く、彼女の戦いを間近で見る事が無くなって久しくなっていた。
 あれだけの力を持っているのならばもう心配はしていない、今では経験の浅い隊員の近くに配置し、その彼等の援護もタカコの役割となっていて、事実彼女は現在迄その役目を完璧に務め上げている。
 こうしていると彼女が外国人且つ捕虜なのだという事を忘れてしまいそうになる。口は悪いし寄れば触れば喧嘩が始まるが、戦場というこの場に於いては長い間共に戦い抜いて来た戦友の様な、そんな繋がりと信頼を彼女に対して感じ始めている自分に気付いていた。まだ飛び降りる地点がそんなに離れていない時には互いの背後を相手に預け、背を合わせて前だけを向いている事も出来た。
 それが今は無くなったからなのだろうか、自分よりも先にあおりを蹴って活骸の群れへと突っ込んで行くその小さな背中を見る度、それを引き止めたい思いが心の中に微かに生まれる自分に、敦賀は少し前から気付いていた。
「……馬鹿馬鹿しい……!」
 そんな事に思い至り、舌打ちをして自らもあおりを蹴り飛び降りる。地に足を付けば直ぐ様襲い掛かって来る活骸の群れ、それに向かって両手に握った武蔵を鋭くひと振りし、その一閃で首が一つ二つ飛んだのを見て方向を変えて一気に踏み込み、目の前の活骸の喉笛に武蔵の鋒を突き刺し横に薙ぎ払った。三分の二程切り裂かれた頚部、頭が支えを失いずるりと傾く活骸の腹を体重を乗せて踏み倒し、そのまま僅かに繋がった頚部も踏み躙り更にその先へと突っ込んで行く。
 斬っても斬っても終わらない、排除したと思っても大陸側からこいつ等は再びやって来る。自分が生まれる遥か以前から、そして自分が死んでも尚繰り返されるのであろうこの攻防、これを後どれだけ繰り返せば大和は勝利を掴んだと言えるのか、敦賀も考えた事が無いわけではない。けれど、直ぐに考えるだけ愚かな事だと思い至り止めたのだ、どれだけ時間が掛かろうと、どれだけの犠牲を出す事になろうと、それは自分が刀を捨て戦う事を放棄する理由にはなりはしない。
 自分はただ只管に己を鍛え、力の続く限りこの化け物を斬り続ければ良い、それが自分の、最先任の役目なのだと。
「……遅ぇ、蝿が止まる」
 大口を開けてこちらへと向かって突進して来る一体の活骸、その顔面、口角に武蔵を叩き込み顎の上下を境にしてそこから上を弾き飛ばし、ズボンのポケットから布を取り出し武蔵の刃を拭いながら、敦賀は活骸の群れから一旦距離をとる。手入れは欠かさないが二十も斬り捨てれば流石に斬れ味が鈍ってくる、削ぎ斬りにするのではなく刃の重みと腕力と体重、それに踏み込みの勢いを乗せて斬っているからまだましな方だが、それでも限度というものは存在するのだ。
 この点さえどうにかなればもっと多くの活骸を斬り捨てられるのに、これだけは出撃の度に思わずにはいられない。
 排除にはまだ時間が掛かる、後どれ位いるのかと周囲を見渡した敦賀、その視界にこの場にいない筈の人物、タカコの姿が入って来たのはそんな時。
「あの馬鹿、何してやがる!」
 よくよく見てみれば彼女の傍にもう一人、今日が突撃部隊に異動して初の出撃になる北見の姿。彼の方はタカコと自分の間位の位置で飛び降りた筈だが、腕を負傷したらしく流血していて、タカコはそれを庇う為に移動して来たのだと窺い知れた。
 助勢に行くか、一瞬そう考えたがそれを阻む様にして新たに押し寄せる活骸の波に動く事は叶わず、タカコなら任せて大丈夫だろう、敦賀がそう考えて彼女から視線を外したその直後。
「タカコ!」
 突然耳に届いた北見の焦った様な声、何が有った、数体斬り伏せてそちらへと再度視線を向けた敦賀が見たものは、二体の活骸に飛び掛られ、その内の一体に左肩を食い千切られるタカコの姿だった。
「――おい!!馬鹿女!!」
 大きく、大きく心臓が跳ね、そして、敦賀の体内で何かが弾けた。
 活骸の歯は鋭い、戦闘服の布地等ものともせずに食い破る、破られた戦闘服の下から覗いた白い肌が瞬時に真っ赤な血で濡れて行く。筋をやられていれば柄尻の保持は難しいだろう、やはり助勢に、そう判断した敦賀が一歩踏み出そうとした時、こちらへと背を向けている筈のタカコが大声でそれを制止する。
「来るなど阿呆が!自分の仕事片付けろ!」
 そう吐き捨てて村正を地面に突き立てるタカコ、その彼女が次に抜いたのは、腰に差した大振りのナイフがひと振り。彼女自身が持ち込んだもの、初陣の際に拳銃と共に返還を要求され、高根がそれに応じて彼女へと返した愛用の得物だ。
「心配するな!私は元々こっちの方が得意だ、片手で扱えるしな!」
 やはり見ないままで言葉を放るタカコ、太刀の時の足捌き体捌きとは違いもっと細かく鋭い動きで活骸の間合いに突っ込み、活骸の喉笛を斬り裂き切断し、時には背後に回り込んで頚部にナイフを突き立てて延髄を破壊していく。
 対人制圧が専門だと言っていた彼女、凄まじい動きの中に、敦賀はその言葉が真実なのだと思い知った。
 やがて周囲の掃討は完了しタカコの下へと歩み寄れば、いつもの様に活骸の体液に塗れた彼女からいつもの笑みを向けられる。負傷する事は誰にでもある、敦賀自身とて時には傷を負う事も有る。だから、彼女を殊更に叱責する理由は無い、庇われた北見を叱責するのは更に筋違いだろう。
 それでも活骸に襲われ肩を食い千切られ、彼女の肩が真っ赤に染まったのを見た瞬間に自分の中で弾けた何か、今も彼女の肩の赤を見る度に大きく動くそれを抑え込みつつ、
「……だから油断するなと言ったろうが、使えねぇ奴だなてめぇは」
 そう吐き捨てるのが精一杯。
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