大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
30 / 101

第29章『気付き』

しおりを挟む
第29章『気付き』

 その後、タカコは戦線の離脱を余儀無くされた。戦闘の続行は厳しい、無理をさせれば次回以降の出撃にも支障が出る、その判断の専門家である医療班と現場医官にそう言われれば敦賀も高根も、そして当のタカコも反論する事は出来ず、彼女は本隊の撤収を待たずに他の負傷者と共に博多の海兵隊本部へと送り返された。
 脳裏に焼き付いた肩が真っ赤に濡れた様、その所々に皮膚の裂け目なのか白い筋が覗き、怪我の状態が気になった敦賀は帰還前の小休止時に医官を捕まえて聞いてみる。
「先生、あの馬鹿女の怪我の程度は?」
「ああ、捕虜ですもんね、万が一本国と接触する事が有れば色々と拙いですよね」
「ああ……、で、どうなんだ?」
「命に別状の有る様なものではないんでそれは心配しなくて良いです、感染症にだけ注意すれば。ただ、傷は結構深いです、すっぱり切れたわけじゃなく活骸に食い千切られてますから塞がるのも時間が掛かるし、痕は確実に残りますよ」
「神経や筋は?傷が塞がればまた戦えるのか?」
「それは大丈夫。筋肉を結構持って行かれてるので暫くは引き攣りや違和感が残るでしょうけど、普段からあれだけ鍛えてるならそれもいずれ無くなります。いや、女性の肩じゃないですねあれは」
「そうか、分かった、有り難う」
「あ、次の出撃は無理ですね、次回はしっかりと静養させてその次を目標にして下さい」
「ああ」
 次回の出撃は無理でも今後の全てが絶たれる事に比べれば何でもない、とにかく良かったと敦賀は小さく溜息を吐く。死者を除けば今回はタカコが一番の重傷を負った事になる、色々と事情の絡み合う彼女、その身体に取り返しの付かない事態が齎されずに良かったと、心底そう思った。

「――よし、撤収!」
 やがて出撃から三十二時間が経過した翌日の夕方、漸く掛かった高根による帰還の号令、敦賀はトラックの荷台でそれを聞きながら先に戻っているタカコの事を思い浮かべていた。
 彼女は大和人ではなく海兵隊員でもない、仲間ではない。高根にはそのつもりは毛頭無い様子だがいずれ母国に戻る人間、それを忘れかけていた。本来であれば収容所を設置してそこで管理すべき存在、それなのに海兵隊員と同じ扱いをして戦場へと出る事を許可したのは、タカコ自身の申し出という事も有るが大部分は彼女をここに留めておく為の海兵隊側からの便宜供与、自分達の都合なのだ。
 その中で彼女を失う事にならなくて本当に良かった、安堵の溜息を深く吐きながら、そこでふと敦賀は自分の思考回路に疑問を感じて我に返る。
 タカコは重要な存在であり何の危害も与えられる事の無い様に保護されるべき存在、それは間違いは無い、自分もそう認識している。それはそれで問題は見当たらないが、だとしたらその対象に対して持つべき感情を自分は今抱いているのか、それに思い当たった時、敦賀は珍しくがっくりと肩を落とし右手で頭を些か乱暴に数度掻いた。
「先任?どうかしたんですか?」
「……いや……、何でもねぇ、放っておいてくれ」
「はあ……分かりました」
 良くない、この状況はどうも良くないと胸中で繰り返す。海兵隊の最先任、その名誉と責任の有る立場の自分が、捕虜に、しかも口と態度の悪いあの下品な馬鹿女に対して何を考えているのか。
 気の所為という事にしておこうかと思うもののそれは何か違う気もして、帰還して今回の処理を終えたら今日の内に顔を見に行ってみようと、無難とも先延ばしとも判別し難い結論に落ち着いた。

「……何でてめぇがここにいるんだ、仕事はどうした総司令」
「俺?今日やらないと拙いのはもう片付けた。ほら、真吾君超有能だから」
「死ね。で、何なんだ、何か用なんじゃねぇのか?」
 帰還後、夜の敦賀の執務室。書類を片付けている敦賀の前で応接セットのソファに踏ん反り返り、部屋の主の了解もとらずに勝手に淹れた茶を啜る高根、敦賀の分も入れればまだ良いものを自分の分だけを淹れて飲む姿に、敦賀は右手に持ったペンを苛立ちに任せて握り締める。
「うん?何が?」
「……だから……てめぇが態々ここに来るって事は何か用事が有るんだろうが……しかもその気持ちの悪ぃニヤケ面、どう考えても碌な事じゃねぇ、何が言いたい、はっきり言え」
「タカコには今日これから手ぇ出すんか?俺は反対はしねぇぞ。どんどんやれ、その方が面白ぇ」
 突然ぶつけられたとんでもない内容の言葉、それに内心動揺し思わず動きを止めて高根の方を見れば、返されたのは実に楽しそうないやらしい笑顔。
「医官の大和田にタカコの事あれこれ聞いてたらしいな?他に死者も負傷者も大勢出てるのに真っ先にタカコの事聞いたって聞いてよ、おじさん気付いちゃった」
「……そりゃあいつが捕虜――」
「――敦賀よ」
 言い訳は少しだけ低くなった高根の声音に遮られた。
「前に言ったよな?正直になる事も時には必要だってよ。今も言った様におめぇが本気なら俺は反対はしねぇよ。国の事も仕事の事も全て捨てさせて、それでもあいつが後悔しねぇ位に愛してやるのも……男としての甲斐性なんじゃねぇのか?」
 視線は打って変わって鋭く敦賀を射抜き、
「……おめぇはこの大和海兵隊の最先任だがそれだけじゃねぇだろう、男としてのおめぇと最先任としての立場、それを両立出来る位の器量はあんだろ?ま、よーく考えな……それじゃ夜更しはお肌に悪いんで、お休み」
 そう言って湯呑を机に置いて立ち上がり、高根は静かに部屋を出て行った。
 何も言葉を返せなかった、人を見る目に優れた、深く鋭い洞察力を持つ上官である高根、その彼にああもずばずばと言い当てられ、返す言葉は一つも見つからない。
 けれど、彼は知らないのだ、あの墜落の時タカコの傍には夫がいて、手の施し様が無い致命傷を負った彼を彼女が楽にしてやったのだと、それからまだ一年も経っていないのだと。
 そして何よりも自分自身に躊躇が残る、疑問が残る、彼女に対して抱いているこの感情の正体を図りかねている。
「……顔見て考えてみるか」
 どうにも答えの出ない袋小路、それを解決するにはやはり本人を見てみるのが一番か、敦賀はそう考え立ち上がり、タカコの部屋へと向かって歩き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

【短編】記憶を失っていても

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
 7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。  そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。  これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。 ※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)

処理中です...