大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第30章『自覚』

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第30章『自覚』

「は?意味分かんない」
「だから、それが将棋の規定なんだよ」
「えーと……じゃあ、これは、こう?」
「そうそう、はい貰った」
「はぁぁ!?」
 深夜と言っても良い時間帯のタカコの部屋、その寝台の上で胡座を掻いて将棋盤を挟み向かい合うのはタカコと何故か三宅、それを椅子に座った福井が眺めているという何とも奇妙な光景を前に、敦賀は扉を開けた後暫く動きを失っていた。
「……てめぇ等……怪我人がこんな時間に何やってんだ……?」
「あ、先任、お疲れ様です。タカコが寝付けないって言うんで私と大尉が――」
「誠、てめぇは部屋に戻れ。ヒロ、てめぇもだ」
 不機嫌全開の敦賀の様子に福井はたじろぎ、三宅はやれやれと言った様子で肩を竦め溜息を吐く。そして手早く駒と将棋盤を纏めて小脇に抱えると寝台を降り、
「福井、そろそろ退散しよう」
 そう言って福井を促して部屋を出て行く。残されたのは部屋の主であるタカコと、それを仁王立ちで見下ろしている敦賀の二人だけ。
「お疲れ、もう後処理終わったの?」
 へらりと笑い敦賀へと向き直るタカコ、今迄は敦賀に向けられていなかった左肩、白いシャツのそこに血が滲んでいるのを見つけ険を深くして歩み寄った。
「何なんだそれは、ヒロも誠も気付かなかったのか」
「え?何が?」
「左肩、包帯越えて服に迄血が染みてんじゃねぇか」
「うっそ、あ、本当だ。寛和は将棋盤見てたし誠ちゃんは反対側にいたから見えなかったんだな、私も痛いのはずっとだから気付かなかったよ」
 全く深刻に考えずにからからと笑うタカコ、それを目にした瞬間敦賀は反射的にタカコの後頭部に掌を叩き込み、頭を押さえて痛がるタカコを見下ろし、
「……アレか、ワシントン陸軍では人の神経を逆撫でする技術の体得が必須科目なのか」
 そう吐き捨てて踵を返し歩き出す。
「で……何の用なんだよ……いたた……」
「……まだ済んでねぇ、包帯換えてやるからちょっと待ってろ」
 そう言って一度部屋を出た敦賀が救急箱を手に再びタカコの部屋を訪れる迄五分程、その間彼女は逃げ出す事も無く、寝台の上に胡座を掻いたままで敦賀を出迎えた。敦賀は何も言わずにその隣に腰を下ろし靴を脱いで寝台に上がり、同じ様に胡座を掻いて彼女の方に向き直る。
「で?何か話か用事が有ったんじゃないのか?」
 疑問をそのまま表情に現し敦賀を見詰めるタカコ、敦賀はその問い掛けには答えず彼女の右肩に手を掛け、左肩が自分の正面に来る様に向きを変え救急箱の中から包帯を一巻き取り出した。
「……無茶してんじゃねぇよ、こんだけの怪我したなら素直に引け、ナイフ取り出して戦闘続行とか阿呆かてめぇは」
「こんな時間に何かと思ったら説教かよ……言っただろ、ナイフの方が得意だって」
「説教じゃねぇよ……心配させるなって言ってんだろうが馬鹿女」
 その言葉にタカコの動きが見事に固まった。そして、少々の時間を置いてぎこちなく、本当にぎこちなく硬い動きで顔を敦賀に向けて口を開く。
「……敦賀が……私を心配……?どうしたんだ?何か有ったのか?私を罵る事は有っても心配なんかした事無かったのに、一体何が?」
「……てめぇは俺をどういう人間だと思ってやがんだ?」
「いやそんなのこっちが聞きたいし。お前は私をどう思ってんだよ」
 真似て返された言葉、それに思わず言葉と動きを失った。帰還中からずっと考えている事、それを見透かされている気がして彼女の顔を見てみればこちらを見返す若干不貞腐れた面持ち、見透かされているわけではないのだと安堵し、再度自分に問い掛けてみた。
 約一年前に出会い捕虜となった外国人、気性はなかなかに激しく口は悪くとんでもなく下品で、自分に突っ掛かって来るかと思えばこちらの言葉は適当な態度で受け流し掴み所が無い。
 けれど事故で死んだ仲間の葬儀では毅然と凛として立ち、彼等の指揮官としての姿を全うする様を自分達に見せ付け、そして、その後一人で、たった一人で泣いていた。
 戦場に出ればまさに鬼神の如き動きを見せ、その眼差しと振る舞いは鋭く、そして美しささえ漂わせ、敦賀の意識を釘付けにして見せた。
 何もかもがちぐはぐで同一人物とは思えない程の面を併せ持つタカコ、高根は彼女の事を『国や仕事を捨てさせて、それでもそれを後悔しない位にあいつを愛してやれ』とそう言った。けれど、改めてその単語を据えて彼女を愛しているのかと自問すれば、分からないというのが正直なところだ。
「……敦賀?」
「……いや、何でもねぇ……とにかく包帯換えるぞ、シャツ脱げ。血が滲んでるんだしどうせ交換だろう」
「え……脱げって……堅物だと思ってたけど意が――」
「何だったら今すぐお前のその下品な妄想の通りにしてやっても良いんだが?」
「いや嘘です、冗談です。今すぐ脱ぎます、はい」
 戦場での負傷兵の手当てで女性の裸は見慣れている、現在の戦闘職に女性はタカコしかいないが過去には他にもいたし、女性の多い調査研究班も時には負傷する、そもそもタカコの素肌を目にしたのも昨日の負傷が初めてではない。それ故に特に意識もせず脱げと言ったのだが、タカコの反応で一般的な意味に思い至り、それを誤魔化す為に敢えて彼女の言葉に乗ってみた。
 こういう返しをすれば、彼女が途端に弱腰になって引っ込む事は一年の付き合いの中で知った、意外と口だけ大将だと思いつつ、シャツを脱ぎ素肌を晒す彼女からそっと視線を外す。
 タカコの脇に脱いだシャツが置かれるのを待って左肩へと手を伸ばしそこに巻かれた包帯を解けば、その下からは未だ生々しい、血を滲ませる食い千切られた傷跡が現れる。肉を持って行かれていては縫合する事も出来ず、傷跡を目立たなくする手段も無い。
「つくづく馬鹿だな……ひでぇ痕になるぞこりゃ」
「うはは、超今更なんだけどそれ。見てみろよ、もう身体中傷だらけだよ。下半身もすげぇぞ、見てみるか?」
「……てめぇは本当に女か?」
 いつも通りの彼女の軽口、それにいつもの様に返し、傷口を消毒し包帯を巻き直しつつ改めて彼女の身体を見回してみた。鍛え抜いていて一般的な女性よりは余程逞しい身体つきをしていても、自分と比べれば明らかに細い頚、腕、小さく頼りない肩と背中。
「……いや……女だろうがよ、てめぇは」
「……敦賀?」
 包帯を巻き終えれば直ぐに立ち上がり、タカコに新しいシャツを手渡し『しっかり休め、それも役目だ』とそう言って部屋を出る筈だった。
 けれど、思った通りには身体は動かず、気が付けば目の前の小さな身体を己の両腕でしっかりと抱き締めていた。突然の事に身体を強張らせ身じろぐタカコ、それを宥める様にして腕に少し力を込め、彼女の頭へと遣った掌で髪の毛を数度優しく撫で付ける。
「……あんまり無茶すんじゃねぇよ、馬鹿女」
「……うん、ごめん」
 きっとこの状況にはそぐわない言葉、けれど、自分の気持ちの正体を的確に掴むには考える事も抱えているもの大きく重過ぎて、今の敦賀にはそれが精一杯だった。
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