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第32章『寝言』
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第32章『寝言』
五月の夜と同じ様に肩に感じるじんわりとした暖かさ、敦賀はそれを感じ深く溜息を吐き、ずり落ちかけた背中のタカコを背負い直す。
「馬鹿女、しっかり掴まれ、落ちて怪我追加になっても知らねぇぞ」
「んー……もう要らない……」
「食い物の話でも酒の話でもねぇ、しっかり掴まってろって言ってんだ」
鍛錬の後に書類仕事を片付けて営外に出たのが二十時程、そこから敦賀の行きつけの屋台を数軒回って色々と食べたのだが、博多には陸軍海兵隊沿岸警備隊の基地や駐屯地が集結しており、夜の中洲は当然課外の彼等で溢れている。敦賀が女連れなのが珍しいのか行く先々で声を掛けられ、その度にタカコは彼等からあれを食えこれを飲めと勧められ、結局今回もまた前回と同じ様に、とんこつ麺の屋台に行き着く前に轟沈の憂き目を見る事になった。尤も、それでもとんこつ麺はしっかりと食べたから、余程気になっていたのは確かな様だ。
憂き目、とは言ってもその目を見ているのは正確には潰れた本人のタカコではなくそれを背負う敦賀、沿岸警備隊の最先任と陸軍西方旅団の最先任にも会い、彼等の方が在籍年数も歳も上という事で奢ってもらったものの、海兵隊の隊員達に会えばこちらが出す側、色々と歩き回った所為で随分と予定外の出費だと内心零しつつ本部営舎へ続く道を歩いている。
「おい、酔いが醒めたらてめぇも幾らか出せよ、捕虜だって本国の給料を基準にしてちゃんと出てるだろうが」
背中からの返事は無い、聞こえて来るのは静かな寝息だけ。能天気な事だと溜息を一つ吐き、それからは寝息を聞きながら無言で歩き営舎へと辿り着いた。
「おい、着替えはどうすんだ」
部屋に入り寝台へと下ろしてやれば直ぐ様布団を被って丸まるタカコ、着替えはどうするのかと問い掛けても返事は無く、まさか脱がせるわけにもいかずこのまま寝かせるしかないか、敦賀はそんな事を考えつつタカコの寝台へと腰を下ろす。
いつもの気の強さはまるで感じられない子供の様な寝顔、遠い異国の地で何とも幸せな事だと思いながら、無意識に彼女の寝顔へと手を伸ばした。指の腹と掌に触れる穏やかな暖かさ、心地良いその感触に緩く摩り上げれば、その感触で目が覚めたのかタカコの双眸が薄らと開かれ視線がこちらへと向けられる。
「……タカユキ?」
五月の夜と同じ様にタカコの唇が自分の名前を紡ぐ、敦賀はそれを合図の様にして動き出し、靴を脱いで布団を捲くり小さな身体の上へと多い被さった。
「タカ――」
言葉を紡ごうとする唇を己のそれでそっと塞ぎ、静かに、静かに舌を侵入させて行く。抵抗は無い、それどころか素直に応える彼女の舌を自らの口腔内に引き入れて緩く歯を立てれば、鼻から漏れるいつもより少し高い声に、自分の中の男を一気に煽り立てられるのを感じた。
存分に口腔と舌を堪能した後は唇を頬に、耳朶に、首筋に移動させ、触れるだけの口付けを繰り返し、時折舌を這わせ緩く吸い上げる。その度にタカコは喉の奥で小さく啼き身体を震えさせ、シャツの釦を外しながら下へ下へと降りて来た敦賀の唇が鎖骨へと到達した直後、彼の耳に聞こえて来たのは先程迄聞こえていたのと同じ静かな寝息。
まさか、そう思って顔を上げてみればタカコは完全に寝入っていて、それを認識した敦賀は脱力し彼女の胸元へと顔を埋め動かなくなった。
既に下半身は臨戦態勢にはなっているものの、意識を失っている女を抱く趣味は無い、生殺しもいいところだが相手がこうでは諦めるしか無いだろう。それでも暫くは抱き締めさせていてもらおうか、そう思いつつ布団を被りタカコの頭を自分の二の腕に乗せて抱き締めてみる。
自分の両腕の中にタカコの身体を収めたのは一週間振り、あの時も何とか思い止まりその先へと進む事は無かったが、今回もそうなるとはよくよく運が無いらしい。
「……おい、これは態とやってんのか馬鹿女」
そう吐き捨て、しかしそれとは裏腹に優しく抱き締めれば、それに応える様に敦賀の背中に回されるタカコの腕、その暖かさと優しさに何とも言えない感覚を感じつつ彼女の額へとそっと口付けた。
離れ難い温かさと心地良さ、名残惜しく思いつつも敦賀がそれから漸くと離れたのは窓の外が薄く明るくなってから。
その暫く後起きて来たタカコは五月とは違い随分と重苦しい面持ちでこめかみを押さえ、
「……死ぬ……太陽が黄色い……飲み合わせ悪かったなこりゃ……」
若干土色の顔色でそう言って洗面所で水を飲んでいた。
「そりゃ飲んだ酒の等級も随分違うからな、五月に飲んだのは相当良いやつだ、混ぜ物無しの高級品。下士官の稼ぎじゃあんなもんはそうそう飲めねぇよ」
「ああ……そういやあん時は真吾とタツさんの奢りだったっけ……流石大佐様と准将様……いたた……」
ぐったりとしたタカコの脇に立ち歯を磨き始める敦賀、タカコはその彼の言葉にしんどそうな様子で返し、続いて彼へと問い掛ける。
「そういやさ、私また途中迄しか覚えてないんだけど。とんこつ麺食べた?」
「……覚えてねぇのか」
「うん、中洲で飲んでて、気付いたらまた朝で自分の寝台て寝てた」
「……戻って来てからも覚えてねぇのか」
「うん、全然覚えてない……私、何かした?」
「……いや、何もしてねぇ。どっちかと言うと、何もしてねぇのが問題だ」
「は?意味が分からんのだが?」
「てめぇはもう二度と飲むな、中洲に行く事は有るだろうが酒は飲むな」
「……あの、私、マジで何かやった?」
「知るか、てめぇの胸に聞け」
「ちょ、教えてよ、私何したんだよ?」
「知るか屑。とにかくてめぇにはもう二度と飲まさねぇ」
関係を進められかと思えば当の相手は全く覚えていない、何だこの糞下らない流れはと敦賀は胸中で吐き捨てる。タカコにはもう二度と酒類は与えない、その誓いは彼の今迄の人生の中で一二を争う程強いものだったかも知れない。
五月の夜と同じ様に肩に感じるじんわりとした暖かさ、敦賀はそれを感じ深く溜息を吐き、ずり落ちかけた背中のタカコを背負い直す。
「馬鹿女、しっかり掴まれ、落ちて怪我追加になっても知らねぇぞ」
「んー……もう要らない……」
「食い物の話でも酒の話でもねぇ、しっかり掴まってろって言ってんだ」
鍛錬の後に書類仕事を片付けて営外に出たのが二十時程、そこから敦賀の行きつけの屋台を数軒回って色々と食べたのだが、博多には陸軍海兵隊沿岸警備隊の基地や駐屯地が集結しており、夜の中洲は当然課外の彼等で溢れている。敦賀が女連れなのが珍しいのか行く先々で声を掛けられ、その度にタカコは彼等からあれを食えこれを飲めと勧められ、結局今回もまた前回と同じ様に、とんこつ麺の屋台に行き着く前に轟沈の憂き目を見る事になった。尤も、それでもとんこつ麺はしっかりと食べたから、余程気になっていたのは確かな様だ。
憂き目、とは言ってもその目を見ているのは正確には潰れた本人のタカコではなくそれを背負う敦賀、沿岸警備隊の最先任と陸軍西方旅団の最先任にも会い、彼等の方が在籍年数も歳も上という事で奢ってもらったものの、海兵隊の隊員達に会えばこちらが出す側、色々と歩き回った所為で随分と予定外の出費だと内心零しつつ本部営舎へ続く道を歩いている。
「おい、酔いが醒めたらてめぇも幾らか出せよ、捕虜だって本国の給料を基準にしてちゃんと出てるだろうが」
背中からの返事は無い、聞こえて来るのは静かな寝息だけ。能天気な事だと溜息を一つ吐き、それからは寝息を聞きながら無言で歩き営舎へと辿り着いた。
「おい、着替えはどうすんだ」
部屋に入り寝台へと下ろしてやれば直ぐ様布団を被って丸まるタカコ、着替えはどうするのかと問い掛けても返事は無く、まさか脱がせるわけにもいかずこのまま寝かせるしかないか、敦賀はそんな事を考えつつタカコの寝台へと腰を下ろす。
いつもの気の強さはまるで感じられない子供の様な寝顔、遠い異国の地で何とも幸せな事だと思いながら、無意識に彼女の寝顔へと手を伸ばした。指の腹と掌に触れる穏やかな暖かさ、心地良いその感触に緩く摩り上げれば、その感触で目が覚めたのかタカコの双眸が薄らと開かれ視線がこちらへと向けられる。
「……タカユキ?」
五月の夜と同じ様にタカコの唇が自分の名前を紡ぐ、敦賀はそれを合図の様にして動き出し、靴を脱いで布団を捲くり小さな身体の上へと多い被さった。
「タカ――」
言葉を紡ごうとする唇を己のそれでそっと塞ぎ、静かに、静かに舌を侵入させて行く。抵抗は無い、それどころか素直に応える彼女の舌を自らの口腔内に引き入れて緩く歯を立てれば、鼻から漏れるいつもより少し高い声に、自分の中の男を一気に煽り立てられるのを感じた。
存分に口腔と舌を堪能した後は唇を頬に、耳朶に、首筋に移動させ、触れるだけの口付けを繰り返し、時折舌を這わせ緩く吸い上げる。その度にタカコは喉の奥で小さく啼き身体を震えさせ、シャツの釦を外しながら下へ下へと降りて来た敦賀の唇が鎖骨へと到達した直後、彼の耳に聞こえて来たのは先程迄聞こえていたのと同じ静かな寝息。
まさか、そう思って顔を上げてみればタカコは完全に寝入っていて、それを認識した敦賀は脱力し彼女の胸元へと顔を埋め動かなくなった。
既に下半身は臨戦態勢にはなっているものの、意識を失っている女を抱く趣味は無い、生殺しもいいところだが相手がこうでは諦めるしか無いだろう。それでも暫くは抱き締めさせていてもらおうか、そう思いつつ布団を被りタカコの頭を自分の二の腕に乗せて抱き締めてみる。
自分の両腕の中にタカコの身体を収めたのは一週間振り、あの時も何とか思い止まりその先へと進む事は無かったが、今回もそうなるとはよくよく運が無いらしい。
「……おい、これは態とやってんのか馬鹿女」
そう吐き捨て、しかしそれとは裏腹に優しく抱き締めれば、それに応える様に敦賀の背中に回されるタカコの腕、その暖かさと優しさに何とも言えない感覚を感じつつ彼女の額へとそっと口付けた。
離れ難い温かさと心地良さ、名残惜しく思いつつも敦賀がそれから漸くと離れたのは窓の外が薄く明るくなってから。
その暫く後起きて来たタカコは五月とは違い随分と重苦しい面持ちでこめかみを押さえ、
「……死ぬ……太陽が黄色い……飲み合わせ悪かったなこりゃ……」
若干土色の顔色でそう言って洗面所で水を飲んでいた。
「そりゃ飲んだ酒の等級も随分違うからな、五月に飲んだのは相当良いやつだ、混ぜ物無しの高級品。下士官の稼ぎじゃあんなもんはそうそう飲めねぇよ」
「ああ……そういやあん時は真吾とタツさんの奢りだったっけ……流石大佐様と准将様……いたた……」
ぐったりとしたタカコの脇に立ち歯を磨き始める敦賀、タカコはその彼の言葉にしんどそうな様子で返し、続いて彼へと問い掛ける。
「そういやさ、私また途中迄しか覚えてないんだけど。とんこつ麺食べた?」
「……覚えてねぇのか」
「うん、中洲で飲んでて、気付いたらまた朝で自分の寝台て寝てた」
「……戻って来てからも覚えてねぇのか」
「うん、全然覚えてない……私、何かした?」
「……いや、何もしてねぇ。どっちかと言うと、何もしてねぇのが問題だ」
「は?意味が分からんのだが?」
「てめぇはもう二度と飲むな、中洲に行く事は有るだろうが酒は飲むな」
「……あの、私、マジで何かやった?」
「知るか、てめぇの胸に聞け」
「ちょ、教えてよ、私何したんだよ?」
「知るか屑。とにかくてめぇにはもう二度と飲まさねぇ」
関係を進められかと思えば当の相手は全く覚えていない、何だこの糞下らない流れはと敦賀は胸中で吐き捨てる。タカコにはもう二度と酒類は与えない、その誓いは彼の今迄の人生の中で一二を争う程強いものだったかも知れない。
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