大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第40章『侵攻』

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第40章『侵攻』

「活骸!?」
「防壁全部突破されたってのか!?真吾達は何やってんだ!!」
「タツさん、今はそんな事言ってる場合じゃない、制圧しないと!」
 タカコの言葉は尤もだ、何がどうしてこんな状況になったのかは見当も付かないが今はそれを考えている場合ではない、目の前の事態に対処しなければ。
「ああ、タカコちゃん、君はここから動くな、頭を低くして隠れてろ、良いね?」
「はぁ!?何で――」
「俺は真吾から君を預かった、留守の間は俺に、陸軍に任せてくれ、そう言ったんだ。その約束を違えるわけにはいかない、ここにいるんだ、良いね?」
 抗議の言葉を吐き出そうとするタカコの口を黒川の掌が押さえ、彼はそう言って後部座席に置いて有った自らの太刀を手にして運転席の扉を開ける。そして、
「俺が扉を閉めたら直ぐに鍵を掛けるんだ、絶対に外には出て来るな」
 そう言って抜刀し鞘を車内に放り扉を閉め、人並みに逆らって活骸の群れへと向け走り出した。
 何とも間が悪い、最強最精鋭を誇る海兵隊、その主力が対馬区へと出払っている時に活骸の本土侵攻を許すとは。それとも対馬区で何かが起こり主力部隊が壊滅したのだろうか、有り得ない、そう思いたいところだが現実に活骸が今自分の目の前にいる。
「んな事……考えてる場合じゃねぇか……!」
 人の波を摺り抜け活骸の群れの前に躍り出る。三体、それだけ斬って一旦下がり態勢を立て直す、自分の実力ではそれが限界だろう、黒川はそう判断し目の前の一体を見据え太刀の鋒を斜め上に鋭く振り上げた。
 土気色をした活骸の身体、その胴体に斜めに斬撃が奔り一瞬遅れて暗いくすんだ赤い体液が空気中へと迸る。黒川はそれを受け止めつつ今度は真横に太刀を走らせ活骸の首を刎ね飛ばした。
 先ずは一体、直ぐ様次へと移り斬り付けながら周囲の状況を窺えば、兵士が個々に応戦している様だが統率は全く取れていない様子。良くないな、対馬区の高根達主力へと海兵隊の伝令は出たのだろうか、そんな事を考えつつ首を刎ね次に移る。
 二十年を超えた陸軍生活、最初から士官として任官した事も有り実戦に出る事は全く無かった。活骸と対峙しそれを斬ったのも実際のところ初めてで、形だけは人間と同じこの化け物と常に対峙し続け月に一度は対馬区へと出て行く海兵隊、その道を掴み取った高根が羨ましい、そう思う。
 『あの日』作った籤、どっちがどっちを引いても恨みっこ無しだ、そう言って笑ったのは自分だったのに、掴んだのは高根の方。
 ふつふつ、と、自分の身体を巡る血が段々と熱くなって行くのが分かる、そう、自分も本当ならこんな人生を送りたかった。
「今からでも取り替えてくんねぇかなぁ……、なぁ、真吾よ……!!」
 身体が軽くなった、素早く踏み込み手首と腕を返し並んだ二体の首を続けて刎ね飛ばす。次は、視線を横に流せば三体同時に襲い掛かって来るのが見て取れて、そちらへと向き直った瞬間、背後から凄まじい速度で迫って来る重く鋭い殺気に背筋が粟立った。背後を取られたか、いつの間に、黒川がそう思った直後、その気配は彼の横を摺り抜けて活骸の群れへと突入して行く。
 まるで舞を観ている様だ、場違いにもそんな事を考えた。右手には拳銃、左手には脇差程の長さの無骨なナイフ、それだけを頼りに活骸の間合いに入り込み、頭部を拳銃で撃ち抜き次に首をナイフで刎ね飛ばす。頭部と胴体が完全に分かれる前に足は次を向き、分離と同時に上半身がそれについて行く。瞬く間に次々と無力化されていく活骸達、黒川はその様子を半ば呆然として見詰め、目の前の小さな背中に向かってその名を口にした。
「……タカコ、ちゃん……」
 強い、腕は立つ、高根から聞いてはいたがこれ程とは思わなかった。女にしては、その枕詞が付くと思っていたのに見縊り過ぎていた様だ。敦賀と良い勝負をするというのも頷ける、それどころかやり方や局面によっては彼をも上回ると言って良いだろう。
「――――!」
 背中や横顔だけを見せていたタカコが黒川の方を向く。活骸の身体、その向こうから覗く双眸と小さな身体が放つ空気、それを目にした瞬間、黒川は自分の心臓が鷲掴みにされた様な錯覚に陥った。
 あれは真っ当な人間じゃない、戦い殺す為に生まれ、その為だけに育て上げられ生きて来た、鬼神そのもの。
 二十体程いたであろう活骸、その全てが動きを失ったのは黒川が戦端を開いてから十分も経たない頃合い、その殆どを一人で片付けたタカコがナイフに付着した脂をズボンで拭いながら振り返り黒川へと笑顔を向ける。
「平気?タツさん」
 それはいつものタカコで、先程の彼女とは同一人物なのかと思う程の乖離ぶりに黒川が言葉を紡げずにいれば、何処か怪我でもしたのかと眉根を寄せたタカコが歩み寄って来る。
「怪我でもした?」
「……いや、俺、車の中にいろって言ったよな?怪我は無いかい?」
「うん、無傷。これ全部活骸の体液だし」
「無茶しないでくれな?君に万が一の事が有れば敦賀と真吾に殺されちまうよ、俺」
 活骸の体液に塗れて汚れたタカコが黒川を見上げて笑う、勘弁してくれと思いつつそう言って彼女の頭を撫でれば、双眸に先程の色が僅かに蘇りタカコはまた笑って口を開いた。
「さっきの見てても本当にそう思う?」
 それに対する否定の言葉等、有ろう筈も無かった。自分よりも圧倒的に高い水準に在る実力、守るどころか下手をすればこちらが守られる側だろう。高根との約束を反故にする気は毛頭無いが、活骸の排除が急務の今、この戦力を遊ばせておく事も出来ない。
「……俺から離れたら駄目だぜ?」
「了解、総監。所属は違うけど、今はタツさんの指揮下に入ってあげる」
 あちこちから新たな活骸がこちらへと向かって来るのが見える、二人はそれを一瞥した後お互いの顔を見据え、直ぐ様背中合わせになりつつ得物をその手に構え直した。
「背中、預けたよ」
「ああ。俺もだ、君の背中も預かった」
「言っといて何だけど、総監様に背中預かってもらうってのもねぇ」
「任せなって、これでも毎日の鍛錬は欠かしてないのよ、おじさん。それに真吾と同じ道場通ってた同門なんだぜ?」
「そうか……それじゃ、本当に任せたよ」
「ああ……俺を信じな」
 それを聞き終え二人はほぼ同時に地面を蹴る。
 そして、その遣り取りが二人がその日交わした最後の言葉になった。
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