大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第42章『拷問』

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第42章『拷問』

 音が遠い、まるで分厚い膜を通したかの様にぼやけた音が頭上から響いて来る、人の話し声だろうか。そもそも何故自分はこんな事になっているのだろうか、息が苦しい、頭を押さえ付けているその手を退かしてくれないか。
 タカコの脳裏にそんな言葉が浮かんでは消えて行く、と、突然頭を押さえていた手が髪を鷲掴み、彼女の頭を水中から引き上げた。途端に身体が空気を求めて横隔膜を下げ肺に空気を取り込み始める。序でに水も吸い込んでしまい激しく咳き込みながら、タカコは腫れ上がって上手く開かない瞼を持ち上げ周囲を見渡してみた。
 人数は二等兵が三人、拘束された時から減ってもいないし増えてもいない、誰かに報告に行った様子も無いし恐らく彼等の独断だろう。技量も知識も無さそうだ、高度な教育は受けていない、陸軍の上層部が絡んでいるとは思えない。
 服はとうの昔に全て引き剥がされて全裸、左肩の傷は殴られ蹴られナイフで抉られ、きっともう活骸に食い千切られた時よりも酷い有様になっているだろう。
「吐く気になったか?活骸をどうやって本土に引き入れた、お前がやったんだろうが、この間諜が!」
 髪を掴まれて上向かされ、顔が近付いて来て尋ねる、もう何度この言葉を聞いたのか、こちらの答えは決まっているのに、タカコはそんな事を考えつつそれをそのまま言葉にした。
「……だ、から……知らねぇって……言ってんだろうが……私は工兵部所属の海兵隊員、それ以外に……言う事なんか……無ぇよクソッタレ……!」
 言い終えると同時に頬に入る平手打ち、口の中はもう切れまくっているから今更唇が切れたところでもう血の味も分からない。敦賀に貰った平手の方が余程きつかったぞと小さく笑えば、それが勘に障ったのか今度は腹に膝が入った。
 あの時、黒川に背を預け戦っていたあの時、不意に視界に入った地面に倒れ込む陸軍兵、彼と迫る活骸の間に飛び込んで活骸の首を刎ねれば、助けた相手から向けられたのは拳銃の銃口だった。
「お前が捕虜の振りをして大和国内に入り込んだ斥候だってのは分かってる、活骸を本土に引き入れて中から壊滅させる気だってのもな、一緒に来い」
 そう話す彼の向こう、路地裏からも二人現れ、同じ様にして銃口を向けて来た。手にした拳銃の中にはまだ残弾は有ったが一人を殺せば残る二人に確実に撃たれるだろう、何よりも、陸軍と事を構えれば高根と黒川、あの二人に累が及ぶ事は間違い無い。
 自分のその場凌ぎの保身の為に目の前の三人に害を無し拠る処を無くすのか、それとも今は彼等に従い機を待つか、答えは選択する迄も無く分かりきっていた。そうして銃口を背中に押し付けられて拘束され、途中からは目隠しもされて連れて来られたこの場所、最初にいた地点からどの方角にどれだけ移動したか、大まかな数字は分かるが詳しい事は何も分からない。
 連れて来られて最初は椅子に縛り付けられて尋問され、知らないのだから答え様が無いと言い続ければやがて殴られた。それでも同じ事を答え続ければやがて始まった水責めと左肩の傷への拷問、吐瀉物に塗れた服は
「それじゃ気持ち悪いだろう、綺麗にしてやるよ」
 という言葉と下卑た笑いと共に全て引き剥がされた。
 そして、その後は虜囚に身を落とした女の辿る道の定番、三人が入れ替わり立ち替わりに中へと押し入って来て、何度も何度も中に吐き出された。抵抗はしなかった、抵抗すればそれに逆上した相手に殺される危険性が跳ね上がる、それは避けなければ。伝令は出た筈だから高根も敦賀も直ぐに戻って来る、黒川も自分が消えた事に気付けば直ぐに捜索の手筈を整えるだろう、その彼等が自分を見つけてくれるのを待つのが最善だ。それを信じて、今はただ黙ってやり過ごし、彼等を待てば良い。
 ここに来てから何時間経ったのか、窓も無いから何も分からない。時間の感覚が無くなるのが一番拙い、時計でも有ればと身じろげば再び腹を蹴り上げられて湿った床に仰向けに転がった。
 そしてまた始まった凌辱、口にも突っ込まれて思わず歯を立てれば頬を張り飛ばされて頭を床に叩き付けられ半長靴の硬い靴底でこめかみを踏み躙られる。
 こんな程度で拷問のつもりか、知っていたとしてこの程度で何を吐くかと思わず笑えば上向いていた左肩、その傷口にナイフを突き立てられる。流石に堪らず身体を捩り声を上げれば、突っ込んで腰を動かしていた男が口を開き
「おい、それ良いかも、今すげぇ締まった」
 と、何とも腐った言葉を吐き出し三人がそれに下卑た笑い声を上げた。
 傷口を抉られながらの凌辱、三人が一巡すればまた水責めが始まり、タカコは何度も何度も窒息の寸前と深呼吸の合間を行き来する。その最中、水に突っ込まれた直後、大量の水が気管へと侵入し、反射的に身体を捩り水から顔を出そうとするが頭を押さえる手が緩む事は無かった。
 やがて朧になる意識、身体が痙攣を始めたのが分かる、しくじった、もう終わりか、そんな風に考えた辺りで脳は遂に系統立てられた思考をする能力を失い、タカコの意識は暗い闇へと落ち始めた。
 次に気が付いた時には目の前に必死の形相の黒川の顔、その彼が何度も自分に口付け肺へと空気を送り込み水を吐かせようとし、胸を両手で圧迫しながら自分の名前を何度も何度も呼んでいる、そして、
「戻って来い!」
 悲痛な声でそう叫び、タカコはそれを耳にした瞬間、ああ、助かったのだと心底安堵した。それで気力が戻ったのか身体を捩り呼吸をすれば、気管の中に残っていた水を吐き出す為に激しく咳き込み始め、それを見て安堵の表情を浮かべる黒川の様子をぼんやりと眺めつつ、そのまま意識を手放した。
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