大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第43章『怒り』

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第43章『怒り』

 伝令を受けて対馬区から本土へと急ぎ戻り、途中で制圧の為にトラックを飛び降りた敦賀、その彼が本部へと戻ったのは夜半過ぎ、博多の街中に活骸の姿を殆ど見かけなくなってからの事。
 武蔵の刃はすっかり輝きと鋭さを失い、何度も何度も拭ったのに活骸の脂でほぼ鈍らと化している。本部の敷地内、屋外を民間人に避難所として開放した所為であちこちから泣き声や怒鳴り声が聞こえ、それを耳にしながら指揮所の高根の下へと辿り着けば、出迎えたのは険しい面持ちで怒りを身に纏った高根の姿だった。
「……どうかしたのか」
「……ちょっと来い、話が有る。おい、少し外す、何か有れば執務室に来てくれ」
 問い掛けに対する答えは無く、険しい面持ちのままそう言って立ち上がる高根、敦賀はそんな彼の様子に不審を抱きつつも抗う事は無く後をついて歩き出す。
「……それで、何が有った」
 活骸の体液塗れでは応接セットのソファに腰を下ろす事も出来ず、執務室に入って直ぐの壁に寄り掛かり敦賀が再び高根へと問い掛ける。高根はそれに直ぐには答えず、窓際の自分の机迄歩いて行き、椅子に深々と腰を下ろし肘を机に突いて手を組み、そこに口元を押し当て絞り出す様にして話し出した。
「……タカコが……陸軍の兵士に拉致された。行方はまだ分からん、龍興を呼び出して動員させちゃいるが……まだ見つかってねぇ」
 一瞬、敦賀の脳は高根の言葉を理解する事を拒絶した。帰還したら昨夜の事を謝罪して許してもらい、状況が許せば想いを告げようと思っていたタカコ、その彼女が行方不明、陸軍に拉致された、何がどうなっているのか、黒川は何をしていたのかと言おうとすれば、聞きたい事は高根にも分かっているのか敦賀の問い掛けに先んじて話し出す。
「陸軍での試射自体は問題無く終了したそうだ、それで、その帰りに龍興がタカコを送って行こうと中村に申し出て、タカコだけ別行動で龍興の車でこっちに戻ってたらしい、その途中で活骸に遭遇し戦闘に転じたと。奴はタカコに車内でじっとしてろと言い付けたそうだが、まぁあの跳ねっ返りが大人しく言う通りにする訳も無ぇや、一緒に戦ってたそうだ……それで、途中からタカコの気配が消えた事には気付きはしたものの活骸の相手で手一杯で確認も出来なかったと。総監として指揮所で指揮を執らねぇわけにもいかねぇ、部下にタカコを探すように命じて指揮所に入ったそうだ」
「……あの野郎が馬鹿女を工兵部隊と別にしてなけりゃ――」
「いや、その点だけは奴の行動で助かってる、多分な」
「どういう事だ」
「中村達の乗ったトラック、酷ぇ有様で見付かったよ、全員死亡だ。陣形を整える事も出来なかった様でな、全員トラックの直ぐ近くで食い荒らされてたそうだ」
「それで、拉致ってのは」
「うちの北見が見たそうだ、陸軍の二等兵共三人がタカコに銃だかナイフだかを押し当てて何処かに連れて行ったってな。それで直ぐに龍興を呼び出して詰問したが、どうも奴は何も知らねぇ様子でな、俺の怒りが可愛く思える位にキレてやがった、陸軍の名に泥を塗りやがってってな。それで直ぐに捜索させる、自分からそう言って帰って行ったよ……それから進捗は無ぇ」
「うちからは人間は出してねぇのか」
「……海兵隊は陸軍西方旅団の四分の一の規模だ、活骸の制圧をしつつ捜索に人を出せる余裕は無ぇよ……てめぇも分かるだろうがそれ位」
 捜索に人を出したいのは高根も同じなのだろう、しかしそれを許さない自らの立場に苛立つのか、机の下の足が床へと一度強く叩き付けられる。
「お前もここで待つか、どうせ武蔵ももう使い物にならねぇだろう。風呂入って来い風呂、臭くてしょうがねぇよ」
「……分かった、そうする」
 高根を責めてもしょうがない、彼もきっと自分と同じ位に憤っている筈だ、黒川の『陸軍に任せてくれ』というあの言葉を信用して彼女の身を預けたのに、その陸軍に彼女を拉致されたというのだから。
 そのまま執務室を出て一度自室に戻り着替えを手に取り風呂へと向かう、湯を被り汚れを流し全身を洗い湯船に浸かるが、その間頭に浮かぶのは後悔と怒りだけ。
 こんな事になると分かっていたら昨夜彼女に対してあんな事はしなかった、言わなかった、否、本土に残して出撃しなかった。対馬区に連れて出て、安全な第六防壁の指揮所に、高根の下に置いておいた筈だ。何故傍にいてやれなかったのか、守ってやれなかったのか、誰にぶつければ良いのか分からない怒りばかりが敦賀の中で増幅していく。
「……クソが……っ!!」
 拳を湯面に叩き付けても手応えが有ろう筈も無く、飛沫ばかりが上がり敦賀の顔を濡らすだけ。今直ぐにタカコを探しに行きたい、けれどそれを許さない状況と立場が恨めしい、陸軍の人間の仕出かした事なら陸軍の黒川に任せておくのが一番だというのは理解しているが、それでも動き出しそうになる衝動は余りにも激し過ぎた。
 それを何とか抑え込み風呂を出て再度高根の執務室へと向かう、状況はと問い掛ければ頭を横に振られ、敦賀はそれに舌打ちをして今度はソファにどかりと音を立てて座り、背凭れへと上半身を預け天井を仰ぎ見る。
 黒川が指揮を執っているのならきっと直ぐにタカコは見つかる、彼はいけ好かない男ではあるが有能だ、そう言い聞かせ言葉も無く時計が時を刻む音だけを聞き続ける。そんな二人が待ち侘びていた報告が執務室へと届けられたのは、夜明けも近い深夜三時を回った頃の事だった。
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