大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第44章『激情』

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第44章『激情』

 黒川が対活骸戦の指揮を部下に任せ、代わりにタカコの捜索の指揮を執り、彼女を発見したのは探し始めてから五時間後の事だった。
 陸軍の施設の一つ、その地下の扉を蹴破り突入してみれば全裸のタカコの頭部を水に沈める自軍の兵卒が三人、携えていた太刀を鞘から抜いて問答無用で彼等に叩き付け地に伏せさせタカコを水から引き揚げた、手首を返して峰打ちにしたのは僅かに残った理性の賜物だったろう。
 既に呼吸も脈も無く唇も手足の指先も紫色、逝かせてなるものかと必死で蘇生処置をして呼び戻した。薄く開かれていた双眸に生気が戻り苦しみとは言え表情を取り戻す迄何度も戻って来いと言い彼女の名前を呼び続け、激しく咳き込んで水を吐き出す様を目の当たりにして、心の底から安堵した。
 そうして兵卒三人を確保し、自分が直接尋問するからそれ迄は拘束だけしておけと言い残し、全裸のタカコに自らのジャケットを被せて抱き上げ、医官の下へと連れて行き手当てをさせた。
 そこで知らされた想像もしたくない事実、今から自分はそれを目の前の二人に伝えなければならない、黒川は見た事聞いた事を思い出しつつ、大きく息を吸い話始める。
「見つけた時、二時間程前だ、その時タカコちゃんは頭を水中に沈められて心肺停止の状態だった、直ぐに処置をして蘇生はさせたが。それから医官に診せて手当てさせた、現状命に別状は無い、ただ、気管に水が残っている可能性も有るので暫くは遷延性の呼吸障害に注意してくれと」
 向かいのソファに並んで座る高根と敦賀、怒りを隠しもせずに身に纏い鋭い視線をぶつけて来る彼等を真っ直ぐに見据えた黒川に対して、高根が口を開いた。
「……怪我の状態は?」
 低く静かな声音、それでも本気で怒っている事だけは確実に黒川へも伝わり、黒川はそれを受け止めつつゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「一番酷いのは左肩の傷だ、負傷した痕を殴打されたりした様で、ナイフで抉られてもいる、完治には三ヶ月は見た方が良いと。後は全身打撲痕だらけだ、顔も酷く殴られて口の中もズタズタらしい、瞼も腫れ上がってて、見ようとして傷に負担を掛けるといかんという事で今は包帯で覆って保護してる、視力には問題は無さそうだ」
 高根の執務室を訪れる前に先に自室へと運ばせ今は休んでいるであろうタカコ、その彼女の受けた傷の多さ深さを思い出し険を深くし歯を軋らせる黒川、まだ一番重要な事を言っていないと一度深呼吸をし、意を決した様に言葉を続けた。
「それと……性的暴行を複数回受けた痕跡が有る、と」
 言い終えるかどうかで顔に風を感じ、次の瞬間には左頬に凄まじい衝撃を感じて右へと吹き飛んだ。三人は座れるソファの肘置きすら乗り越えた黒川の身体が音を立てて床に落ちる、仰向けに倒れた彼の上に馬乗りになり胸倉を掴み上げたのは敦賀、今迄に見た事も無い程に怒りに染まった眼差しが黒川を射抜き、その口から放たれた怒声は執務室の窓硝子すら震わせた。
「あいつが何をした!!俺等に、大和に協力して戦ってるあいつが、そんな事をされる様な何をしたってんだ龍興!言ってみやがれ!!」
 言葉と共に数度叩き込まれる敦賀の拳、それを止めたのは敦賀の襟首を掴んだ高根の腕と声。
「落ち着け敦賀!こいつを責めてもしょうがねぇだろうが!」
「止めるんじゃねぇ!最下位の兵卒だろうが何だろうが仕出かしたのはこいつの部下だろうが!!あいつが何をしたってんだ!!」
「やめろと言ってるんだ敦賀上級曹長!命令が聞けねぇのか!!」
 耳元に響いた高根の怒声、敦賀は上級曹長と命令という言葉に動きを止め、黒川の顔の直ぐ脇に拳を叩き込み、一度大きく息を吐いてからゆっくりと立ち上がる。
「タカコの面倒看てろ、両目塞がってるなら動くのにも難渋するし不安だろうよ、傍にいてやれ、戻って来るんじゃねぇぞ」
「……言われなくても分かってる、ここにいてその糞のツラ見てるのももう限界だ」
 高根の言葉にそう吐き捨てて扉を荒々しく閉めて出て行く敦賀、その彼の足音が遠ざかるのを聞きながら黒川は身体を起こした。
「……すまん、本当にすまん、大見得切って約束したのにこのザマだ、申し開きのしようも無い」
「……てめぇが悪いんじゃねぇってのは分かってるよ、だから、もう謝らなくて良い、謝っても時間が戻るわけでもねぇしな……ただ、俺も暫くはてめぇの顔見たくねぇ……もう帰ってくれ」
 内心をどう処理して良いのか分からないのか表情を歪める高根、それを見られたくないのか黒川に対して背を向けて窓の外に視線を遣る高根の姿を見て、黒川は立ち上がり、口角から流れ出る血を拭いつつ
「本当に、すまなかった」
 と、それだけ言って扉を開けて執務室を出て行った。
 一人残った高根、その表情にはいつもの余裕も鋭さも無く、歯を軋らせ舌打ちをして窓の横の壁に拳を叩き付ける。
 敦賀の言っていた通りに献身的に協力してくれていたタカコ、その彼女に与えたものが理不尽な暴力と凌辱とは、どれだけ謝っても何をしても、到底償えるものではないだろう。今はただ身も心も安静にして身体の傷だけでも癒える事を祈るしか無い。
 取り敢えずは敦賀をずっと彼女に付けておこう、そう思う。活骸の掃討は大部分が完了している様子だ、彼一人を暫く前線から下げる事に大きな問題は無いだろう。タカコを壊すわけにはいかない、喪うわけにはいかない、それは今でも変わらない。彼女を駒の一つとして見るのなら、その代わりに最大限の保護を。
「……頼むな、敦賀」
 その小さな呟きは一人の執務室の空気へと溶けて行った。
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