大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第45章『謝罪』

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第45章『謝罪』

 高根の執務室を出た敦賀がタカコの部屋へと向かえば扉の前には男性が一人、彼は陸軍の医官だと名乗り、続けてタカコを診て手当てをしたと話し出す。
「総監にも伝えたので聞いているとは思いますが、水が気管に入っていますから数日は遷延性の呼吸障害に注意して下さい、手足や唇の色が悪くなるとか喘鳴が聞こえるとか苦しそうとか、そういう事が有れば直ぐにこちらの医官に連絡して診察と処置を、その間は常に誰かが看ているのが安全だと思います」
「……肩の、傷は?復帰は出来るのか?」
「筋肉は酷く損傷しましたが腱は無事です、きっちり治せば戻れますよ、時間は掛かると思いますが。きちんと修復が出来る迄は左腕を吊って動かさない様に、負担を掛ければ治りはそれだけ遅くなります」
「そうか……良かった」
 超前線型気質のタカコ、その彼女が戦線への復帰が無理となれば心境は絶望どころの話ではないだろう、その道が絶たれる可能性は低いと知り敦賀は安堵の息を漏らす。
「……それと、あの……」
 言い淀む医官、何を言おうとしているのかは分かっている、自軍の人間があんな蛮行に及んだともなれば気不味いどころではないだろう、それでも医者として話はしなければならないのだろうし、敦賀自身も聞いておかなければならなかった。
「……暴行の事だろう、総監から聞いている」
「そうですか……幸い膣内に細かな擦過傷以外損傷は殆ど有りません、治療も最低限で済みました、後は緊急避妊薬の投与も。ただ、心理的な傷は目では見えません、女性があんなにも蹂躙されたともなれば心の傷は相当なものだと思います、そちらの傷を癒すのは周囲の方が……方法は私が教えられる様な事ではないですが」
「……ああ、分かってる、有り難う、先生」
「はい、それでは失礼します」
 頭を下げて廊下を歩いて行く医官、敦賀はその彼が階段を降り始め姿が見えなくなる迄見送り、それからタカコの部屋の扉に手を掛けて中へと入った。
「あ、敦賀」
 寝台に横になっていたタカコ、起きていたのかその顔がこちらへと向けられる。顔の上半分は真っ白な包帯で覆われ、肌の覗く下半分も傷と痣だらけ、滲む血と傷口の赤が痛々しいの一語に尽きる。
「……よく俺だって分かったな、廊下で少し話してたが聞こえたか?」
「いや、足音。今視界零だからさ、耳が物凄い敏感になってるみたいでな。それに、ノックもしねぇで部屋に入って来るのはお前か誠ちゃんだけだ」
 そう言って笑みを形作る唇、唇にも幾つも裂傷が有りそれが痛むのか歪な笑み、それを見て敦賀は溜息を吐き、寝台へと歩み寄りその直ぐ脇に腰を下ろした。
「何やってんだ馬鹿女、痛ぇのに無理して笑うんじゃねぇ」
「いやもう口の中もズタズタでさ、血の味ってどんなだったか分からなくなってるわ」
「……お前に聞きたい事が有る、正直に答えろ」
「ん?何だ?」
「どうして抵抗しなかった?相手が三人、それでもお前なら隙を見て制圧する事は可能だったんじゃねぇのか?何で何の抵抗もしなかった?」
 タカコの唇へと指を伸ばせば滲んだ血が指先に付き、敦賀はその赤を眺めながらタカコへと問い掛ける。
 彼女の実力はよく知っている、それに彼女自身言っているのだ、『対人制圧が専門だ』と。その彼女が武器を持った複数とは言え兵卒如きに抵抗も敵わず好きにされてしまうとはとても思えない。もし敢えて無抵抗だったのだとしたら、思い当たる理由は一つだけ。
「えーと、あ、タツさんから聞いたのね。それはアレか?よく有る『本当は喜んでたんだろ、だから抵抗しなかったんだ』みたいな――」
 真面目に話す気は無いのかふざけた口調でとんでもない事を口走るタカコ、その言い草に敦賀は反射的に立ち上がり彼女の上に覆い被さる。右腕は掴んで寝台へと縫い付け、左腕には触れずに右の腕を彼女の頭の脇へと突いた。
「……真面目に聞いてんだよ、正直に答えろ。てめぇが陸軍の兵卒三人如き殺せねぇわけが無ぇだろう、例え全員が得物持っていようが隙を見て各個撃破する筈だ。俺はその程度にはてめぇを評価してるんだよ……答えろ、誤魔化すな、嘘は吐くな」
 低く響く敦賀の声音、タカコはそれを聞いて誤魔化しは無理と悟ったのか溜息を吐き、静かに話し出した。
「……出来たよ、抵抗する事は。でも、それで抵抗して逃げ出せたとしてそれからどうなる?海兵隊以外に頼るところも無く国外に出る事も出来ず、それで逃げ出してどうしろってんだ?下手したら反撃しきれずに殺されてたかも知れないんだがな?」
「……それだけじゃねぇだろう、誤魔化すな」
「彼等は私が捕虜だって事を何故か知ってた、何処かから情報が漏れてる、しかも間諜なんて余計な尾鰭迄付いて。それが何処迄広まってるのかもわからない。タツさんは別としても海兵隊と陸軍の関係が良くない事は私よりもお前の方が分かってるだろ?今の危うい状況の中で私が彼等に害を為して逃げ出せば、私が、ひいてはそれを抱える海兵隊が全て悪い事になる、弱みが無ければ、拉致や拷問、強姦の事実が無ければ陸軍も強硬姿勢を崩さない筈だ、逆に私が何らかの行動を起こそうとしたとして処罰を叫んだだろう。そうなったらもう事は西方旅団との話じゃない、中央との、統合幕僚監部との対決になる。そうなれば海兵隊も、真吾もお前も無傷じゃ済まない、違うか?」
「……俺達の為に、てめぇの身体を差し出した、そういう事なんだな」
 それに対してのタカコの返事は無い、敦賀はそれを肯定と受け取りつつ、体重を掛けない様にしつつ彼女の頭の脇へと自らの顔を埋めた。敢えて自ら汚泥を被らないといけない、そんな事はこの世界で敦賀自身何度も味わって来た、それでも、自分が泥を被るのならまだ良い、本来であれば無関係の人間、そして、自分が今何よりも大切にしてやりたいと想っている存在にその選択をさせてしまうとはと歯噛みする。
「……仕方無いんだよ、この世界は無慈悲で不条理な事だらけで、そこで生きる私達はそれを飲み込んで生きなきゃいけない事が殆どだ、戦うべき時には戦い、堪えるべき時にはそれがどんなに不条理でも堪えなきゃいけない、今が、その時だよ」
 悲しい事にこんな経験が今迄無いわけじゃない、無理かも知れんがそう気にするなと笑うタカコの右手が敦賀の頭へとそっと乗せられ、掌が硬い髪を優しく撫で上げた。今はその優しい感触が痛い、収まる事無く激しくなる憤り、敦賀はそれを何とか堪え胸の内に押し止め、タカコに覆い被さっていた身体を彼女の右側へと横たえ、腕に頭を乗せさせてそっと抱き締めた。
「……敦賀?ここで寝るのか?」
「……ああ、嫌か?しんどいのなら止めるが」
 その問い掛けに返されたのは言葉ではなく、緩く横に振られる頭と胸元へ摺り寄せられた頬、責めの感情等微塵も感じられないその様子に、言わなければと思っていた言葉が漸く口を衝いて零れ出る。
「……悪かった、すまねぇ」
「お前が謝る事じゃねぇだろうよ、謝るな」
「……すまねぇ」
「だから、謝るなって。自分の決断をお前に謝られても困る」
 これ以上はタカコを困らせるだけか、そう思った敦賀はそれきり口を閉じ、鎮痛剤の効果かやがて寝入った彼女の寝顔をいつ迄も見詰めていた。
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