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第60章『生者と死者』
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第60章『生者と死者』
「タカコちゃん!」
死体を見下ろして遣り場の無い憤りを抱えるタカコ、そこへ黒川が彼女の名を呼びながら追い付き駆け寄って来る。
「タカコちゃん、今の銃声は……口封じかクソが……!」
脳漿を撒き散らせた死体を見て凡その察しはついたのか地面を蹴り吐き捨てる黒川、タカコはそんな彼に歩み寄り、唇を真一文字に引き結び頭を下げた。
「……ごめんなさい、千鶴さんに、弾、当たっちゃった」
「タカコちゃん?何を――」
「狙撃された時……千鶴さんに当たって、大きく欠けたのが見えたから」
頭を上げてそう言うタカコの面持ちは真っ青で、墓石が欠けた程度で、そもそも狙撃は彼女の所為ではないし彼女が押し退けてくれなければ恐らく自分は死んでいたのに、何故そんな深刻な面持ちなのかと黒川は訝しむ。それよりも掠った程度の様だが被弾しているタカコ、血の滴る銃創の手当ての方が大事だろうと歩み寄れば、彼女はその分後ろへと後退った。
「タカコちゃん?」
「……ごめんなさい」
噛み合わない黒川の意思とタカコの言葉、違う、怒ってなんかいない、謝る必要は無い、心配しているだけだ。もう一度歩み寄ればその分タカコはまた下がり、黒川の中で言い表し様の無い苛立ちが膨れ上がっていく。
「何も謝らなくて良いんだよ、君は俺を助けてくれただけだろう?その所為で怪我してるじゃねぇか、早く手当てを――」
「でも!千鶴さんが!こんな怪我なんかより――」
その言葉に、黒川の中の何かが大きな音を立てて切れた気がした。
「いい加減にしろ!」
空気を震わせる怒声、いつも穏やかで飄々とした黒川からは想像も出来ない大声と剣幕にタカコの身体がびくりと震え、視線が彼へと向けられる。怖がらせてしまったか、そう思いはしたものの一度迸ったものは黒川自身にも止め様が無く、そのままの勢いで目の前のタカコを怒鳴りつけた。
「千鶴はもう死んでるんだよ、あれはただの石だ!でもタカコちゃんは生きてるだろう!?その怪我の方を心配して何が悪い!生きてる人間よりただの石の方が大事なんて馬鹿な話が何処に有る、君は自分を何だと思ってんだ!!」
強引に歩み寄り腕を掴んでそう言い募る黒川、タカコはその彼に何も言葉を返す事は出来ず再び俯いてしまう。黒川はそんなタカコを見下ろし一度深呼吸をして
「……怒鳴って悪かった、でも、ああいう事は二度と言わないでくれ」
と、それだけ言って腕を離した。
遠くから聞こえて来る緊迫した複数の声、銃声を聞いて警邏中の陸軍とここを管理する海兵隊が急行して来ているのだろう。現場は彼等に任せて早く治療をしてやらねばと思い、黒川はタカコの肩に手を掛けて歩けと促した。
「後で事情聴取が有るけど、今はそれよりも早く手当てをしてもらおう……な?」
「……うん、ごめんなさい」
「だから、タカコちゃんは謝る様な事は何もしてないだろう?もう言わなくて良いから、早く行こう」
言葉と共に背中を優しく前へと押す黒川の掌、タカコはその暖かさを布越しに感じつつ、手に入れた手札をどう切るべきかを考えていた。
予想は当たっていた、狙われたのは黒川だが彼自身が理由なわけではない、本来無関係な部分で条件を満たしてしまった。だから彼が狙われたのだ。黒川は今はまだそれを知らない、だから謝るなと言うけれど、事の見当がついた立場としては謝る以外には何も出来ないのが正直なところ。その上愛妻の墓石に傷を付けたとあってはどれだけ謝っても足りるものではないだろう。
「おい馬鹿女!その腕は何なんだ!たつ……黒川総監、どういう事ですか!」
他の隊員達と共に向こうから走って来る敦賀、その彼がタカコの右腕から流れる血に気付いて血相を変えて黒川へと食って掛かる。タカコは揉み合いを始めた二人の間に割って入り、
「話したい事が有る、先月の爆破事件と今回の狙撃、その両方についてだ」
二人の顔を交互に見てそう言った。
手札を切るべき時が、来た。
狙撃から二時間後、午前の海兵隊総司令執務室。
応接セットのソファに座るのは部屋の主である高根、その横に黒川、向かいには腕の治療を済ませたタカコと敦賀が並んで座り、男三人はタカコが話し出すのをじっと待っていた。
「……前回の爆破事件、あの時には遠過ぎて音がはっきりしなかったから言えなかったんだが、今日の狙撃の時には銃声をはっきり聞いた。それで確信が持てたが……この国に、私以外の我が国の人間がいる、それも我が国の制式装備を持ち込んで」
タカコが淡々と紡いだ言葉、それを聞いていた三人は暫くの間その意味を理解出来なかった。やがて言葉の意味だけは理解した彼等の頭に浮かんだのは疑問の数々、事故で偶然にこの大和へとやって来た筈のタカコ、仲間は墜落事故で全員死亡したと彼女も証言したのに誰か生き残っていたのか、もしそうなのだとしたら何故黒川を狙ったのか、それをそのまま言葉にして彼女に投げ掛ければ、返って来た答えもより理解し難いものだった。
「タツさんが狙われたのはタツさん自身に理由が有るからじゃないんだ、多分、狙われた理由は私と近しい付き合いをしてたから。私に揺さぶりを掛ける為にタツさんが選ばれて、その実行犯として反黒川派の人間が実行犯に選ばれたんだと思う」
「タカコちゃん!」
死体を見下ろして遣り場の無い憤りを抱えるタカコ、そこへ黒川が彼女の名を呼びながら追い付き駆け寄って来る。
「タカコちゃん、今の銃声は……口封じかクソが……!」
脳漿を撒き散らせた死体を見て凡その察しはついたのか地面を蹴り吐き捨てる黒川、タカコはそんな彼に歩み寄り、唇を真一文字に引き結び頭を下げた。
「……ごめんなさい、千鶴さんに、弾、当たっちゃった」
「タカコちゃん?何を――」
「狙撃された時……千鶴さんに当たって、大きく欠けたのが見えたから」
頭を上げてそう言うタカコの面持ちは真っ青で、墓石が欠けた程度で、そもそも狙撃は彼女の所為ではないし彼女が押し退けてくれなければ恐らく自分は死んでいたのに、何故そんな深刻な面持ちなのかと黒川は訝しむ。それよりも掠った程度の様だが被弾しているタカコ、血の滴る銃創の手当ての方が大事だろうと歩み寄れば、彼女はその分後ろへと後退った。
「タカコちゃん?」
「……ごめんなさい」
噛み合わない黒川の意思とタカコの言葉、違う、怒ってなんかいない、謝る必要は無い、心配しているだけだ。もう一度歩み寄ればその分タカコはまた下がり、黒川の中で言い表し様の無い苛立ちが膨れ上がっていく。
「何も謝らなくて良いんだよ、君は俺を助けてくれただけだろう?その所為で怪我してるじゃねぇか、早く手当てを――」
「でも!千鶴さんが!こんな怪我なんかより――」
その言葉に、黒川の中の何かが大きな音を立てて切れた気がした。
「いい加減にしろ!」
空気を震わせる怒声、いつも穏やかで飄々とした黒川からは想像も出来ない大声と剣幕にタカコの身体がびくりと震え、視線が彼へと向けられる。怖がらせてしまったか、そう思いはしたものの一度迸ったものは黒川自身にも止め様が無く、そのままの勢いで目の前のタカコを怒鳴りつけた。
「千鶴はもう死んでるんだよ、あれはただの石だ!でもタカコちゃんは生きてるだろう!?その怪我の方を心配して何が悪い!生きてる人間よりただの石の方が大事なんて馬鹿な話が何処に有る、君は自分を何だと思ってんだ!!」
強引に歩み寄り腕を掴んでそう言い募る黒川、タカコはその彼に何も言葉を返す事は出来ず再び俯いてしまう。黒川はそんなタカコを見下ろし一度深呼吸をして
「……怒鳴って悪かった、でも、ああいう事は二度と言わないでくれ」
と、それだけ言って腕を離した。
遠くから聞こえて来る緊迫した複数の声、銃声を聞いて警邏中の陸軍とここを管理する海兵隊が急行して来ているのだろう。現場は彼等に任せて早く治療をしてやらねばと思い、黒川はタカコの肩に手を掛けて歩けと促した。
「後で事情聴取が有るけど、今はそれよりも早く手当てをしてもらおう……な?」
「……うん、ごめんなさい」
「だから、タカコちゃんは謝る様な事は何もしてないだろう?もう言わなくて良いから、早く行こう」
言葉と共に背中を優しく前へと押す黒川の掌、タカコはその暖かさを布越しに感じつつ、手に入れた手札をどう切るべきかを考えていた。
予想は当たっていた、狙われたのは黒川だが彼自身が理由なわけではない、本来無関係な部分で条件を満たしてしまった。だから彼が狙われたのだ。黒川は今はまだそれを知らない、だから謝るなと言うけれど、事の見当がついた立場としては謝る以外には何も出来ないのが正直なところ。その上愛妻の墓石に傷を付けたとあってはどれだけ謝っても足りるものではないだろう。
「おい馬鹿女!その腕は何なんだ!たつ……黒川総監、どういう事ですか!」
他の隊員達と共に向こうから走って来る敦賀、その彼がタカコの右腕から流れる血に気付いて血相を変えて黒川へと食って掛かる。タカコは揉み合いを始めた二人の間に割って入り、
「話したい事が有る、先月の爆破事件と今回の狙撃、その両方についてだ」
二人の顔を交互に見てそう言った。
手札を切るべき時が、来た。
狙撃から二時間後、午前の海兵隊総司令執務室。
応接セットのソファに座るのは部屋の主である高根、その横に黒川、向かいには腕の治療を済ませたタカコと敦賀が並んで座り、男三人はタカコが話し出すのをじっと待っていた。
「……前回の爆破事件、あの時には遠過ぎて音がはっきりしなかったから言えなかったんだが、今日の狙撃の時には銃声をはっきり聞いた。それで確信が持てたが……この国に、私以外の我が国の人間がいる、それも我が国の制式装備を持ち込んで」
タカコが淡々と紡いだ言葉、それを聞いていた三人は暫くの間その意味を理解出来なかった。やがて言葉の意味だけは理解した彼等の頭に浮かんだのは疑問の数々、事故で偶然にこの大和へとやって来た筈のタカコ、仲間は墜落事故で全員死亡したと彼女も証言したのに誰か生き残っていたのか、もしそうなのだとしたら何故黒川を狙ったのか、それをそのまま言葉にして彼女に投げ掛ければ、返って来た答えもより理解し難いものだった。
「タツさんが狙われたのはタツさん自身に理由が有るからじゃないんだ、多分、狙われた理由は私と近しい付き合いをしてたから。私に揺さぶりを掛ける為にタツさんが選ばれて、その実行犯として反黒川派の人間が実行犯に選ばれたんだと思う」
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