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第61章『手札』
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第61章『手札』
「……死体、陸軍の人間だったんじゃないか?」
確かにタカコの言う通り、死体の身元は博多駐屯地に勤務する兵卒だった、しかし誰がそれを、そんな思いで夫々がタカコを見詰め、一番の当事者である黒川がそれを口にする。
「……タカコちゃん、誰がそれを?目的は何なんだい?」
「……目的はさっき言った様に私に揺さぶりをかける事、誰がというのは分からない。でも、我が国の軍隊への在籍経験が有り制式採用の兵器の取り扱いに習熟している人間なのは間違い無い。爆弾も銃も我が国の制式採用品だ、あの音は二十年近く聞いて来た、この耳があの音を間違うなんて有り得ないよ」
「ちょっと待て、その兵器、爆弾と狙撃銃、お前達も輸送機に積載してたか?」
タカコの言葉に高根が僅かに顔色を変えて問い掛け、彼女はそれにはっきりと頷いて再度口を開いた。
「ああ、うちは民間企業とは言っても密に軍に協力してる、装備も制式品で揃えてるんだ、当然積載してた。押収した装備、目録を作って管理してると思うがそれを直ぐに実数と照らし合わせてみてくれ、もし目録の数と合わなければ――」
「……この大和海兵隊の中に斥候が入り込んでるって事か、押収品に触れられる程深くに」
「そうなるな。逆に目録と実数が一致すれば我が国から別の方法で兵器が持ち込まれている事になる、どちらにせよお前等大和人にとっては愉快な話じゃない。ただ、実際はどちらだったとしても海兵隊か陸軍、そのどちらか若しくは両方に斥候が紛れ込んでいるのは間違いは無いだろう、タツさんと私達との関わりや行動を把握している事から見てな」
高根と敦賀が無言で視線を合わせて頷き合い、その後敦賀が立ち上がり部屋を出て行く、恐らくは押収品の実数を調べに行ったのだろう。タカコはそれを横目で見送り視線を前に戻し、陸軍と海兵隊、この九州地方の頂点二人を真っ直ぐに見据えた。
後から事実が明るみになれば彼等は自分に対して強い不信感を抱く事になっただろう、それでも事が明確になる迄は簡単に言う事も出来ず、手札を切る時機としては今が一番良かったと言うべきだ。これで彼等が自分に対してどんな判断を下すかどう動くのか、危険で大きな賭けではあるがすべき時にすべき事をした、後は自分のその判断と、そして彼等を信じるだけだ。
そうやってタカコから向けられる真っ直ぐな視線と意志、黒川はそれを黙って受け止めながら一ヶ月前の事を思い出していた。病院で自分の手を握り安堵していた彼女、そして翌々日のここでの密談の時には何か考え込んでいて、何かを隠している、そう思った。その後便所の個室に引き摺り込み詰問した時に不意打ちで泣かれて、あれで誤魔化されたが結局は自分の勘は正しかったらしい。
海兵隊が保護し黒川も好意的に接してはいるが、突き詰めてしまえばどちらも彼女にとっては他陣営、そもそも国自体が違うのだから、その自分達に全幅の信頼を寄せ全てを詳らかにしろと要求する方が酷なのだ。話さなかったのは保身の為、今こうして話したのも保身の為。自分本位に動いた事を責める事は出来ないだろう、遠い異国の地で一人生き延びようとすればこの程度の事は当然、否、すべき事だ。
それでも彼女はそう割り切るにはどうも優し過ぎる、何が理由かは分からなくとも同国人に自分が狙われ、初撃の爆破の時に事実を明らかにしなかったから今日の狙撃が有った、その所為で千鶴の墓石が傷ついたと思ってるいのだろう。あれは単なる石なのに、自分が怪我をするよりもそちらの方が重要だとは見当違いにも程が有る。責任を感じる気持ちは分からないでもないが、それでも彼女の身体よりも、命よりも大事な筈が無いのに。
「……俺を騙したんだ、タカコちゃん」
「……うん、そう。自分の安全を確保する為には、あの時はああ言うしか無かったの。タツさんなら分かってくれるよね?」
少しだけ困った様に、苦しそうに笑うタカコ、その笑顔を見てしまえば、
「……ま、そんな顔されちゃ許さないわけにゃいかねぇよな」
そう言って彼女に笑みを返すしか無い。
「……おい、俺には話が見えないんだが、お前等何か有ったのか」
「え?ああ、先月ここで話した後彼女に見送りしてもらったろ?その時に途中で便所に引き摺り込んで問い詰めた、で、ぼろぼろ泣かれた」
「は?こいつが泣いた?」
「おお。いやぁ、焦ったぜあれは。必死になって慰めたね俺は。まぁ結局嘘泣きだったみてぇだけど?」
「……俺、この先こいつの涙見る事が有っても絶対ぇ信用しねぇ……」
「おお、マジで女の涙は信用しちゃなんねぇ。ま、それでも騙されるのが男なんだろうけどな」
「二人共酷い事言うのね……」
「いやタカコちゃん、この場合は君が悪いよ、うん」
いつもの笑みをタカコへと向ければ返されたのもいつもの彼女のそれ、先程迄の重苦しい空気を流し去ろうと黒川は努めて穏やかに微笑んだ。
国と陣営が違う以上彼女の判断は至極当然の事、有能な軍人であれば尚の事だろう。だからもう今回の事について彼女を問い詰める事はしない、必要以上に話題を蒸し返す事も止めておこうとそう思った。今回の一連の出来事の中で、彼女に自分達に対しての害意は無かった、今はそれで充分だろう。
「あー、でもタカコちゃん、俺を騙したのとさっきあんな事言ったの、それは俺にお詫びしてもらおうかな、おじさん結構衝撃受けたし」
「……え、いや、はい、そうですね……何すれば良いの?」
「うん、安全が確認されてからで良いからさ、俺と付き合って」
「付き合うって……何処に?」
「飯、二人で飲んでくれたら許す、どう?」
「……それで良いの?」
「おう、それが良い」
以前交わしたのと似た遣り取り、今度は立場が逆転したそれにタカコが僅かに双眸を見開き、そして笑った。
「……了解、総監様」
その遣り取りを見ていた高根が、黒川が発した『付き合って』という言葉の意味を取り違え一瞬驚いたのは瑣末な事。
「……死体、陸軍の人間だったんじゃないか?」
確かにタカコの言う通り、死体の身元は博多駐屯地に勤務する兵卒だった、しかし誰がそれを、そんな思いで夫々がタカコを見詰め、一番の当事者である黒川がそれを口にする。
「……タカコちゃん、誰がそれを?目的は何なんだい?」
「……目的はさっき言った様に私に揺さぶりをかける事、誰がというのは分からない。でも、我が国の軍隊への在籍経験が有り制式採用の兵器の取り扱いに習熟している人間なのは間違い無い。爆弾も銃も我が国の制式採用品だ、あの音は二十年近く聞いて来た、この耳があの音を間違うなんて有り得ないよ」
「ちょっと待て、その兵器、爆弾と狙撃銃、お前達も輸送機に積載してたか?」
タカコの言葉に高根が僅かに顔色を変えて問い掛け、彼女はそれにはっきりと頷いて再度口を開いた。
「ああ、うちは民間企業とは言っても密に軍に協力してる、装備も制式品で揃えてるんだ、当然積載してた。押収した装備、目録を作って管理してると思うがそれを直ぐに実数と照らし合わせてみてくれ、もし目録の数と合わなければ――」
「……この大和海兵隊の中に斥候が入り込んでるって事か、押収品に触れられる程深くに」
「そうなるな。逆に目録と実数が一致すれば我が国から別の方法で兵器が持ち込まれている事になる、どちらにせよお前等大和人にとっては愉快な話じゃない。ただ、実際はどちらだったとしても海兵隊か陸軍、そのどちらか若しくは両方に斥候が紛れ込んでいるのは間違いは無いだろう、タツさんと私達との関わりや行動を把握している事から見てな」
高根と敦賀が無言で視線を合わせて頷き合い、その後敦賀が立ち上がり部屋を出て行く、恐らくは押収品の実数を調べに行ったのだろう。タカコはそれを横目で見送り視線を前に戻し、陸軍と海兵隊、この九州地方の頂点二人を真っ直ぐに見据えた。
後から事実が明るみになれば彼等は自分に対して強い不信感を抱く事になっただろう、それでも事が明確になる迄は簡単に言う事も出来ず、手札を切る時機としては今が一番良かったと言うべきだ。これで彼等が自分に対してどんな判断を下すかどう動くのか、危険で大きな賭けではあるがすべき時にすべき事をした、後は自分のその判断と、そして彼等を信じるだけだ。
そうやってタカコから向けられる真っ直ぐな視線と意志、黒川はそれを黙って受け止めながら一ヶ月前の事を思い出していた。病院で自分の手を握り安堵していた彼女、そして翌々日のここでの密談の時には何か考え込んでいて、何かを隠している、そう思った。その後便所の個室に引き摺り込み詰問した時に不意打ちで泣かれて、あれで誤魔化されたが結局は自分の勘は正しかったらしい。
海兵隊が保護し黒川も好意的に接してはいるが、突き詰めてしまえばどちらも彼女にとっては他陣営、そもそも国自体が違うのだから、その自分達に全幅の信頼を寄せ全てを詳らかにしろと要求する方が酷なのだ。話さなかったのは保身の為、今こうして話したのも保身の為。自分本位に動いた事を責める事は出来ないだろう、遠い異国の地で一人生き延びようとすればこの程度の事は当然、否、すべき事だ。
それでも彼女はそう割り切るにはどうも優し過ぎる、何が理由かは分からなくとも同国人に自分が狙われ、初撃の爆破の時に事実を明らかにしなかったから今日の狙撃が有った、その所為で千鶴の墓石が傷ついたと思ってるいのだろう。あれは単なる石なのに、自分が怪我をするよりもそちらの方が重要だとは見当違いにも程が有る。責任を感じる気持ちは分からないでもないが、それでも彼女の身体よりも、命よりも大事な筈が無いのに。
「……俺を騙したんだ、タカコちゃん」
「……うん、そう。自分の安全を確保する為には、あの時はああ言うしか無かったの。タツさんなら分かってくれるよね?」
少しだけ困った様に、苦しそうに笑うタカコ、その笑顔を見てしまえば、
「……ま、そんな顔されちゃ許さないわけにゃいかねぇよな」
そう言って彼女に笑みを返すしか無い。
「……おい、俺には話が見えないんだが、お前等何か有ったのか」
「え?ああ、先月ここで話した後彼女に見送りしてもらったろ?その時に途中で便所に引き摺り込んで問い詰めた、で、ぼろぼろ泣かれた」
「は?こいつが泣いた?」
「おお。いやぁ、焦ったぜあれは。必死になって慰めたね俺は。まぁ結局嘘泣きだったみてぇだけど?」
「……俺、この先こいつの涙見る事が有っても絶対ぇ信用しねぇ……」
「おお、マジで女の涙は信用しちゃなんねぇ。ま、それでも騙されるのが男なんだろうけどな」
「二人共酷い事言うのね……」
「いやタカコちゃん、この場合は君が悪いよ、うん」
いつもの笑みをタカコへと向ければ返されたのもいつもの彼女のそれ、先程迄の重苦しい空気を流し去ろうと黒川は努めて穏やかに微笑んだ。
国と陣営が違う以上彼女の判断は至極当然の事、有能な軍人であれば尚の事だろう。だからもう今回の事について彼女を問い詰める事はしない、必要以上に話題を蒸し返す事も止めておこうとそう思った。今回の一連の出来事の中で、彼女に自分達に対しての害意は無かった、今はそれで充分だろう。
「あー、でもタカコちゃん、俺を騙したのとさっきあんな事言ったの、それは俺にお詫びしてもらおうかな、おじさん結構衝撃受けたし」
「……え、いや、はい、そうですね……何すれば良いの?」
「うん、安全が確認されてからで良いからさ、俺と付き合って」
「付き合うって……何処に?」
「飯、二人で飲んでくれたら許す、どう?」
「……それで良いの?」
「おう、それが良い」
以前交わしたのと似た遣り取り、今度は立場が逆転したそれにタカコが僅かに双眸を見開き、そして笑った。
「……了解、総監様」
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