大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
63 / 101

第62章『紙巻き煙草』

しおりを挟む
第62章『紙巻き煙草』

「おばちゃーん、それ頂戴、十個ね」
「え、あんたこんなもん買うの?初めてじゃない?」
「うん、無性に欲しくなって。こっち来てからは止めてたんだけどね」
「程々にしておきなよ、はい」
「ありがと」
 酒保で商品を指して注文するタカコ、店員の初老の女性は意外だと口にしつつ、それ――、紙巻き煙草の箱を棚から十個取り出しおまけのマッチと共に袋に入れ、代金を受け取りながらタカコへと手渡した。守っていない隊員も多い様だが自室は禁煙、そこで吸って隣室の敦賀に気付かれたらどんな説教が待っているか分からない。そんな下らない危険を犯すよりも素直に喫煙所で吸うかと思いつつ、営舎の一階に有る喫煙所へ向かって歩き出す。
「おう、珍しいなこんなところでお前の顔見るなんて」
「んー、精密射無い時は別にヤニ体内に入れても問題無いしな、こっち来てから何と無く遠ざかってたんだけど吸いたくなってさ」
 中にいたのは三宅と他数名、その彼等と言葉を交わしつつ室内に入り長椅子へと腰掛け、煙草の封を開けて一本取り出して咥え火を点けた。
 赤くなる先を見詰めながら深く吸い込み肺腑へと煙を流し込む。一年と三ヶ月以上の間遠ざかっていたから流石に頭がクラクラするなと長椅子の背凭れに上半身を預ければ、それを見て笑った三宅に頭を撫でられた。
「まるでいきがってるガキだなそのザマじゃ」
「最初に吸った時は確かにそうだったなぁ、十三か四か、それ位」
「一年以上吸ってなかったら最初からやり直しだな」
 三宅のそんな言葉に肯定の言葉を返しながら、背凭れに身体を預けたまま天井を仰ぎ見た。
 狙撃から一ヶ月、あれ以来動きは完全に消えた、陸軍に送り込んだ斥候から黒川の警護もつい先日通常に戻ったと報告を受けている。
 動きが有ったのは海兵隊の裏と言うべきか、目録と実数を照らし合わせた結果、爆弾だけが一つ無くなっているのが発覚した。これで海兵隊内部に他勢力の斥候が入り込んでいる事は確定したが、それと同時に全くの別の方面からこの大和国内にワシントン人が、少なくともその影響下に有る人間が入り込んでいる事も確定した。
 いったい何処から、どうやって、そしてどれだけの数の人間と兵器が持ち込まれているのか見当もつかない、軍が関与しているのかも分からない、少なくとも事前のブリーフィングでは自分達には何も知らされていない。
 高根と敦賀、そして作戦の立案に直接関わる士官達は今内部に入りこんだ斥候を炙り出す事に苦心している。戸籍や経歴を洗い浚い調べてはいるものの、戸籍も完全に整備されているわけではなく入隊後の経歴にも特に怪しい箇所を持つ者は無く、段々と八方塞がりになりつつあるというのが実情だ。
 その中で一名だけ不審な人間が浮上したのは最近の事。名前は片桐圭一、長崎の五島列島、その中の一つである宇久島で漁師をして暮らしていたが、数年前島が突然活骸の群れに襲われ友人と二人命からがら船で逃げ出し本土へと逃げて来た、長崎の平戸の海岸にぼろぼろの状態で流れ着いたところを救助された時にそう言っていたらしい。
 活骸に溢れる島に戻る事も出来ず、回復した後は海兵隊に入隊しこの博多でずっと暮らしているらしい、一緒に生き延びた友人、金原明博は陸軍へと入隊し現在博多駐屯地に勤務しているらしい。
 離島の戸籍の整備はなかなか行き届かず、寧ろ全くの手つかずと言っても良い状態なのが大和の現状だそうで、確認の為に島に入る事も出来ないとあっては怪しいと言えば怪しいのだろう。
 これからは片桐と、陸軍では金原の監視が始まるのだろう、そこから何か分かるのか、今は何も分からない。
 恐らくは海兵隊にも陸軍にも斥候が入り込んでいる、この見解はタカコだけではなく高根も敦賀も黒川も同じで、彼等二人の経歴を考えれば三人の疑いの目が向くのは至極当然の事。自分が直接監視に関わる事は無いが、一先ずは静観しようかと考えつつ煙を深く吸い込み、そして天井へと向けてゆっくりと吐き出した。
「……何やってんだてめぇ」
 考え事をしつつ長椅子の上で弛緩していたタカコにそんな言葉をぶつけて来たのは扉を開けて中へと入って来た敦賀、タカコが手にしている火の点いた煙草を見て僅かに眉根を寄せ、何も言わずに彼女の隣へとどかりと腰を下ろす。
「おめぇこそ何やってんだよ、喫煙所だぞここ」
「一服しに来たに決まってんだろうが」
「は?吸うの?お前が?」
「俺が吸ったら何か悪ぃのか」
「……いや、悪かないけど、意外。今迄気がつかなったし」
「滅多に吸わねぇがな、一本寄越せ」
「……自分のは?」
「出すのが面倒だ、それで良い、寄越せ」
 何とも意外な人物が現れたものだと思うタカコを他所に、敦賀はタカコの手にしていた煙草を取り上げてそれをそのまま吸い始める。相変わらずこんなところは横暴だな、そう思いつつそれでもタカコが何も言わずに新しいものを取り出して火を点けたのは、敦賀の横顔に色濃く浮かんだ疲れと苛立ちに気付いたから。
 きっと、そんな気分の時にしか彼は煙草を口にしたりはしないのだろう、自分の存在意義と等しい程の存在である海兵隊、そこに正体不明の勢力の斥候が入り込んでいるともなれば苛立ちもするだろう、どれだけ探しても明確な答えには程遠い、それが続けば疲れもするに決まっている。
 精神的な疲弊は肉体的なそれよりも余程心身両方に悪影響を齎すもの、それが出来るだけ早く取り除かれれば良いのにと思いはするものの、出来る事は今は何も無い。お互いに大変だな、タカコは敦賀へと向けて内心でそう語り掛け、視線を天井へと戻し再度煙を吐き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【短編】記憶を失っていても

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
 7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。  そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。  これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。 ※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...