大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第71章『被検体』

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第71章『被検体』

『タカコさん、タカコさん、そろそろ起きてよ』
 ぼんやりとした意識の中に響く聞き慣れた声、自分を呼ぶそれに薄く目を開ければそこには夫の姿。転寝をしてしまったかと伸びをしつつソファから起き上がれば、
『ダディよりもマムの方が良いってさ、俺じゃもう限界だ、交代して』
 笑ってそう言われ、タオルケットに包まれて大泣きしている赤ん坊を差し出された。
『…………』
『どうしたの?ほら、早く受け取って』
『……だって』
『どうしたの?具合でも悪い?』
『……だって』

 そこで意識は現実へと乱暴に引き戻され、タカコは布団を跳ね除けて起き上がる。
「…………!!」
 痛い程に心臓が鼓動を打っている、まるで口から飛び出しそうだ、息が苦しい。叫び、泣き出しそうになる衝動を何とか抑え込んで己の身体を両手で抱いて蹲れば、隣にいた人物に強く抱き締められた。
「タカコ!?どうした!?」
 声の主が誰なのか理解出来ずに身体を捩り腕を振り解こうとすれば、更に強く抱き締められ、
「タカコ!龍興だよ!落ち着け!!」
 耳元で強い口調でそう言われる。『龍興』という名前と、やがて鼻腔に流れ込んで来た白檀の香り、そこで漸く自分を抱き締めているのが誰なのか理解し、同時に身体の力が抜けて行く。
「……タツ、さん」
「うん、そう、俺だよ。どうした?何か嫌な夢でも見たのか?」
 素肌に触れる黒川の熱、宥める様に背中を撫でる掌、髪に額に頬に口付けを落とす唇、その感触にタカコは自分の状況を漸く思い出した。
 初めて黒川に抱かれた以降最初の出撃、大過無くそれを終えて帰還し後処理も終わり、営舎に戻って風呂でも入ろうと思いそちらへと向かって歩き出した直後、黒川に腕を掴まれて半ば強引に本部から連れ出された。そのまま黒川の車の助手席へと押し込まれ、走り出したそれが止まったのは前回と同じ旅館の同じ離れで、風呂に押し込まれて
「さっぱりして来いよ」
 と言われ、状況が今一飲み込めないままに取り敢えずはそれに従った。
 黒川が購入しておいたのか用意されていた服を着て出て来た時には、机の上には夕食の支度がされており、既に食事は済ませていると言って徳利と猪口を手に飲み始めていた黒川、その彼の横でそれを食べつつ近況を報告し合い、食事を終えれば
「真吾にはちゃんと連れ出す事言ってあるから、後、今回は朝には帰すよって」
 その言葉と共に抱き上げられ、隣の間に支度されていた布団の上へと運ばれた。
 それから直ぐに交わったわけではなく、繰り返される口付けと
「無事に帰って来てくれて安心した」
 という言葉、それで漸く彼があんなにも余裕が無かった理由に思い当たり、
「私が簡単に死ぬと思う?」
 そう笑ってしまった。けれど黒川から返さたのは痛い程に抱き締めて来る腕の強さと、いつもの穏やかさは欠片も感じられない、何処か辛そうな声音。
「……千鶴もそう言ってたんだよ、だけど、呆気無く逝っちまった」
 そう言われては何も言えず、代わりに抱き締め返して初めて自分から口付ければ、それを合図にして交わりが始まった。
 そして数度吐き出され自分も果て、言葉を交わしながら眠りに就いて、それから――
「タカコ?平気か?」
 耳元で優しく響く黒川の声、それに我に返り彼の背中に腕を回して
「……うん、平気。ちょっと嫌な夢見ちゃって、ごめんね、驚かせて」
 そう言えば僅かに身体が離れ、顎を掬い上げられて口付けられる。
「……いや、構わねぇよ。帰還したばっかりで気が昂ぶってたんだろうよ、夢見が悪くなる事も有るさ」
 言葉と共に背中を撫でる黒川の暖かな掌、その優しさをもっとと求める様に身体を彼の胸板に摺り寄せれば、優しく抱き締められ布団へと二人で身を横たえた。
「まだ朝迄は時間が有るよ、もう少し眠るか?」
「あら、じゃあもう一戦って言うのかと思ったら」
「お前が回数抑えろって言ったんじゃねぇか、それで良いなら何回でも出来るぜ?」
「いや良いです、しなくて良いです」
 そんな遣り取りを交わして微笑み合い何度も口付けを交わし、やがて再度眠りに就いて、次にタカコが起きたのは夜明け間近の五時半程の頃合い。
「悪いな、ゆっくりさせてやれなくて。俺も今日は仕事で太宰府に今から戻らにゃならん、その前にお前を帰さないと」
「んー……いや、良いよ、気にしないで」
 帰還直後の行為とあっては流石に身体に怠さが残る、出来ればこのままここで眠っていたいが今日はそういうわけにもいかない事情がタカコにも有った。
 活骸の生体を捕獲する事に成功したのは昨日の出撃に於いて、雌の活骸の腹が異様に膨れていて、妊娠の可能性を考慮して厳重に本部へと運ばれ研究棟の中の飼育室へと搬送された。そして今日、医療機器等を搬入して研究班が実際を調べる事になっているのだが、それに是非とも参加させて欲しいと頼み込んだのだ。
 本国ワシントンでも雌雄異体である事だけは確認されていた活骸、生殖能力の有無については解明されておらず、増殖というか繁殖方法も不明のままだった。それが分かるかも知れない、分かれば対活骸戦に於いても大いに有益な情報となるだろう。
 生体の捕獲やその生体の妊娠の可能性、軽々しく他言する事ではなかろうと黒川には一切伝えていない、話しても構わないとなれば高根の方から話が行くだろう。
 夜の間に洗濯されて綺麗に整えられていた服を身につけて外に出れば、旅館の正面に用意されていた黒川の車の中は既に暖まっており、助手席に乗り込み走り出せば振動と相俟って眠気がやって来る。
「着いたら起こすから寝てろよ」
 運転席からのその言葉に甘えて目を閉じれば直ぐに眠りに落ちた様で、揺り起こされて気が付いた時には本部近くの路地に車は停められていた。
「じゃ、また」
「うん、また」
 短い別れの挨拶、降りようとすれば腕を掴んで引き戻され、今度は言葉の代わりに長い口付け。きりが無いと強引に終わらせて今度こそ車を降りて扉を閉め、車内の黒川に向かって手を振り研究棟へと向かって歩き始める。
「あれ、タカコももう起きたの?早いね」
「誠ちゃん絶対に我慢出来ないと思ってね、実際そうみたいだし?」
「あはは、確かにねー、これから始まるよ」
「うん、丁度良かった」
「司令も先任ももう中に入ってるよ、やっぱり重要だよねこれは!」
 やはり二人も来たか、活骸の生態についてはその殆どが不明なまま、その一端が明らかになるかも知れないとあってはそれを自分の目で確かめずにはいられないだろう。そんな事を考えつつ中へと入れば士官達が勢揃いしてるのが目に入り、その向こう側、金網で隔てられた飼育室、そこで活骸が台の上で四肢と頭を固定されているのが見える。
 耳障りな奇声を上げる活骸、その膨らんだ腹を見詰めつつタカコは何故か夜中に見た夢を思い出し、
(……こんな事が有ったから、あんな夢を見た、もう随分見てなかったのに)
 そう思いながら小さく歯を軋らせた。
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