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第87章『追走』
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第87章『追走』
「ヒロがトラックを持ち出したのを当直の人間が見てる、一時間程前だ!」
「ギリギリだな……後追いはどうなってる!」
「前線部隊を精鋭で固めて三分隊編成して医療班も加えて整い次第後を追って来いと言ってある!真吾にも伝令を出した!」
第一防壁の門を抜けて対馬区へと入ればその先は道無き道、途端に激しくなる振動で身体のあちこちを車内にぶつけながら二人は声を張り上げる。速度計を見れば時速は百km近く、通常の出撃ならこの半分程の進行速度だが今は安全を優先させている場合ではない。
「お前場所分かってるのか!」
「分かってる!一つしか無いだろう!!死地を求めるのなら因縁の場所以外に無ぇよ!!」
死地――、自分が口にした言葉にタカコの肌が粟立つ。考えたくない、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしたいが無理が有り過ぎる、三宅は恐らく本気だろう、それを何とか防ぎたいのなら一刻も早くその場に駆けつけるしか無い。間に合ってくれ、持ち堪えていてくれと祈らずにはいられない。
彼が余りにも穏やかになっていた事に不審を抱くべきだった、また自分は間違えたのかと歯噛みすればそれが敦賀にも伝わったのだろう、
「お前だけじゃねぇ、俺も真吾もヒロの様子を見てたのに気付けなかった」
そう言って腕を伸ばしタカコの頭を乱暴に撫でて来る。
第二、第三と防壁の門に辿り着く度に監視所から隊員が出て来て一体何が有ったのかと尋ねる、その彼等に三宅の事を聞けば、
「第六防壁の指揮所に忘れ物をと言われて……一昨日帰還したばかりだから活骸もいないだろうとの事で一人で向かわれました」
全員が同じ様にそう答え、開放された門を潜り先へ先へと急いだ。最後の第五防壁の監視員にも同じ様に答えられ、
「そうか、分かった。この先停止したら信号弾を打ち上げて場所を知らせる、後追いで三分隊来るからそいつ等に方向を知らせてくれ」
「了解です!お気を付けて!」
そんな遣り取りをして門を潜りその先へと飛び出して行く。
第五防壁の門を抜ければその先は人類の主権の未だ及ばない場所、活骸と自分達を隔てる物は何も無い。停止と同時に打って出て戦える様に、武蔵を手に取り柄を握り締めれば運転席と助手席の間に置かれた村正に肘が当たり、敦賀はタカコへと声を掛けた。
「おい、お前は怪我人だろうが、出るつもりか」
「当たり前だ、この間の怪我もあちこちやられたがどれも深くはない、良い具合に痛みも飛んでる、出られるよ」
視線は前に向けたまま答えるタカコ、その横顔と視線は真っ直ぐで鋭く獰猛で先日の様な怒りも濁りも見当たらない、敦賀はそれを認めて自らも視線を前方へ戻す。
「……なら良い、無理だと思えば下がれ、部隊長としての命令だ」
「了解、先任」
建設途中の第六防壁を右方に見ながら進路を北北西に固定する、もう直ぐ、もう直ぐ行くからどうか、お互いに胸中でそう祈りつつ走り続け、やがて緩やかな坂を登り切りあの場所へと到着した。
「……何で……」
「間に……合わなかったか……」
三宅が乗って来たであろうトラックの横へとつけ、信号弾を打ち上げつつ自分達も外に出れば前方にいる活骸の群れ、数十体は有ろうかという活骸の死体が散らばる中、その中央で何かに群がる様にして密集したそれに、タカコと敦賀は自分達が間に合わなかった事を知る。こちらへと振り返った活骸達の手に肉片が握られているのを見て、そしてその内の一体が手にしていたものを見て、二人は同時に抜刀し群れへと向かって地面を蹴っていた。
「薄汚ぇクソ共が……!!」
「その手を……離しやがれクソがぁぁぁ!!」
活骸が手にしていたのは三宅の愛刀である長門と、そしてそれをしっかりと握り締めたままの彼の腕。敦賀が活骸の群れの一番厚いところに突っ込んで武蔵を振るう中、タカコは長門と三宅の腕を手にした活骸に村正を叩き込み、両の腕を一気に斬り飛ばす。
「薄汚れた分際で海兵の矜持の体現に触るんじゃねぇ……てめぇ等が触れて許されるのは刃だけだ……!」
ほんの少し、片付ける間だけだから許してくれ、胸中で三宅にそう詫びて長門と彼の身体を地面へと置きタカコは活骸へと向き直る。腕を失くしても尚大口を開けてこちらへと突っ込んで来る活骸を村正の一閃で斬り伏せ、その向こうから更にやって来る数体へと向けて構えて一気に踏み込んだ。
身体の痛みはとうに消えた、足が、腕が軽い、力が漲っている。間に合わなかった、またこの両の掌の指の隙間を命が摺り抜けて零れ落ちて逝った。その事実が自分を責め立て、同時に力を与えている、殺せ、守れなかったのならせめて殺せ、滅ぼせと。それは誰かの声ではない、自分の意志だ。守れなかったのなら殺してやる、滅ぼしてやると、自分自身が全身全霊で叫んでいる、この溢れ出る力はその叫びの発露。
敦賀もそれは同じなのだろう、いつもよりもずっと鬼気迫る様相と纏う空気、一閃で数体の頭部や腕が弾け飛び、見る見る間に身体が薄汚れた赤で染まって行く。
笑っている、と、彼の顔を見て気が付いた。眦を決し活骸を斬り伏せる敦賀、普段は真一文字に引き結ばれたその口元は僅かに口角が上がり、歪んだ笑みを形作っている。そして自分もまた同じ笑みを浮かべている事に気が付いて、タカコはぶるりと身体を震わせ村正の柄を握り直した。
何処からか涌いて出る活骸の群れ、尽きる事の無い様に思えたそれを傷を負いながらも二人で斬り続け、後追いが現着した頃には地面に転がる死体の数は百をとうに超えていた。
「ヒロがトラックを持ち出したのを当直の人間が見てる、一時間程前だ!」
「ギリギリだな……後追いはどうなってる!」
「前線部隊を精鋭で固めて三分隊編成して医療班も加えて整い次第後を追って来いと言ってある!真吾にも伝令を出した!」
第一防壁の門を抜けて対馬区へと入ればその先は道無き道、途端に激しくなる振動で身体のあちこちを車内にぶつけながら二人は声を張り上げる。速度計を見れば時速は百km近く、通常の出撃ならこの半分程の進行速度だが今は安全を優先させている場合ではない。
「お前場所分かってるのか!」
「分かってる!一つしか無いだろう!!死地を求めるのなら因縁の場所以外に無ぇよ!!」
死地――、自分が口にした言葉にタカコの肌が粟立つ。考えたくない、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしたいが無理が有り過ぎる、三宅は恐らく本気だろう、それを何とか防ぎたいのなら一刻も早くその場に駆けつけるしか無い。間に合ってくれ、持ち堪えていてくれと祈らずにはいられない。
彼が余りにも穏やかになっていた事に不審を抱くべきだった、また自分は間違えたのかと歯噛みすればそれが敦賀にも伝わったのだろう、
「お前だけじゃねぇ、俺も真吾もヒロの様子を見てたのに気付けなかった」
そう言って腕を伸ばしタカコの頭を乱暴に撫でて来る。
第二、第三と防壁の門に辿り着く度に監視所から隊員が出て来て一体何が有ったのかと尋ねる、その彼等に三宅の事を聞けば、
「第六防壁の指揮所に忘れ物をと言われて……一昨日帰還したばかりだから活骸もいないだろうとの事で一人で向かわれました」
全員が同じ様にそう答え、開放された門を潜り先へ先へと急いだ。最後の第五防壁の監視員にも同じ様に答えられ、
「そうか、分かった。この先停止したら信号弾を打ち上げて場所を知らせる、後追いで三分隊来るからそいつ等に方向を知らせてくれ」
「了解です!お気を付けて!」
そんな遣り取りをして門を潜りその先へと飛び出して行く。
第五防壁の門を抜ければその先は人類の主権の未だ及ばない場所、活骸と自分達を隔てる物は何も無い。停止と同時に打って出て戦える様に、武蔵を手に取り柄を握り締めれば運転席と助手席の間に置かれた村正に肘が当たり、敦賀はタカコへと声を掛けた。
「おい、お前は怪我人だろうが、出るつもりか」
「当たり前だ、この間の怪我もあちこちやられたがどれも深くはない、良い具合に痛みも飛んでる、出られるよ」
視線は前に向けたまま答えるタカコ、その横顔と視線は真っ直ぐで鋭く獰猛で先日の様な怒りも濁りも見当たらない、敦賀はそれを認めて自らも視線を前方へ戻す。
「……なら良い、無理だと思えば下がれ、部隊長としての命令だ」
「了解、先任」
建設途中の第六防壁を右方に見ながら進路を北北西に固定する、もう直ぐ、もう直ぐ行くからどうか、お互いに胸中でそう祈りつつ走り続け、やがて緩やかな坂を登り切りあの場所へと到着した。
「……何で……」
「間に……合わなかったか……」
三宅が乗って来たであろうトラックの横へとつけ、信号弾を打ち上げつつ自分達も外に出れば前方にいる活骸の群れ、数十体は有ろうかという活骸の死体が散らばる中、その中央で何かに群がる様にして密集したそれに、タカコと敦賀は自分達が間に合わなかった事を知る。こちらへと振り返った活骸達の手に肉片が握られているのを見て、そしてその内の一体が手にしていたものを見て、二人は同時に抜刀し群れへと向かって地面を蹴っていた。
「薄汚ぇクソ共が……!!」
「その手を……離しやがれクソがぁぁぁ!!」
活骸が手にしていたのは三宅の愛刀である長門と、そしてそれをしっかりと握り締めたままの彼の腕。敦賀が活骸の群れの一番厚いところに突っ込んで武蔵を振るう中、タカコは長門と三宅の腕を手にした活骸に村正を叩き込み、両の腕を一気に斬り飛ばす。
「薄汚れた分際で海兵の矜持の体現に触るんじゃねぇ……てめぇ等が触れて許されるのは刃だけだ……!」
ほんの少し、片付ける間だけだから許してくれ、胸中で三宅にそう詫びて長門と彼の身体を地面へと置きタカコは活骸へと向き直る。腕を失くしても尚大口を開けてこちらへと突っ込んで来る活骸を村正の一閃で斬り伏せ、その向こうから更にやって来る数体へと向けて構えて一気に踏み込んだ。
身体の痛みはとうに消えた、足が、腕が軽い、力が漲っている。間に合わなかった、またこの両の掌の指の隙間を命が摺り抜けて零れ落ちて逝った。その事実が自分を責め立て、同時に力を与えている、殺せ、守れなかったのならせめて殺せ、滅ぼせと。それは誰かの声ではない、自分の意志だ。守れなかったのなら殺してやる、滅ぼしてやると、自分自身が全身全霊で叫んでいる、この溢れ出る力はその叫びの発露。
敦賀もそれは同じなのだろう、いつもよりもずっと鬼気迫る様相と纏う空気、一閃で数体の頭部や腕が弾け飛び、見る見る間に身体が薄汚れた赤で染まって行く。
笑っている、と、彼の顔を見て気が付いた。眦を決し活骸を斬り伏せる敦賀、普段は真一文字に引き結ばれたその口元は僅かに口角が上がり、歪んだ笑みを形作っている。そして自分もまた同じ笑みを浮かべている事に気が付いて、タカコはぶるりと身体を震わせ村正の柄を握り直した。
何処からか涌いて出る活骸の群れ、尽きる事の無い様に思えたそれを傷を負いながらも二人で斬り続け、後追いが現着した頃には地面に転がる死体の数は百をとうに超えていた。
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