大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第91章『独占欲』

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第91章『独占欲』

 大和陸軍西部方面旅団総監である黒川龍興、その彼が珍しく怒りを顕にして長年の悪友である高根に掴み掛かったのは夕方近くの頃合の事。
 久々に時間がとれたと浮き足立つ自分を抑えてタカコの部屋を訪れた彼が見たものは、顔も含めて身体中傷だらけの部屋の主の姿。思わず絶句し動きを止め回れ右をして営舎を出て高根の執務室に突入し、もし手元に太刀が有れば斬り掛からんばかりの勢いで高根へと食って掛かった。
「真吾、てめぇありゃどういう事だ!タカコに何させやがった!」
「は?何の話だ?」
「あの怪我だよ!あいつ程の手練が単なる出撃でああなるわけが無ぇだろうが!どんな無茶させやがった!」
 その言葉に直ぐに答えは返って来なかった、妙な面持ちで押し黙り煙草を咥えて火を点ける高根、その彼の口から煙と共に出た言葉に黒川は言葉を失い、責める気持ちは途端に萎えて行く。
「……先日の出撃で研究班の警護を任せたがそれで一人失った、あいつの親友と言っても良い位の女性隊員だ。しかも直前に妊娠したって話を聞かされてた様でな……トラックの荷台から活骸の群れの中に転落したそうだが、それを追って飛び降りて、応援が到着する迄一人で持ち堪えてたんだよ。具合の悪い事にその隊員には前線部隊に将来を誓い合った恋人がいてな……ひでぇ嘆き様だったよ、絶望したんだろう、一旦は帰還して恋人の葬儀には出たものの単独で特攻カマしてな……討ち死にだ。タカコと敦賀が手紙を認められててな、それを見つけて止めようと急行したが……間に合わなかったよ。後追いで俺等が駆け付ける迄二人で百体以上斬り殺してやがった、それでまた負傷だ」
 配下でそんな愁嘆が繰り広げられた上に余計な犠牲迄出すとは、我が身に起きたらと思えば高根に同情したくもなるが、それでも強く責める気持ちは失せたとしても不満は残る。
「そういう事も含めてきっちり把握しておかなかったてめぇの失態だろうがよ、タカコは結果的にその尻拭いをさせられたんだ、本人は絶対にそう思わないし言いもしねぇだろうがな……いい加減にしねぇと掻っ攫うぞ、分かってんのか」
「……ああ、分かってる、悪かった。連れて行くんだろう?」
「ああ、明日には帰すよ」
「怪我人だ、程々にな」
「約束は出来ねぇな、努力はするが」
 それだけ言って執務室を出れば高根へ用事でも有ったのかこちらへとやって来る敦賀と出くわしたが、声を掛けようとすれば盛大に舌打ちをされて目を逸らされ、結局何も言葉は交わさないまま。彼の気持ちは知っているしこちらがどういう仲になっているか知らないわけでもないだろう、舌打ちだけで済まされたのなら良い方だと思い直し、タカコの部屋へと戻り彼女を連れ出した。
 以前と同じ旅館の同じ離れ、食後の栗ぜんざいを美味そうに口にするタカコを眺めつつ無言で酒を猪口で飲み続ければ、暫くしてどうにも困った様な面持ちの彼女に言い難そうに話し掛けられる。
「……タツさん、何か怒ってる?凄い機嫌悪そうな空気が身体から出てるけど……忙しいのなら帰るよ?」
「……俺、今そんな顔してたか?」
「いや、顔って言うか……纏ってる空気が物凄い険しいと言うか刺々しいと言うか、攻撃的。私、何かした?」
 彼女の本来の立ち位置を忘れていた、自分や高根と同じ様に指揮官として人を束ねその上に立っていたであろう人間が人の表情や仕草、それ等を読み把握する事が出来ない筈が無い、気取られていたかと若干居心地の悪い思いをしつつ、困った様に笑って口を開いた。
「いや、お前のその怪我がちょっとな……俺が知らないところでそんな怪我されりゃ俺だって気分は良くねぇな」
「え、何で?」
 正直な気持ちを言ったのだがタカコにはそれが理解出来ないのか、不思議そうに小首を傾げて黒川を見る。惚れた女にこんな怪我をして欲しい男がいるかと一瞬口に出しそうになったもののそれは何とか押し止め、建前上の関係の範囲内で無理の無い言葉を選びながら黒川は口を開いた。
「何でって、俺、お前の身体が欲しいって言っただろ、その身体に傷なんかつけられちゃたまんねぇよ」
「変なの、今更じゃんそんなの。私の身体がどんだけ傷だらけかなんて、タツさんよく分かってるでしょ」
「それでもだよ、俺の物にあんな化け物が傷を付けるなんて許せねぇな、考えただけでムカつくね」
「いや私タツさんのじゃないし」
「俺のだろ」
「違います、身体だけの付き合いってのはそういう独占は無しです」
 ぴしゃりと言ってのけるタカコの様子がまた面白くない、この関係を言い出して提案したのは自分だが、決してそれに本心から納得しているわけでもないのだ、戯言でなら独占を口にしても良いだろうと思うのが正直なところ。
「またまた、そういう可愛くない事言っててもいざその時になれば無茶苦茶可愛いくせに強がっちゃって。あんなに感じて可愛くおねだ――」
「わー!わーっ!何でそういう事言うかな!もう知らない!今日はこれで帰る!」
 直球で押されるのも情事の際の乱れぶりを言われるのも可愛いだのと言われるのも、そういう事にはからっきし弱く苦手な事はもう充分に知っている、一矢報いたと笑えば顔を真っ赤にしたタカコが立ち上がり玄関へと向けて歩き出し、させてなるものかと黒川も立ち上がり彼女の腕を掴んで胸の中へと引き寄せた。
「今日も帰す気無いぜ?お前の身体は今日は俺のもの」
「違うし!」
「はいはい、違いませんよー。腹拵えも済んだし、俺の気が済む迄付き合ってもらうからな?」
 にっこり笑ってそう言えば赤い顔でむくれてそっぽを向かれ、そんなのは男を煽るだけだと笑いながら黒川はタカコを抱き上げ隣の間へと入り、彼女の身体を厚い布団の上へとそっと下ろし自らはその上へと覆い被さった。
 いつもの様に口付けて舌で犯せば躊躇いがちに応える彼女のそれ、こちら側へと誘い出し緩く歯を立てれば鼻から抜ける甘い啼き声、それに自らが急速に熱を持ち始めるのを感じながらシャツの釦へと手を掛けて乱して行く。唇を首筋へと移せば小さな啼き声は明確な喘ぎへと姿を変え、本当に感度が良いな、どんな顔をしているのか見てみようと悪戯心が湧いて来て一度身体を離してみた。
 赤味の差した頬、潤んだ双眸、本当に煽るのが上手い、征服欲をそそられると薄く笑った黒川の目に飛び込んで来たのは、彼女の乳房へとくっきりと刻まれた鬱血痕が一つ。
 自分には覚えは無い、こんな幼稚であからさまな事をする趣味は無い、したにしても一ヶ月以上も前の話、残っているわけが無い。
「……なぁ、これ、誰?」
「……え?」
「これ、胸の痕。活骸がこんなもん付けるわけ無いし、何、敦賀に抱かれたの?」
 はっとした様な面持ちになって咄嗟に胸へと手を遣り隠そうとするタカコ、その彼女の様子を見て、頭に血が上るのは一瞬の事だった。
「……悪ぃな、今日は優しくするの無理だわ俺、覚悟しとけよ?」
 足で下半身を押さえ込み両腕で彼女のそれを拘束して組み敷き、耳朶に歯を立てて舌を這わせながら唸る様に低くそう言えば、タカコの身体がびくりと強張る。お前は俺のものだろう、何とか飲み込んだその言葉の代わりに彼女を穿ち続け、彼女が泣いても意識を飛ばしても、その苛烈さが止む事は無かった。
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