大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第403章『手足』

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第403章『手足』

 窓の向こうに見える海兵隊基地の本部棟やその他の棟、その向こう側に在る第一防壁の方向から突如として見えた閃光、そしてその後に響いて来た爆音と振動と上がる爆煙、タカコはそれを何も言う事無く静かに見詰めていた。
 彼女の背後には五名の部下が控え、同じ様に鋭い眼差しで窓の向こうに上がる煙を見ている。暫しの間は無言のまま身動ぎもせず、やがてタカコの身体が小さく震えている事に気が付いたカタギリが一歩彼女へと向かって歩み寄る。
『……ボス』
 遠慮がちにそう声を掛けながら彼が手を伸ばしたのは窓枠に掛けられたタカコの手、窓枠をきつく握り締め血の気が失せて白くなった指先を覆う様にして手を重ね、
『……ボス』
 と、もう一度静かに呼び掛けた。
 何の因果か海兵隊の保護を受ける様になってから今迄の三年弱、タカコが本来の立場と役目を弁えつつもどれ程に彼等に対して心を砕いて来たのか、親愛の情を感じそれを胸に抱き共に生きて来たのか。タカコ達に先んじて海兵隊へと潜入し『あの日』にも居合わせ、そして極近いところで彼女を見守り続けて来たカタギリにはよく分かっていた。
 状況が許すのであれば、こんなところに隠れたり等せず、彼等と共に在りたいのであろう事は簡単に想像がつく。それでも尚こうして必死に自らに制動をかけ留まっているのは、役目と、そしてカタギリを始めとした部下達の為なのだろう。
 自分達は、信じていた、そして頼りにしていた者を見限ったり見捨てられ、生きる意味や指針を見失っていた者ばかり。どう生きれば良いのかも分からずに生きながら腐り始めていた、その自分達の生きる意味そのものとなってくれたのが、タカコ。
 タカコが自分達を集めたのは、自分が思うがままに全力で動く為、その極めて利己的な理由で自分達は見出され、選ばれた。
 しかし、だからこそ彼女は自分達に誠実であろうとし続けている、そこを無かった事にして私利私欲にのみ従い続けられる程彼女は傲慢でも鈍感でもない。利己的な理由で自分達の『生きる意味』に成り代わったからこそ、その『意味』がぶれる事が有ってはならないと、それがせめてもの誠意なのだと、そう考えているのだろう。
 共に戦い抜き生きて来た仲間、そして伴侶として選んだ男、それを捨ててでも彼女は自分達のボスとして在ろうとしてくれている。それだけでもう充分だろう、カタギリはそんな風に考えつつタカコの白く冷たくなってしまった指をそっと撫で、背後にいる仲間達を振り返る。
 そこに在ったのは鋭くも何処か優しい眼差しで自らの主を見詰める四人。その彼等を見て小さく笑いながら頷けば同じ様にして頷き返され、カタギリはそれを見て大きく息を吐くと、タカコへと向き直り、静かに、しかしはっきりと口を開いた。
『ボス、御命令を。大和への助勢は本国からの命令に背くものではありません、そして、自我々も助勢に異論は有りません。いつも我々のボスとして在ろうとしてくれている事には感謝しますが……今は、貴方の御心のままに。貴方は出会ってから今迄、一度たりとも我々を裏切った事は有りません、常に、如何なる時も我々の生きる意味で在り続けてくれました……今もそうです、貴方のなさりたい様に、その為に我々は今ここにいます……御命令を』
 指先を撫でていた手でタカコの手をそっと握れば、掌の中の力が段々と緩んでいく。それを感じたカタギリが笑みを深くし手を離し一歩下がれば、小さな背中が一度ふるりと震え、次に大きく、大きく深呼吸をしてゆっくりと振り返る。
『……大和への再度の合流はしない。今の様子からするとホーネット以外にもサーモバリックやクラスターを投下したんだろう、そんなものを持ち出されたんじゃ何の装備も無い今の我々に出来る事は無い。大和も馬鹿じゃない、それなりの動きをとるだろう。そうなれば今後大和軍の注意は対馬区の方向に集中する筈だ。ヨシユキの直轄部隊が艦隊へと帰投した様子も無い、恐らくはこの博多やその近辺に潜んだまま、ホーネット部隊の動きに合わせて大和軍を背中から叩くつもりだろう。そちらは、我々が受け持つぞ……ここを出た後は各個の判断により戦闘に移れ、今後一切の制限を無いものとする……見付け次第、殺せ、それが命令だ』
『了解です』
『了解』
『了解です』
『了解しました』
『了解です』
『行け、思う存分暴れて来い』
 部下達へと向き直り命令を口にするタカコ、その面差しには迷いも苦渋も悲嘆も感じられず、鋭く獰猛な殺気がその眼光に湛えられている。
 そうだ、この迷いの無さと力強さ、それが暴力的な迄の説得力を生んだ。貴方がそう在ってくれれば、命令が例えどんなものであったとしても自分達は安心してそれに従う事が出来る。自分達の事を配慮してくれる必要は無い、貴方は自身の望みの為に自分達を手足として使い命令してくれれば良い、各々がそんな事を考えつつ挙手敬礼をし、手早く装備を整えて踵を返し、そして部屋を出ようと歩き出した、その時。
『――それと……絶対に死ぬな。また新しい人間を探すのも面倒だし、私は葬儀の作法も知らん……私に恥を掻かせない為にも絶対に死ぬな……何が有っても生きて戻って来い』
 部下達の歩みを止めたのは上官であるタカコのそんなぶっきらぼうな言葉。思わず振り向けば彼女は既に窓の方へと再度向き直っていて、優しさが隠しきれていないその不器用さに一同は顔を見合わせ、思わず気の抜けた笑いをその顔に浮かべて小さく笑い合い、
『了解です、ボスも御武運を』
 笑いの滲んだ口調でそう答え、今度こそ本当に歩き出し階下へと降りて行く。
 遠くなる複数の足音と気配、タカコはそれを感じながら、身動ぎもせずに窓の向こうに上る煙を見詰めていた。
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